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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(159)

 

 これからケンカという名の制裁が待っているにもかかわらず、初鹿が実に平和な内容の、幾分平和というにはほど遠い内容も含むが、物思いにふけっている間にも、二人は闇の中を駆け、廃工場のフェンスの外までたどり着いていた。

 まったく、何を思ったこんな辺鄙な場所にたむろしているのでしょうか。

 現代の不良というものは田舎にはいない。もちろんいないことはないが、田舎と都会、どちらが多いかと言えば圧倒的に都会の方が多い。もちろん人口密度の問題もあるが、何より、都会には遊ぶ場所が多いのだ。

 暴走族が高齢化しているというニュースを出すまでもなく、現代はただ遊ぼうと想えば遊ぶ場所などいくらでもある。刺激の多い現代でつっぱるなど流行らないのだ。

 そういう意味では、今回の相手はどちらかと言うと古き良き、または古き悪き不良らしい。廃工場にたむろするとか、時代を間違えているとしか考えられない。そしてこんな夜早くに出張る理由が、深夜までたむろしていることがないかららしい。どれぐらい健康的な不良なのか、初鹿もつっこみを入れたいところだ。

 ただ、時代錯誤な不良達、上はせいぜい20にも行っていないらしいが、やっていることはかなり質が悪いらしい。赤目がそういうのだから間違いない。単なるケンカ集団を悪しく言って初鹿の正義感を奮い立たせよう、などと考える赤目ではないし、相手が正義だろうと悪だろうと、初鹿にとって障害であれば取り除くのが初鹿だ。ついでに言えば目障りならばそれだけでも腕力にものを言わせるのに初鹿は躊躇しない。初鹿の沸点自体はそこまで低くはないものの、一度やると決めたときの容赦のなさは、初鹿の知り合いの中で、自分が一番酷いことを初鹿自身分かっている。恐ろしいことに、綾香よりも容赦がないことを自覚しており、そしてそれが事実であることだろうか。

 ここの不良達は、どちらかと言えば暴力団に近い、いや、色々としがらみも多いそれと比べて足かせがない分、直接的なものは比べるまでもなく酷いとのことだ。

 まあ、それぐらいの人たちでないと、怪我をした坂下さんを狙おうなどと考えないでしょうが。

 正直、今回のことについて、初鹿は赤目を怪しんでいる。マスカレイドでは、試合で勝つために選手同士で行うならともかく、観客やマスカレイド以外での関わりで選手の個人情報を積極的に集めるのはタブーとされている。今まで何度か、そのための制裁も行われている。程度が低い、つまり別にチェーンソーが出張るほどの相手ではなかったから関わってはいないが、見せしめをするのにマスカレイドは躊躇などしない。

 であるから、そもそも選手の情報を手に入れること自体が困難となる。調べようにも、制裁を恐れて誰もの口が重くなる。下手をすればそこからマスカレイドにかぎつけられて、制裁を加えられるかもしれないのだ。

 なのに、そんなどう見ても頭の良くない集団に坂下が合宿に来ていることが知られている方がおかしいのだ。そう考えると、情報を流せて、なおかつ制御できる者は、マスカレイド自身しかない。

 坂下を釣り餌にして、マスカレイドに反抗的な、または協力的でない集団を燻り出そうとしたとしか思えないのだ。今回、たまたま合宿がそういう手合いの近くになったというだけの話で、今までもずっと坂下を釣り餌にしていたのではないか、と初鹿は思っている。

 まったく……これが坂下さんでなければ、温厚な私でも怒っているところですね。

 どの口を下げて温厚という言葉を出しているのかは置いておいて、初鹿だって人の子だ。それなりに親しくさせてもらっている相手が釣り餌にされていると思えば、いい気はしない。ランが尊敬する相手ならばなおさらだ。

 ただ、まあこうも思うのだ。怪我があろうとも、坂下さんがが綾香さん以外に遅れを取るはずがない、と。

 いや、あの怪物が顔を出さない限り、綾香にだって遅れは取らないだろう。事実、来栖川綾香には、坂下は勝ったと言ってもいい。あの怪物との戦いですら、攻防になっていたのだから、これはもう普通の人間の範疇ではない。

 そもそも、万全の私と戦って勝つのだから、坂下さんが誰に負けると言うのでしょうか。

 坂下に万全の信頼を置く一番の理由は、自分が坂下に負けたことなのだから、その自信過剰ほどにはあきれかえる。まあ、マスカレイドの無敗の一位は伊達ではないから、実力通りの評価とも言えるのだが。

 過剰ではない、自信だ。自分の強さを誇ることはなくとも、評価はしている。何より、相手との実力差の油断など、初鹿にとっては聞いたこともないような言葉だ。

 相手がどんな狂人であろうが低脳であろうが、チェーンソーとイチモンジのペアが制裁人の役として送られた意味を、初鹿はちゃんと理解している。イチモンジ、サクラは、さて、いつもならば理解しているのだろうが、今日ここではあまり信頼が置けないので何とも言えないところだ。

 マスカレイドの順位云々ももちろんある。が、順位だけではなく、マスカレイドで現在の武器を扱う上位二人を送ったということは、もちろん制裁は実力差が大きければ大きいほど効果が高いというのを考慮しても、赤目が相手の実力が高いと評価した結果だ。

 少なくとも、坂下にケンカを売ろうとしたことがただの無謀ではない、というのは間違いないのだ。それだけの相手と、その他のザコ、そんな人間が何人もいるとは思えない、一人いるだけでも驚きなのだから、を相手取るのに、今日のサクラはいささか不安だ。

 しかし、それも初鹿の単なる杞憂であることは、すぐに知れた。

 戦いの匂いを感じ取ったのか、はたまた仕事自体は感情に左右されないのか、ここに来てサクラの雰囲気が剣呑なものに変わっていく。衣装のこともありはたから見れば異様ですらある。まあ、いくら男好きのする身体をしていても、こんな雰囲気をまとったサクラには声をかける男はいないだろう。いたとすれば、それは危機管理能力の片鱗も無くなった駄馬か、藤田浩之ぐらいだろうか。

 こうなればサクラは安心である。初鹿が何をしなくとも、サクラ自身で相手をめった打ちにしてくれるだろう。と言っても、初鹿自身も、そうやって呑気にサクラの変化を観察しているわけにもいかなかった。

 初鹿には、別段変わった様子はない。それは常時戦場の心得がすでに身についているから、この点だけで言えば綾香よりも格段に初鹿は優れている、であり、感じていないわけではない。

 初鹿とサクラは、言い合わせたように視線を合わせる。こういうときの二人の間に、言葉はいらない。長い付き合いだ、お互い、相手の言わんとすることぐらいは読める。

 しかし、そんな二人にとっても、これは初めての状況だった。

 その廃工場の中から感じ取れる気配が、二人がそこにつくまでもなく、すでにそこでは戦いが始まっている、と二人に教えていたのだ。

 

続く

 

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