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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(142)

 

「……姉貴に、交換条件を出されたからな」

 ああ、対価ありか。じゃあ分からないでもない……のか?

 修治からの答えは、納得できるようなできないような半端な答えだった。

 修治は嫌なことは絶対にやらないだろうが、世の中嫌なことの方が対価として高いことは多いのだ。嫌がる修治に言うことを聞かせるぐらいなのだから、彩子はよほど魅力的な、または修治が受けざるを得ないような致命的な、対価を用意していたらしい。そこまで前から修治を使おうと考えていたのだろうか?

 一体、彩子は何を対価にしたのだろうか。さっきから聞くべきか聞かざるべきか悩むような質問ばかり思いつく。明らかに聞けば藪蛇、聞かなければ気になってしかなたない、というどっちに転んでも嬉しくない。

 ……てか、そう悩んだ時点で終わりだよなあ、と浩之は心の中で苦笑する。この好奇心を抑えるのは無理だ。下手に我慢するよりも、修治に聞いて断られればそれはそれですっきりするだろう。言い難くない内容ならば問題ないだろうし、万が一それで修治の機嫌が悪くなったとしても、これ以上悪くなるものもないだろう。

 とは言え、けっこうな危険もあるので緊張はする。ゴクリッとつばを飲み込みながら、浩之は修治に尋ねる。

「ち、ちなみに、対価の内容は聞いていいのか?」

「ん? ……そうだな、まあ後ろ暗いものでもねえし、別に隠すほどの内容じゃねえしな」

 そんなことを言うわりには、修治の目が怖いと思うのだが、浩之はそれこそ藪蛇なので口を閉ざす。この様子から見るに、教えてくれそうなので、何も言わずに素直に聞くことにする。

 修治が話してくれそうなところを見ると、少なくともこれ以上いじめないとか情けないものではないようだ。いやそんな理由で修治が嫌だということをするとも思っていないが。さて、一体何が修治に嫌だと思わせることをやらせるだけの対価なのか。

「エクストリームまで、最低でも三日に一日、俺が姫立に指導すること。それに対する姉貴が用意した対価は、姉貴との決闘だ」

「……は?」

 それは、意外にもほどがある内容だった。むしろ想定できる訳がない。

「再戦だ。姉貴自身が俺と戦うことを条件に出しやがったんだよ、あの悪魔は」

 何それ見たい、と最初に浩之が思ったのはどうかと思うが、それこそ浩之の本音ではある。そんなビックイベント見逃すのは色々な意味でもったいない。

 何年前かは知らないが、修治が勝てば彩子が武原流を継ぐという戦いで、彩子は修治の肩を抜いて勝ったという話だ。いや、おそらくは肩を抜かれたぐらいでは修治は負けを認めなかっただろうし、その後も戦いは続いたかもしれないが、修治が負けたのは事実だ。その戦いも非常に見てみたかったとは思うが、修治にとっては屈辱の負けだったのかもしれない。

 かもしれない、ではない。間違いなく屈辱の負けだ。いかに相手が強かろうが、修治にはそのとき負けるという選択肢はなかったはずなのだ。

 坂下にとっての綾香ではないが、修治にとっては、彩子は何をしてでも勝ちたい相手なのだろう。そのチャンスを、逃がす訳にもいくまい。

「しかも、断れば金輪際俺とは戦うことなんてないとか言いやがった、最悪だ」

「……なるほど、確かにそれだと受けざるを得ないか」

 浩之の思惑がどれほど綾香にばれているのかは浩之も分からない。例え浩之の最終目標が綾香だと知っても、それがどれだけの執着であるのか知られなければそれはそれで問題はないだろうが、一度知られれば、全て知られてしまう気がする。修治の場合は、完全に彩子にばれているのだろう。それを彩子が有効活用するのは当然のことかもしれない。修治に指導させる意味は浩之には分からないが、何かあるのだろう。

 しかし、この場合、修治の指導に意味があるかどうかは関係ない。彩子が修治にさせたいことがあり、彩子には修治に言うことを聞かせるだけの弱みを握っている。彩子にそんな弱みを握られていては修治だってどうしようもない。目標と戦えなくことを考えれば、嫌だ嫌だとばかりは言っていられないだろう。姫立に指導することを容認したのも致し方ない。浩之はそう納得したのだが、次の言葉は、それを否定する。

「姉貴は最終目標じゃねえが、俺はまだ一度も姉貴に勝ったことはねえからな。少なくとも超えなきゃならねえ壁には違いないし、このまま勝ち逃げされるのも歯がゆい話だ。こうでもしねえと、姉貴と戦えるとも思えねえしな。まったく、面倒なもんだぜ」

 彩子は最終目標じゃないのか?

 自分の姉であり、今まで一度たりとも勝ったことのない相手。目標とするにはおあつらえ向きのように思うのだが、修治にとっては、その他の難関と一緒としか考えていないというのだろうか。

 口ではそう言っているが、実際は……という訳でもなさそうだった。浩之には分かる。一通過点と思っているのか最終目標と思っているのか、そんなもの一通過点だとは思っていない目標のある自分自身と比べれば、その差は一目瞭然だ。同じ穴の狢である坂下や葵の気持ちが痛いほど分かるのと同じで、修治がそうではないことも明らかだった。

 さて、では修治の最終目標は何かというのは……やばいと思って流石に聞けない。通過点であるらしい彩子のことでもここまで目が殺気を帯びているのだ。最終目標となれば、聞けば教えてくれるかもしれないが、その後口封じに殺されても文句が言えない。まあ殺されればどうせ口なしなので文句も言えないのだが、聞くということは殺される覚悟が済んでいるんだなと言われるぐらいには修治の目が怖い。

 それに、だ。浩之だって、綾香を倒したいという目標を、気軽に口にしたくはない。同じように、修治だって気軽には口にしたくないこともあるだろう。

 ……まあ、話題変えるか。

 さっきから話題の変更には非常に失敗しているような気はするが、今回は別にあせってもいないので、すぐに言いたいことを思いつく。話題の内容的にはまったくもって正しいとは言えないが、この話題から話をそらせるにはむしろそれだからこそ十分だ。

「教えることになったのはもう仕方ないとあきらめるとして、教えるついでに、アヤって子とも仲良くなったらどうだ?」

 ひくっ、と修治の口元がつりあがる。一応笑っているように見えるが、もちろん笑ってなどいない。けっこう怒っている。会話の選択肢を間違えたとしか思えない会話の内容だった。

「……浩之、お前は今まで俺の話を聞いてなかったのか? それとも、俺にケンカ売ってるのか? 今なら格安な上に色んなオプションつけて買ってやるぞ?」

 浩之はぶんぶんと慌てて首を横に振るのだった。

続く

 

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