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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(143)

 

「……浩之、お前は今まで俺の話を聞いてなかったのか? それとも、俺にケンカ売ってるのか? 今なら格安な上に色んなオプションつけて買ってやるぞ?」

 浩之は慌てて首を横に振る。ケンカを売るつもりなどいつだってない。ちょっとからかったぐらいで自分がぼろぼろにされたのでは、それこそ割に合わないというものだ。

「い、いや、冗談でもなくケンカを売ってる訳でもないって。由香……はちょっとあれだって思うが、アヤって子は大人しそうに見えるし、付き合うとかそういうのを置いておいても、少しは仲良くなる努力はしてもいいんじゃないのか?」

 役得どうこうを除いても、指導者と教え子の仲が良いのは悪いことではないだろう。感情を無視して完全にビジネスライクで付き合うならともかく、修治にそういう付き合いが出来るとも思えない。

 まあ、修治としては本意ではない指導をするのだし、多少の役得程度はあっても誰も文句は言わないと思うのだが、そこは口にしないでおこう、と浩之は考えた。彩子に対価を求める以上、それ以外を得るのは道理に合わないと思っているのか、単に女の子に対してそういう思いを持つのが嫌なのか。

 まあ、役得は置いておくとしても、だ。

「修治だって、別に積極的に女の子に嫌われたい訳でもないだろ?」

「そりゃそういう言われ方すればそうだけどな」

 機嫌が悪くとも、修治は話し合えば分かる人間だ。驚くべきことではある、それが驚くこと自体どうかと思うのだが、一般的な常識を出せば案外言いくるめられるタイプなのだ。否定しにくいことを言えばなおさらだ。

 見た者全てにかみつきたい訳でもないし、最初から彼女が欲しいとか半分冗談であったとしても言うのだ。人と仲良くするのとしないのならば、する方を選ぶだろうし、できることならば女の子とは友人の関係であったとしても仲良くなりたいだろう。

 ただ、修治は修治なりに基準を設けているようなので、下手なことを言うと暴走したり浩之が被害を受けるかもしれない。だが、修治の基準をはっきり分かる訳でもないし、分かったとしても修治を完璧に乗りこなせるような技術など持っていない。そこらは出たとこ勝負だ。

 出たとこ勝負をするぐらいなら言わなければいいではないか、と思われるかもしれないが、そうできない理由が浩之にもある。主に自分の都合で。

 アヤとそれなりに仲良くなれば、少なくとも嫌々やることは改善され、修治の気分も幾分かは晴れるのではないか、と思ったのだ。修治には日頃から虐められるし練習も厳しくされるが、日頃から指導してもらっているのだし、感謝こそすれ恨みは……多少あるような気もするが、それは置いておいて、少しは恩を返したいとは思っていた。仇で返したいともちょこっと思ってたりもするが。

 これを機会に、修治に彼女でも出来れば、恩返しとしては十分だと思うのだ。出来た彼女が由香だったりすれば仇でも返せて一石二鳥なのだが、さて、どうなるか。

 しかし、現実問題として、今までの話を聞く限り修治が女の子相手に気の利いたセリフを言えるとも思えない。いやそんなこと浩之だってできない、少なくとも意識的にはやっていない、のだから浩之に出来ることは最低限の忠告だけになるが、言っておくべきことはあった。

「修治は嫌々だろうし、修治に頼んだ彩子さんには嫌だと言ってもいいと思うけどさ、教えられているアヤって子には責任はないんだろ、嫌々教えるって態度は失礼じゃないのか?」

 修治の眉間に皺がよる。ただし、これは怒ったのではない、浩之の言葉を吟味した結果、自分の行動に問題を感じたのだ。

「……確かにそうだな。それは俺が悪い」

 修治を使おうとしたのは彩子の都合、アヤに対する指導を了解したのは修治の都合だ。アヤは当事者ではあるが、彩子がそれを決めた以上、そこにアヤの責任はないだろう。アヤが断れば、と思われるかもしれないが、先輩命令であるし、ともすれば業務命令だ。エクストリームで結果を出す、というのは宣伝効果としてはかなり高い。名を売るプロレスラーにとって、それはもう仕事だ。

 アヤ本人が修治に対してどういう印象を持っているのかは知らないし、もしかすれば修治の態度を見て態度は悪くなるかもしれないが、おそらく指導自体は受けるだろう。しかし、それではどちらにとっても辛い練習になる。

 修治は自分が言うように女性にはもてないかもしれないが、いい男だと浩之は思っている。全てを格闘技で決めるような非常識な寺町などとは明らかに違う。このように言えば分かってくれるし、自分の非も認める。なのに強い。

 少なくとも、普通に接していればアヤに嫌われることはないと思うのだ。まして、ちゃんと指導するのならば、アヤにとってはむしろ良い指導者となるのではないだろうか。

 修治の指導がうまくいくことが、綾香や葵の対戦相手が強くなるということにもつながるかもしれないが、だからと言ってここで修治の問題を指摘しない訳にもいくまい。

 それを見て見ぬふりをしたのでは、それはもう浩之ではない。だからこそこの指摘は浩之の都合なのだ。

 そして、それを聞ける修治は道理の分からない男ではなかったということだ。

「そうだな、嫌なのは変わらないが、姫立には失礼な話だったな。そこは改善することにするか」

「ああ、それがいいと思うぜ」

「とは言え、すでに嫌われてるとは思うんだがな。まあそれはしゃーないだろ」

 苦笑ぎみに軽口を叩く修治は、だいぶいつもの調子を取り戻したようで、浩之は少しほっとしていた。もしこれでただ不機嫌にさせたらどうしようと思っていたのだが。

「嫌われるかどうかはこれからの話だろ? そう言えば、アヤって子とのことはともかく、修治の好みってどんな女の子なんだ? アヤって子は十分美人だと思うんだが」

 十分どころか、アヤは十人が十人美人というぐらいの美人なのだから、そこに関しては文句のつけようがないと思うのだ。

 そういう対象としては見ていないとか何とか言われるだろう、と浩之は思っていたのだ。

「いや、俺なんか相手にされないぐらいの美人だとは思うんだがな」

 しかし、修治の言葉は、浩之の予想とは違った。

「俺の好みじゃないんだよ」

 

続く

 

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