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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(148)

 

だが、実際綾香の贔屓であっても、浩之ならばやれると思われるだけのものを浩之は持っている。そうでなければ、北条鬼一が弟子にしたいなどと言う訳もない。というよりも、世間的に言えば、それだけで十分な評価を受けることが出来るだろ。北条鬼一自身が公にしない限り、それは北条鬼一と綾香の胸の中にだけあることだが。

 で、綾香にそこまで思わせる浩之なのだが、しかし、才能を除いた行動自体となると、綾香としても忸怩たる思いを感じずにはおれない。

 あのバカ、私達にあれだけさせておいて、あんな状態から逃げるとか、どれだけチキンなのよ。

 もともと綾香がほっぺにチューとか言い出したのが元凶であり、浩之に責任があるどころか、はっきり言って綾香によるマッチポンプな訳だが、こういう場面では何故か男の方だけ責められるという悲しい現実はどこも変わらない。まあそういう風潮を置いてもいても、浩之の言い分が綾香のわがままに勝つことなど、一生ないだろうが。

 しかし、マッチポンプであろうが詐欺であろうが、綾香が腹を立てているのは事実だ。腹を立てている理由が浩之にとっては言いがかりであろうとも、その事実には変更はない。

 綾香は腹を立てている。あの状態から逃げようとして、まんまと逃げた浩之にも、あの状態から逃がしてしまった自分自身にも。

 まあ、葵が一緒にいた手前、人に言えないようなことまですることはなかっただろう。それは、二人きりであって、浩之が自分だけを見てくれるというのならば、ちょっと人には言えないようなことをするのも、綾香としてはまんざらでもないのだ。さらに言えば、葵が一緒にいたのでそれはあきらめるとしても、もうちょっといちゃいちゃしても罰は当たらないと綾香としては思うのだ。

 私だって、あの雰囲気の中でなら、ハグぐらいは許してあげたのに。

 【ハグ】:hug(抱きしめる)の和読み。日本においては抱きしめるのは一般的な行為ではないので、ハグを行うのは特別な意味が多い。説明するまでもなく、年頃の男女が頻繁に時と場合を考えずにすることではない。まあ三人ですることはもっと少ないだろう。というかそういう意味でするハグで三人は普通ないだろう。

 おそらく、その場の雰囲気と本人の希望から、葵だって抱きしめられるぐらいは許していただろう。むしろそうして欲しかったに違いない。というか綾香はして欲しいと思っていたのだから、葵がそう違う意見だとは思わなかった。

 自分でもちょっと嫉妬深いとは思っている綾香としては、葵が一緒であるというのはなかなかに許し難いものもあるのだが、というか誰が他の女の子と一緒に抱きしめられるのを許す女の子がいるだろう、あの場合、葵をのけ者にするという選択肢もない以上、二人同時に抱きしめるのを許してやるしかないではないか。

 綾香としては、物凄い譲歩したつもりだった。いや、これに関して言えば、綾香は一般的に見ても明らかに譲歩していた。譲歩と言うよりも、男の願いを具現化したような甘さだ。その場をそこまで持って行ったのが綾香本人であることに目をつむれば、甘いを通り越して男に都合がいいとすら言える。

 しかし、浩之はこともあろうに二人には手も触れず、あまつさえ自分は散歩に行くと言って逃げ出したのだ。

 こんなかわいい女の子二人を前にして、そんな行為が許されると思っているの?

 自分のことをかわいいと言っても誰も、少なくとも自分の容姿を最低限客観的に見るだけの常識があれば、文句が言えないほどの容姿の綾香もそうだし、葵だって非常にかわいい。許されるか許されないかと言われれば、許されないだろう。いややることやっても誰だって許したくないだろうけれど。

 これは、けっこう尾を引くわよ、浩之?

 綾香としては、しばらく浩之に対して態度が悪くなっても致し方ないとすら思っている。というかそうでもしないと腹の虫がおさまらない。というかその程度ではおさまるわけもない。葵だって、それは一緒だろう。いくら葵がいい子でも、我慢には限界というものがある。

 それが綾香の言いがかりではない証拠に、さっきから組み手をしている葵も、心ここにあらずの状態で、まったく組み手に集中していない。健介の勉強を監視しながら部員を指導している坂下も、たまにこちらを見て苦笑している。まあ、これに気付ける綾香もまったく集中していないのだが、これはもう今更の話だ。

 空手部員が見入ってしまうほどの高度な攻防がなされているというのに、綾香も葵もまったく組み手に集中していないのだ。つまりは、無意識であってもそこまでの攻防が出来るということで、それは坂下も苦笑しようものだ。坂下も同じようなことが出来るだろうから、もしかすると集中しないと練習にならないだろうという意味の苦笑だったのかもしれない。

 綾香と葵が練習に集中できない。それもこれも、浩之の所為だ。

 乙女の純情を踏みにじった代価は、きっちり払ってもらうからね。

 今回で言えば純情だったのは浩之の方で、どちらかと言うと女の子二人が不純だったような気もするが、そんな些細なことは綾香には関係ない。どう見ても間反対になっているので些細なことではないのだが、それを些細と断言してしまう綾香にとってはそれこそ些細なことだ。世の中には暴力としう素晴らしい力が働くと、往々にして道理が引っ込む。

 このヘタレ具合でよく女の子に人気があると思うかもしれないが、それでヘタレでなかったらと思うと怖いものがある。おそらくはどこかで女の子に良い感じに尖ったもの、カッターとか包丁とかもうちょっと大きなものか、で刺されていてもおかしくないので、これはこれで浩之の防衛本能がちゃんと働いた結果と言えるかもしれない。

 浩之があのまま二人といちゃいちゃすれば、それはなかなかに解決できない問題を起こしていた可能性は非常に高い。そういう意味では、浩之の心意はともかく、結果的には致命的になる前に逃げたとも取れる。あの状況に陥った以上、被害を最小限に抑えるのならば、確かに逃げるのが一番だっただろう。

 まあ、こんな美少女二人にサンドイッチされてチューされたのだ。その後の生活がちょいとばかりスリリングになっても、これは致し方のない出費だと浩之にはあきらめてもらうしかあるまい。もっと言えば、普通の女の子であれば風評が悪くなる程度で済んだかもしれないが、相手の女の子二人が二人とも拳でもって浩之に反撃、というか攻撃、できる力を持っていることは、さて良いことなのか悪いことなのか。

 女の子が直接的に実力行使できるだけの力があるのは、気分的には楽かもしれない。機嫌が治るまで、浩之が生きていられればの話だが。

 浩之にいちゃもんをつけて殴ったり蹴ったり締め上げたりすることに、今の綾香は躊躇など覚えないだろう。でもそれは前からそんな気もしないでもないので、浩之としては何も問題はないのかもしれない。状況が悪くなって今までも十分悲惨であったことが分かる、怖い話だ。

 でも、仕方ないではないか。今でも、あの場面を思い出すと、綾香は顔が赤くなるし、胸が熱くなるのだ。こんな気持ちのまま練習をさせる浩之が悪いのに決まっている。

 帰って来たら、思わず浩之に残っているダメージも無視して締め上げてしまいそうだ。その場面を想像するだけで、申し訳なさ以外で思わず胸が痛くなるぐらいだ。決して抱きしめたい訳ではなく、締め上げるのが目的だ、と綾香は自分自身に言い聞かせる。

 地の文にも修正が必要だろう。綾香は、確かに乙女のようだ。少なくとも、そこで苦笑している坂下よりはよほど乙女している。

 実際、男女の争いに関しては、綾香よりも坂下の方が何倍も上手のようだ。これは今までの経験がどうこうと言うよりも、坂下の資質がす場抜けていたとしか言い様がない。綾香という天才を遙かに超える資質だが、綾香はどうやらそちらに関しては天才と言えないようだし、坂下は坂下でそんなもので勝っても嬉しくはないだろう。まあ、もし坂下が参戦するとなれば、それはもう何を置いても脅威なのだろうが。

 綾香がこんな状態になっているのだ。思い出に残る良い合宿だったなどと思うとは、浩之は気を抜きすぎである。

 この後、そのことを思い知らされることになるだろう。結果、色々な意味で、思い出というか脳髄に刻み込まれることになっても致し方なかろう。例え、浩之に原因がなかろうとも、どうしようもないことはあるのだ。

 

続く

 

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