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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(140)

 

「いや、別に付き合えっていう訳じゃないけどな。苦手っていうのはさすがにかわいそうじゃないのか?」

 その憂鬱さを引き突いたまま、浩之はまた心にもないことを言った。

 正直、由香のことなど知ったことではないどころか、もっと修治にすげなく扱われればいいと思うのだが、浩之の言葉で関係が悪くなるのは寝覚めが悪い。いやほんとに由香のことはどうでも良くて、これは自分の良心の為だ、と浩之は自分に言い聞かせる。

 多少すげなく扱われたぐらいで、あの由香がめいるとはまったく思わないが、万が一、そういうことになると、浩之としては非常に居心地が悪いのだ。

 絶賛評価駄々下がり中の修治は、まあ妥当とも取れる言葉を言われて、難しい顔をする。この章で評価は下がっただろうが人間欠点がある方がかわいげがあっていいですよ、まあむさい男なのでその時点で全てアウトですが。

 修治らしくもないというか、修治らしいというか、長い付き合いではないとしても、修治はどちらかと言うと物事を単純に終わらせたいタイプかと浩之は思っていた。思考能力は大学で物理学を専攻して実際に真面目に勉強しているところだけではなく、今までの会話からも推測出来るようにそう悪いようではないのだが、性格的に内にこもる様子もないし、外に出すだけの実力がある。

 寺町ほどではないにしろ、失礼ながらもっと単純な性格と考えていたのだ。いや、単純であれば分かり易いとは限らないのは寺町を見れば良く分かる話だが、どうも由香相手にまごついている修治は、浩之の想像とはかけ離れている。まさか女の子にいきなり手を上げる訳にはいかないだろうが、それでも実力を見せるだけで由香を黙らせさせるぐらいは強い……いや由香の場合、彩子相手でも口答えしていたので、その点についてはあまり効果はないかもしれない。

 もちろん、好き嫌いで物事が決められるのならば、それが一番いい。修治は、それを英断できるタイプかと思っていたのだが。まあ、例え世界最強であっても好き嫌いで物事が全部通じる訳もないし、本人はともかく、まわりはたまったのもではない。希望通りかどうかはともかく、自分に正直に生きている寺町とそれに付随する被害を見ればよく分かる。本人がこれ以上なく楽しそうなのが余計にむかつく。

 修治がふぬけなのは置いておいて、一体どういう出会いであの由香が修治になついたのか、聞いてみたい気はする。ただ、それを聞いてみていいものか、浩之も迷う。

 ただ、ため息をついてから、修治はそのことを自分から話し出した。

「……由香ちゃんとの付き合いは、由香ちゃんが姉貴にひっついて来たときにたまたま会ってから、かれこれ3年ぐらいになるんだが、最初は俺に対しても浩之に向けるあの性格全開だったんだよ」

「あの性格って、あの性格か?」

 性格はそう簡単に変わるものでもないから、それ自体は不思議ではないが、しかし、その態度にはまったく親愛の情というものは見えない。その性格の悪さというか根性の曲がり具合は、浩之にとっても唯一かもしれない天敵なのだから、どれほどだという話だ。

「今の浩之への対応よりもよっぽど悪かったぜ。そこらへんは、由香ちゃんのことだから、顔で判断してるのかもな。まあ、それに関しては俺にとっては今更だから気にもならないがな」

 確かに修治はいかつくはあるものの、修治が自分で言っているほど修治の顔が悪いとは浩之には思えないのだが。まあその点は自分の容姿に自覚もない男だから全然あてにもならないのだが。まあ、少なくとも浩之と修治の容姿を比べれば、浩之に軍配が上がるのは確実だろう。容姿だけで修治が選ばれるとしたらそれこそ特殊な趣味だ。

「い、いや、考えようによっては、そんなに嫌われているところからあそこまで懐かれたんだろ? 悪い気はしないんじゃ……」

 予想していたように修治は目を据わらせて答える。

「じゃあお前、由香ちゃんの態度が明日からいきなりお前に対して物凄く良くなったらどう思う?」

「そ、それは……」

 修治の鋭い指摘に、浩之は確かに修治の言い分に納得してしまう。確かに、あの由香の態度がいきなり良くなったら嬉しいどころか、怖い。ランならばまだ性格が基本的に素直なのでいいが、由香はどう見たところで性格が物凄くひねくれているし計算高そうだし、何よりも腹黒そうだ。裏に何かあるのだろうと気が気ではなくなるだろう。

 悪人、という訳ではないのだろうが、今までの印象を抜くには、由香はあまりにも黒いものが見え隠れしている。由香も由香で、黒い部分を全部綺麗に隠せばいい、それが彼女にはできるだろう、のにまたちらちらと見せているようにしか見えない。

「まだ、からかわれているとか弄ばれているとかなら、俺もそれはそれで納得できるんだが……」

 え、まだこの話続きがあるの、これ以上悲しくなるような話聞きたくないんだけど、とさっきまで好奇心で聞きたかったはずの浩之は及び腰になっていたが、修治は止まらない。愚痴ぐらいは言いたかったのかもしれない。

「しかもだなあ、由香ちゃんの態度が良くなったのは、また何の因果か、俺が少しばかり本気で戦ったのを由香ちゃんに目撃されてからなんだよなぁ」

 ここでもそうきたかーっ!!

「い、いや、それは修治の強さを見て見直したとか……」

 何かかわいそうになって、浩之も言葉を途中で止めるしかなかった。自分で言っていても信憑性がまったくないと思ってしまったからだ。

 女性が好む男に、腕っ節の強い男、というものは生物的には当たり前であっても、現代社会、少なくとも日本では重視されない。格闘技が強いイコール社会的に強いとはならないからだ。スポーツでもそうだが、あくまで付随して社会的に評価されればこそなのだ。現代、容姿に関係ない生物的強さでもてるのは、小学生のころの脚の速い男の子、せいぜいそこまでだろう。マスカレイドであれば、あの輪の中であれば評価されるだろうが、それもマスカレイドという社会的上下があればこその話だ。

 だから修治は考えてしまうのだろう、自分ではなく、強さ自体が目的なのだと。

 修治は強い。綾香と対等以上に戦えるのだから疑うべくもない。同じ格闘家として強さの秘密を、そこまで言わずとも優れた技の一つも教えて欲しいと思うのは当たり前のことなのかもしれない。

 当たり前のことだから、修治はそれで人を責めるつもりはないのだろう。しかし、当たり前のことだからこそその打算は否定出来ず、そう思うと素直に喜べないのもまた当然。

「由香ちゃんは職業がプロレスラーだからな、聞くまでもないことだが、サクラだっけ、あの子も相当強いだろ。そういう相手が俺を戦うのを見て、態度を変えたのを素直に喜べるほど俺も脳天気じゃねえよ」

 修治は静かに、しかし吐き捨てるように言う。それが相手の女の子達ではなく、そうとしか見れない自分に対しての憤りであったのは、果たして救いであったのだろうか?

 

続く

 

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