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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(150)

 

 綾香に絞め落とされた、いや頸動脈を締めて落としたのではなく痛みで失神させたのだ、浩之をまわりに、まわりはなかなかに喧々囂々と言った感じだ。ただ、綾香に文句が言えるのは葵ぐらいしかおらず、その葵はさすがに綾香に注意しているが、多分一番綾香に対して発言力があるだろう坂下は、またいつものことと取り合いもせずに苦笑して距離を取っていた。

 こんなにバカ騒ぎして、練習になるのだろうか? と人ごとのように初鹿は思った。実際人ごとだし、そもそも初鹿は他人と一緒に練習することなどないので、これはこれで練習になるのかも、と勘ぐってみたりもする。

 まあ、綾香の暴走とか浩之の失神は練習の邪魔であることは、どんなに思考をめぐらせたところで変化はしまい。正直、みんな楽しくやっていそうなので、それはそれでいいのではないか、と独りの多い初鹿は、少しうらやましくもあるのだ。

 ただ、それも少しでしかない。ランや浩之のことは気にいっているが、初鹿はそもそも、人とつるむ必要のない人間だ。誰しも一人では生きていけないが、独りでも案外大丈夫な人間はいる。初鹿はその最もたる例だろう。

 その初鹿が、一緒に組む、となれば、それはサクラしかいないかもしれない。性格にしても実力にしても、二人は非常に相性が悪い。悪いからこそ、組むには丁度良いのだ。お互い、人の風下に立って実力を発揮するタイプではないのだ。お互いに反発するぐらいが丁度いい。それが初鹿とサクラが長い付き合いでいられる理由だ。

 で、そのサクラが、ちょっと見ない行動をした。これは初鹿にとってみれば非常に興味深いことだ。興味が行動理念のほぼ全てである初鹿としては、聞きたくてうずうずしていた。

 長い付き合いだ、サクラの趣味は知っている。サクラは、生意気な年下をいじるのが好きなのだ。いじる、などという生やさしいものではない。性癖から言えば虐めて楽しむ完全なサドだ。

 サクラが色香を使って人をからかうのを、初鹿は何度も見てきた。またやっていると思いこそすれ、それを止めようなどとは初鹿はまったくもって思ったことがない。サクラがからかうような相手に、興味をそそられることなどなかったから、サクラが誰をいじっても気にならなかった。友人として心配をしたこともない。まあ、そういう生優しい付き合いではないこともあるが、サクラが本気で戦えば、マスカレイドでも勝てるのは自分と赤目ぐらいだというのを知っているからだ。サクラの色香で相手が暴走しても、それを実力ではり倒すだけの力がサクラにはある。迷惑極まりない話だが、言ったように初鹿はそこに興味はない。

 だから、まず珍しいと言えば、初鹿が少しでも興味が沸く相手をサクラがいじったことだろうか。見てみれば分かる、浩之をほとんどいじろうとしないのだ。いじるのをほとんど社交辞令で止めているのは、綾香に遠慮した訳ではない。浩之が自分の手に余ることを理解しているからだ。

 そういう手合いであるからこそ、初鹿としては興味が沸くところではあるのだ。そういう意味で、サクラと初鹿の趣味は真反対とも取れる。もしかすれば、それこそ二人の付き合いが続いている最大の理由かもしれない。男二人を取り合う、というのはサクラはともかく、初鹿には自分で考えても似合わないことではあるが、そうなったときに、お互い相手に遠慮するなんてことは絶対にないし、お互いがお互いに直接的に、暴力も含めて、奪い合いをする可能性は非常に高いと思っている。

 まあ、今回のことで言えば、そんなことにはならないですが。

 それでも、興味は沸く。この興味は、浩之に対するものに匹敵するかもしれない。武原修治、だったか。あの怪物は。

 興味も沸こうというものだ。坂下に負けて無敗ではなくなったとは言え、それでも初鹿が強いことには変わりはない。まわりから見ていても理解ができないなど、坂下と綾香とのマスカレイドでの戦いの終盤ぐらいだ。

 それを、こんなどうでもよさそうな場所で、使う。初鹿を持ってして、マスカレイド「元」無敗の一位チェーンソーを持ってして、理解できない技。いや、あれだけでも十分に分かる。技だけではない、実力も、自分と同じぐらい。下手をすれば自分よりも強い。

 初鹿が修治に興味が沸かない訳もなかった。あんなものを見せられれば、興味が沸くのは必然だ。もし、あれを先に見ていたら、異能の技など目指さなかったかもしれない。そんな風に思うぐらいの実力と技だった。

 異能の必殺技とは、技の質は真反対だろう。その反対を目指そうとする初鹿には、何となく理解できた。だが、結局どういう原理なのか分からないのは変わらない。

 ただし、異性としてどうかと言われると、まったく興味が沸きませんが。

 はっきり言って趣味じゃない。いや、それを言うとサクラの趣味からも真反対のようにも見えるのだが、サクラは何か感じるものがあったのかもしれない。まあ付き合いは長いが、相手の感じることを全て理解しているとはとても思えず、むしろお互いにお互いをまったく理解しようとしてないようにすら思うのだが、サクラの琴線に触れるものがあったのかもしれない。

 だが、いつもの遊びならばやめた方がいいとは思う。あの相手は、実力行使を持って負ける可能性を決して無視できない。まあ、サクラもそういう場面になったら、相手にそれなりのダメージは当てるだろうが、そのまま犯されでもしたら割に合わないと思うのだ。

 修治が聞けば、それこそ不機嫌を総動員して、見知らぬ女の子であることを考慮してその場からいなくなるぐらいはしただろうが、初鹿だって修治の性格をあの間に把握できるはずもない。一応の女の子としては危惧しておくべき内容なだけだ。

 まあ、それを忠告しようなどと思わないあたり、初鹿らしいと言えば初鹿らしい。ランや浩之相手なら忠告したかもしれないが、お互いに相手を尊重しないことで成り立っている友人関係なので、忠告とかはありえないのだ。

 だから、今の興味に関して言えば、どちらかと言うと修治本人に対する興味ではなく、正直異性として興味が沸かな過ぎる、サクラに対する野次馬根性だ。

 興味すなわちそれ全ての初鹿は、まったく躊躇もせずに聞いてみることにした。配慮とかそういうのは分かっていてやらないあたり、もしかすると弟よりも悪質なのでは、いや、寺町はバカではあるが、悪質ではないので、一方的に初鹿が悪質なだけか。まわりの空手部員達から、十分に距離があることを確認して、初鹿は柔らかくサクラに話しかけた。それはサクラに気遣ってというよりは、邪魔されたくないという気持ちだったりすす。

「サクラ、楽しんできましたか?」

「うん? 修治さんと? まあ楽しむには時間が短すぎるわよねえ」

 いや初鹿は良く知らないが、一回か二回楽しむぐらいの時間はあったと思うのだが、口にはしない。そもそも、そんな楽しみ方をサクラが喜んでするとは思っていない。サクラの性癖は確実にゆがんでいるのだ。自分のことは棚に上げて、初鹿はそんなことを考えていた。もちろん口には出さないが、サクラには伝わっている可能性は否定できない。

「サクラが積極的なのは知っていますが、ああいう方に興味を持つのは珍しいと思いまして」

「えー、これでも私は誰でもウェルカムよー。まあ修治さんがイケメンじゃないのはこの私でも認めるところだけど」

 柔らかい初鹿と、からかうようなサクラ。声だけ聞けば、この二人の仲は非常に良好に見える。笑顔の裏で黒いのではない。お互いとも、これが素であり、これ以上黒くもならなければ白くもならない。ころころと外が変わるよりも、よほどに恐ろしい二人は、まあ二人だけならば、実に仲の良い友達だった。

「サクラはああいった方が好みだったのですか?」

「まさかー。まあ興味が沸いたのは事実よー。何せ、あんなもの見せられたらねぇ」

 まったく崩れもしない笑顔なのに、目の奥から見え隠れする鋭さに気付けるほどは初鹿は常識外れていたし、気になるような常識も持ち合わせていない。

「うーん、でもちょっと自分でも失敗したかなあ、とは思うのよねぇ。ついつい、張り合う相手がいると意地になっちゃうこの性格は直さないとね」

 由香という敵役がいたからこそついついがんばってしまったと言いたいらしい。まあ初鹿もその気持ちは分からないでもない。ただ、初鹿は下がるだけの思考をどんなときでも持てるというだけで、負けず嫌いなのはサクラとそう変わりはないのだ。

 それよりも気になるのは、サクラがまるでこの話題を切りたい姿勢を取っていることだ。正直、これは初鹿にも意外だった。

 まさか、本当に気にいってしまった、ということはないとは思いますが……

 初鹿も大概だが、サクラはそれ以上に顔にうるさいのだ。ブサイクとまでは言わないまでも、いかつくてどう見ても美男子とは言えない修治にそういう興味が沸くようには思えないのだが。それとも、本当に敵役がいて自分でも思う以上にやる気になってしまったのだろうか?

 年齢は、さてどちらが上とは分からないが、同年代の相手にサクラがさん付けするなど、考えて見れば初めてかもしれない。いや、恋愛感情ではなく、実力者である相手に敬意をはらっているという可能性もあるが、ならば初鹿を呼ぶときもさんをつけるべきだろう。

 敵役がいて、ついついやる気を出してしまったのを、恥ずかしいと思って話を切りたい……などというしごく真っ当そうな理由はない、と初鹿は断じていた。サクラはそんな殊勝な人間ではない。まあそれを殊勝とも思わないが。

 興味は沸く、できることならば根掘り葉掘り聞きたい衝動にかられて、そうなった以上初鹿は遠慮などまったくする気はなかった。

 しかし、それを察知したのだろう、察知というか付き合いの長さから、次に初鹿がどういう行動を取るのか分かっていたのだろう、サクラは、先手を打った。

「で、お仕事の話なんだけどさ」

「……まあいいですよ。お仕事を終わらせてから聞きましょう」

「もう、そんなに話すことなんてないって。まるで噂好きの普通の女子高生みたいに見えるわよ」

「一応、女子高生ですから」

 一見そうは見えないだけで、厚顔で言えば綾香にも劣らない自分で言っていても説得力のない言葉だと初鹿が思うぐらいだからサクラは確実に思っただろう。突っ込みが入らなかったのは、仕事の話を優先させたのか、反対に突っ込み返されるのを嫌ったのか。

 いえ、自分からふっておいて何ですが、そんなことはないと思うのですけど。

 異性としての魅力に乏しいのは事実だろうが、そこまで念を押すほど酷くはない。初鹿がそう思う最大の理由は、おそらくは自分の不肖の弟にどこか似ているからだろう。ただ、その理由は初鹿の意識の中にはなかった。

 何の打ち合わせかと思っていたら、サクラは何でもないように言った。

「さっき、連絡あったよ。今日の夜決行だって」

「なら先に教えて下さい」

 初鹿は、サクラの怠慢に柔らかくつっこみを入れるのだった。

 

続く

 

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