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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(144)

 

「俺の好みじゃないんだよ」

 アヤほどの美人を持って来てみ好みじゃないとは、贅沢過ぎる注文である。

「それは、またもったいないというか何と言うか……」

 修治の女の子の趣味は知らない、知らないが、アヤが趣味じゃない、というのもなかなかに珍しい。性格はまだよく分からないが、どこか儚げな雰囲気のある超のつく美人を見て気持ちが動かない男がいるものなのか。

 好きなタイプまで言わなくとも、アヤは綾香と同じぐらいの美人なのだ。あれが好みじゃないとなれば、さすがに趣味が変わっていると言われても仕方ないと思う。

「修治、実はお前、熟女趣味とか幼女趣味とかなのか? 熟女はまあ自己責任でいいが幼女趣味は流石に……」

 じろり、と修治は浩之を睨み付ける。拳が出なかったのは先ほどまでの真面目な話があったからこそだろう。

「何でそうなる。年齢的には姫立は守備範囲内だよ。単に、俺は格闘技をしている女の子は好みじゃないんだよ」

「そうなのか? それなら由香もサクラさんも趣味じゃないってことか。しかし、いいだろ、格闘技やってるぐらい。格闘技やっている点に関しては修治も似たもの同士だろうに」

 ただ格闘技をしているだけで似たもの同士というのもいささか乱暴ではあるが、好みにそんなこを言い出す修治の方がこの場合変だろう。

 格闘技をやっている女の子。普通に生活していれば、あまりお目にかかれないはずなのだが、修治の出会う女の子達が格闘技をしているのは、むしろ仕方ないのではないだろうか?

 何故ならば、修治が格闘技をやっており、強いからだ。ただ単に試合に出るような者ならばファンの女の子に知り合いが出来るかもしれない。が、表に出ないような戦いをしているような特殊な修治がそんなチャンスは少ないだろうし、出会う女の子が格闘技をやっている可能性は高い。

 修治は自分で自分の首をしているようなものだが、好みというのは自分で制御できるものではないのでどうしようもないのだろう。

 かわいそうに、と浩之が修治の色々なものに同情していると、修治は先ほどからしている会話の核心をさらりと口にする。

「格闘技強くても意味ねえだろ」

 いや、修治がそれを言っては元も子もないだろ。

 修治の自分を否定するような言葉を聞きながら、ああ、だからなのか、と浩之は先ほどから引っかかっていたものが何かに気付いた。

 「格闘技の強さを見られて好かれてもな」と修治は言った。浩之としては格闘技の強さを見られて好かれてもいいんじゃないかと思うのだが、修治は違うのだ。

 修治は強い。その強さは、雄三曰く努力のみで作られたらしい。その強さを誇るのは当たり前だし、誇っていいと思うのだ。だが、修治はそれを誇ろうとは思っていないということなのだ。誇ってもいないものを好かれても、修治にとっては微妙なのだろう。

 修治はここまで格闘技が強いのだから、格闘技にかなり傾倒しているはずなのだ。しかし、何故か格闘技に重要性を見いだしていないようだった。だから格闘技をする女の子は好みではないし、戦う姿を見て好意を持ってくれた人の好意を受けるのに抵抗があるのだろう。

 どういう考えでその結論に至ったかは知らないが、格闘技をしている女の子は修治の好みではないのは分かった。しかし、嫌いならば嫌いなりの態度を取るのかとも思ったが、修治は綾香以外に対してはむしろ友好的な態度を取っているように思うのだ。

 いや、友好的というか……むしろ下手に出てるような? わざわざケンカを売る必要はないが、友好的ならばともかく、下手に出る理由はあるだろうか?

 いや、それについては、浩之は前から思っていることがある。

「……修治、お前って実は女の子に弱いのか?」

 そう言われて、修治の顔が複雑なものになる。案外、これが一番致命的な質問なのかもしれない。

「うっ……じゃあ聞くが、お前は女に強いのかよ?」

「いやまあ俺だって女の子に強い訳じゃないが、何か修治の場合、由香やサクラさんにずっと押されっぱなしだったように見えたんだが。そりゃまあ怖い生き物だとは思うけどな」

 男から見れば、女は実際怖い生き物ではある。ただまあ浩之の場合、周りの女の子達がアレ過ぎることが多いので致し方ない部分もある。危険性がないのはせいぜい幼馴染みのあかりぐらいだろうか?

「俺としては、浩之があれだけ怖い生き物と平気で接してる方が驚きだよ。あれに比べればいつもの練習なんて鼻歌歌いながらできるだろ」

「いやそれは違うだろ」

 あの地獄の特訓と、女の子と仲良く話すのを一緒にされても非常に困る。練習はあくまで強くなるための過程であり、あれを楽しもうなんて気には浩之にはなれない。

 修治だって、練習を楽しんでいるようには見えない。つまりは、女の子の相手をするのは、非常に苦痛だということなのだろう。それはすでに女性恐怖症と言ってもいいのではないだろうか。

「そりゃ肉体的には何でもないが、精神的にはきついんだよ。何考えているか分からねえし、気を遣わない訳にもいかないしな。彼女は欲しいと思うが、それとこれとは話は別だ」

 修治も、自分のそんな部分を良いとは思っていないのだろう、なかなか切実な苦笑をしている。

 浩之は、首をかしげる。

「何か、最初の印象と違うな。修治と最初に会ったときは、普通に修治から綾香にケンカ売ってなかったか?」

 普通にケンカ売るとか意味も分からないが、それはともかく、その印象があったからこそ、浩之は修治が女の子に弱いと思わなかったのだ。何せ、綾香は浩之の知り合いの中でもダントツと言えるぐらいの怖い女の子だ。修治にとっては一番苦手でも何ら不思議はないと思うのだが、普通に敵対しているように見える。本当に普通の意味が分からないが。

 我が強く、美人で、格闘技が強い。どれを取っても修治が苦手とするタイプだ。最後のは苦手とは違う気もする。あそこまでいくと一周回って平気なのだろうか? 苦手なものをいくら積み上げたところで縦に伸びるだけで円にも球にもならないと思うのだが。

「ああ、あの来栖川のお嬢さんか?」

 他の女の子を相手するのとは違う、挑発とも取れる口調で言う修治。ある意味、一番特別視している女の子なのかもしれない。

 修治が綾香に好意を持っている……てのは流石にないか。

 浩之は、自分の考えに自分でつっこみを入れる。確かに、それは杞憂でしかない。

「俺にはあれが女に見えねえんだが。というかだ」

 修治は、嘲るような表情を、少しだけ顔を引き締めて、言った。

「浩之には、あれが人間に見えているのか?」

 

続く

 

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