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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(139)

 

 可愛かったり胸が大きかったする女の子に好かれているというのに、修治はまったく嬉しそうではなかった。心にもないことを言った手前、浩之は何とか次の言葉を取り繕う。

「ま、まあがんばれ、いいこともあるさ」

 取り繕うにしてもあんまりである。

「何だその他人事みたいな言い方は。いやまあお前にとっては俺のことは他人事かもしれないが、お前の場合他人事じゃなくなる可能性もあるよなあ。ていうか同じように苦しめ」

 修治は呪詛の言葉を吐く。浩之としては正直止めて欲しい。浩之も、修治よりはよほど恵まれてはいるが、ランに告白されたり実は非常に危険なほど嫉妬深い綾香がいたりするので、いつまでも他人事と笑っていられるか分かったものではないのだ。まあ大丈夫だろう、と思ってしまうあたりが、浩之の浩之たる所以でもある訳だが。こういうとき鈍感であれば恐怖を感じなくて済むので良い。まあ手遅れになる可能性は増える訳だが、今は良い。いつか刺されると思うが、まあそれも致し方ない。

 夕方だというのにまだまだ暑い夏の陽射しとは裏腹に修治の目がよどんでいるのは、何も浩之の所為ばかりとは言えないが、こんな話題を選んでしまった浩之が原因の一因を担っているのは確かだ。

 このままこの話題を続けても修治がかわいそうなだけなのに、浩之だって薄々は気付いている。話相手をすれば少しは気晴らしになるかとも思ったが、これでは逆効果もいいところだ。まあ、修治が苦しむのは目をつむるとして、それをつむるとか酷すぎる気もするが、まかり間違って修治が暴走すれば最初の犠牲者は浩之になるだろう。それは避けねばならない。もちろん犠牲にならないことではなく、暴走を止める方で努力すべきだろう。

 こんなことなら最初から修治のことを無視すればよかった、というのは後の祭りだ。まあそう言っても修治には気付かれていたのだから無視すらできなかったのだが。

 ええと、何か違った話題違った話題、せめてテンションが上がりそうな話題……

 話をそらすために、浩之は話題がないか頭をひねっていた。練習中も、浩之に余裕がありさえすれば格闘技にはまったく関係のない世間話や無駄話もするのだが、こういうときに限って、そのどうでもいい話を思い付かないものなのだ。人間、あせるとろくなことはないし、あせっていつもと違うことをすれば、だいたいはろくでもないことになる。今回がまさにそれだ。

「」えーと、じゃ、じゃあ由香の方がどうなんだ? 性格の方はアレ……いやいや、大人しいってタイプじゃないが、見た目はそれなりだし、かなり修治に懐いているように見えるん……だが」

 完璧に選択間違えたー!!

 話題をそらすどころか、元に戻ってしまってどうするのだろう。いや、わざわざ別の話題を探すなどという回りくどい手を使おうとしたときから、こうなるのは決まっていたのかもしれない。そもそも、浩之のやり方は逃げずに真っ直ぐに行くことに強さがあるので、搦め手など、浩之との相性は最悪である。変な迂回をすれば自爆するのは必然とも言える。にしてもこうも真っ直ぐ失敗するというのは、頭の打ち所が本当に悪かったのかもしれない。

 まあ、思わず口に出てしまった訳だが、実のところ、浩之自身それを聞いてみたくはあったのだ。興味本位ではあるので、修治に悪いと思って遠慮していたのだが、口から出てしまったものは仕方ない。

 由香の性格は、浩之にとっては勘弁して欲しい種類のものだし、どうあっても浩之は由香とは相容れないだろうが、修治もそうだとは限らないのだ。

 由香は少し童顔ではあるがかわいい容姿をしているし。修治が特殊な趣味だったのならばともかく、今までの付き合いから、修治の趣味は少なくとも一般的な男の趣味と大きくかけ離れていないと浩之は感じていた。よしんば、変な趣味があったとしても、それはあくまで一般的な趣味にプラスするもので、これでないと駄目という偏ったものではないだろう。さすがにそれならば浩之でも気付く。

 浩之のように由香との仲が悪いのならばともかく、好かれているのならば、由香を苦手とする理由が思い付かなかったのだ。あそこまであからさまに由香が好意を示している以上、嫌われているということはないだろう。修治が嫌われていると誤解している可能性も、まあないだろう。どうも女性関係はネガティブさが目立つ修治だが、さすがにそこまで誤解するのは恋愛マンガでもあるまいし、ありえない、と思う。どうも最近修治が信用ならないので、浩之としても断言ができないのが痛い。

「あー……由香ちゃんは別に嫌いじゃないんだが……苦手というかな……」

 どうも由香のことは苦手らしい。いやまあ苦手としているのは見ていれば分かる。彩子に対するものとはまた違った意味で修治が戦うことを放棄しているのだ。しかし、綾香とやりあうだけの実力を持った不敵な修治が、由香相手に終始押されっぱなしというのも妙な話だ。力関係は、由香が攻めているというよりは、修治が引いているという感じではあるが、それにしてもだ。

 浩之だってできれば由香には近づきたくない、お互いに距離を保って生活したいが、修治が苦手とするのはいまいち納得ができず、疑問符が消えない。

 浩之はともかく、男と女の違いはあれど葵は由香と仲が止さそうであるし、ぶつからなければあのタイプはそれはそれで友達としては面白いのかもしれない。ずっと付き合わなければならない仕事仲間とかは苦労しそうだが。事実一緒にいたアヤの方はかなり迷惑そうにしていた。

 まあ、由香も分かっているのか、綾香にはあまり近づこうとはしていないようだけどな。どう見ても相性最悪だもんなあ。

 そう、綾香と由香の相性がいいとは誰だって思わない。よく二人を知らない他人が見たってそうは思わないだろう。綾香はその点はあんまり気にしないというか、猫のようなところがあって気に入らない限り近づきもしないが、由香は冷静に合わないと判断して近づかないように感じる。論理的な説明が出来る訳ではないが、これは浩之の単なる感想であっても、そう外れていない気がする。

 あー、てことは俺なんかは綾香にはお気に入りの動くおもちゃ、由香からはとりあえずは叩いておけとか思われているのかもなあ。

 自分に対する二人の行動から、二人の自分に対する評価を考え、浩之も少しばかり気分が憂鬱になる。その関係からは、どう見たって楽しそうな未来が見えないからだ。

「いや、別に付き合えっていう訳じゃないけどな。苦手っていうのはさすがにかわいそうじゃないのか?」

 その憂鬱さを引き突いたまま、浩之はまた心にもないことを言うのだった。

 

続く

 

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