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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(141)

 

「由香ちゃんは職業がプロレスラーだからな、聞くまでもないことだが、サクラだっけ、あの子も相当強いだろ。そういう相手が俺を戦うのを見て、態度を変えたのを素直に喜べるほど俺も脳天気じゃねえよ」

 修治の言葉に、浩之は納得する。ただし、納得したのは脳天気云々ではなく、由香とサクラのことだ。

 あ、やっぱりサクラも相当強いのね、と妙な納得をしていたのだ。マスカレイドの関係者で初鹿と一緒に坂下を守りにここに来ている以上強いとは思っていたが、修治から見ても強いのならば、それは本当に強いのだろう。それを判断できる修治のことは流石だと思うが、だからこそ余計に修治が素直に喜べないことに関しては、多少以上に同情を感じる。

 修治のことを、心が狭い、とは言うまい。実際の恋愛だって損得勘定が入ることはままあるが、それでも誰だって損得勘定で見られれば気分のいいものではないのだ。

「ま、それがなくても、格闘技の強さを見られて好かれてもな」

 苦笑して言う修治の言葉に、浩之は、んっ、と何かに引っかかりを感じた。が、その時点ではそれが何なのか分からなかったし、他に気になっていたこともあったので、その引っかかりをそのときは無視した。

 その気になることを聞いてみるべきか、浩之は考える。聞かれた修治があまり良い思いをしないだろうことは想像できたが、浩之も知りたいことはあるのだ。それは興味本位などではなく、わりと切実な理由がある。

「それで、修治は結局、アヤだっけ? あの子に指導することにしたのか?」

「……あー、嫌なこと思い出させんなよな」

 浩之の質問に、修治は露骨に嫌な顔をする。浩之は自分が明らかに藪をつついていることはわかっているし、鬼が出るか蛇が出るか分かったものではないが、いかんせん、これは怖いからと言って見て見ぬふりが出来る話題ではないのだ。

 浩之よりも年上であるはずなのだが、どこか存在感の薄い美少女。儚げで、目をそらせば消えてしまいそうなその姿を、浩之は思い出す。

「別に修治に嫌なことを思い出させる為にやってる訳じゃねえって。アヤって子は葵ちゃんや綾香とエクストリームで戦う可能性があるからな」

 武原流を修治がアヤに教えてもいいと思ったのならば、それに浩之は口を挟むつもりはないし、その権利もない。浩之は修治や雄三に教えてもらっている立場であり、二人が別の人間に武原流を教えるのを止めさせる立場にはないのだ。

 だが、修治が本当にアヤに武原流を教えるとなれば、話は違う。浩之自身には関わり合いのないこと、アヤが弟弟子というか妹弟子になるとかそういう些細はことはこの際関係ない、だが、アヤが綾香や葵と戦う可能性がある以上、武原流に対する対策を考えねばならないからだ。まあ、武原流は技が多彩多様過ぎて対応すればいいというものでもないし、浩之に使える技はたかが知れているだろうからどこまで効果があるかは分からないが、二人に武原流の対策をさせることが無駄だとは思わない。

 綾香に対する浩之の有利な点を一つ潰すことになるのは、浩之にとってはかなり厳しい話だが、そんなものが綾香に対して大した優位となるとも思えないので、浩之の選択は決まっている。

 まあ、この調子なら問題ないか?

 修治は先ほど彩子に無理矢理連れて行かれたが、アヤに指導しようとはまったく考えていないようだった。したくもないことを修治にやらせるのは、いくら彩子が修治に対してほぼ絶対のアドバンテージ、トラウマという名の優位、を持っていたとしても難しいだろう。というか、教えるだけならば別に彩子が教えればそれで済むと浩之も思うのだが。

 しかし、修治の返答は浩之の予想とは反対だった。

「……ああ、技はともかく、指導はすることになった」

「おいおい、何でまた。教えるの嫌がってただろ?」

 修治が人に物を教えるのを嫌がるタイプではないことは、今までの付き合いで知っている。そこまで面倒とも感じていないのも分かっていたが、彩子が関わっていた所為か、今回は消極的どころか完璧に嫌がっていた。正直、嫌なことは脅されようが殴られようがやらないと思っていたのだが。殴って物を聞くならば、修治はもうちょっと雄三に対して従順だろうし、殴られる回数も少なかっただろう。

「ま、まさかアヤって子が物凄いかわいかったから……って、睨むな拳を握りしめるないや抜き手でも駄目だぞというかそれ受けると俺が死ぬって。冗談だから抜き手を収めてくれよ」

 修治の抜き手はまじやばい。どれぐらいやばいかと言うと本気で人に刺さりかねないぐらいやばい。というか修治なら人の内臓を素手で引きずり出すぐらい出来るのではないだろうか? ホラーだ。

 いや、でも男としては女の子がかわいいならそれもありなんじゃね? と浩之などは思うのだが。アヤは確かに地味ではあるのだが、綾香とためをはれるぐらいの美少女なのだ。まあ、容姿だけで言えば綾香とためをはれるのに地味とかそれも凄いが。性格も、今のところ少なくとも破綻しているとは思えない。

 そういうのは冗談でも本気でも、修治はお気に召さないらしい。多分同じようなことを他人に言うのは平気だろうに、その点に関しては狭量としか言い様がない。

「さっき姫立と戦わされたが、強かったぜ」

 姫立がアヤの名字であることを思い出すのに、浩之は少しかかった。これから指導しようという相手を名字で呼ぶのは、いささか構えすぎのような気がするのは、浩之が女の子に対して馴れ馴れしすぎるだけなのだろうか?

「何だ、指導するって決めて、しかも戦ってるのか」

「ああ、今回は一発で終わらせたが、次はどうなるか分からん。これだから才能のあるやつは嫌だな」

 強いと評価しながら、一発で倒すなど矛盾もいいところだが、修治が言うのだから、強いのだろう。一回試合を見ただけの浩之だって物凄く強いと思ったので否定する訳ではないが、修治がそう言ったとなればお墨付きがついたようなものだ。

「正直言えば、女相手に戦いたくはなかったんだがな」

 酷く苦い虫を何匹もかみつぶしたように修治の顔が歪む。よほど嫌だったらしい。そこまで嫌がっていることが、逆に浩之の興味を引く。

「とか言いながら綾香には思いっきりケンカ売ってたじゃねえか」

 初めて会った日に、修治は自分の方から綾香にケンカを売っている。あれがなければ、浩之は修治の強さを理解するのにもう少し時間が必要だっただろう。

「ありゃ例外だろ」

 ということは、綾香は女であることも関係なしに修治が戦いたいと思うほど強かった、ということだろうか。であれば、少なくともアヤは修治が戦いたいと思うほどは強くなかったということになるが。まあ一発で倒したと言っている以上、そうなのだろう。

 修治の今の嫌がり具合から見て、アヤと戦いたくなかったというのは事実らしい。それがどうして戦うことになったのか、または戦わねばならなくなったのか。

 単にケンカを売られただけであれば、逃げるぐらいは出来ただろう。いつものランニングを見ている限り、修治の脚は遅くない。短距離も凄いが、長距離ともなればその体格でマラソンランナー顔負けだ。まだ底の見えない彩子から逃げ切れるかどうかは分からないが、アヤ相手ならば逃げ切れるのでは、と思うのだ。

「じゃあ、何でまた嫌なことを引き受けたんだ?」

 修治は、一瞬だけ言いよどんだ後に、いい加減苦虫でお腹がふくれるのではと思うほど苦々しい顔で、答えた。

「……姉貴に、交換条件を出されたからな」

 

続く

 

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