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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(161)

 

 初鹿達のターゲットと見知らぬライダースーツの女、二人とも打撃系のスタイルで戦っている。ライダースーツの方は分からないが、今回のターゲットで言えば、打撃になるのは、これと言った格闘技を習っていないことを考えれば当たり前だろう。

 素人の打撃というのは、力まかせに殴るだけであり非効率なことこの上ない。とは言え、それだけでも人を殴り倒すだけの力が出るのもまた事実なのだ。身体が大きく、運動神経も良い人間であればなおのことだ。

 今回のターゲットは、そういう意味で全てに恵まれていた。もしかしたら、本やテレビなどでは多少なりとも見ることはあったのだろう、その程度でも、才能があれば強くはなれる。それでマスカレイドの十位以内に入るだろうと初鹿が見立てるのだから、修治や坂下などが見れば歯ぎしりものの才能であろう。

 だが、徐々にだが、ライダースーツの女性に少しずつ押され気味になっていた。リーチは勝っているし、スピードでも負けていないように見えるのだが、ライダースーツの女性の打撃は、格闘技をちゃんと習っている者の打撃だ。動きに無駄がない分が、どれほどに才能に恵まれていようとも差として出てきていた。

 今まで、おそらくは自分と相対せるだけの強者と戦ったことがないのだろう、ターゲットの顔に怒りがにじみ出ている。経験の不足から、それがあせりであることに、本人は気付いていないかもしれない。

「いいかげん、死ねっ!!」

 いらだって焦ったのか、ターゲットはライダースーツの女の懐に、と言っても二人ともリーチが長いので懐というにはかなりあ間合いがあるが、踏み込むと、ボクサーも驚くほどの鋭いフックを女性に向かって放っていた。

 が、甘い、と初鹿は思った。いくらスピードがあろうが、あんな無理な動きでは、相手の女性に対してはまったく意味などなさないだろう。もっと崩すなり、理を越える無理で攻めるなどしなければならないところだ。

 案の定、ライダースーツの女はなめらかなスウェイでフックを避けると同時に、カウンター気味にストレートをターゲットの顔面にたたき込む。

 ズバシッ!!

 完全なクリーンヒット、試合であればこれで決まる、決まらずともそのダメージが尾を引いてすぐに決着がつく一撃だった。

 が、ターゲットの頭をそのストレートは打ち抜けない。恵まれた筋力で、そのストレートの一撃を首で止めたのだ。首で止める、というのは何も首で打撃を受ける、という意味ではない。首に力を入れて、打撃で頭が揺れないようにするのだ。頭部への打撃が効果的なのは、頭が揺れると脳が揺れるからだ。そのためには頭を揺らす必要があり、そのために打撃を打ち抜くのだ。

 今回のターゲットは、最初からストレートを真正面から受けるつもで首に力を入れたのだ。言っておくが、どう見ても素人でないライダースーツの女のストレートを正面から受けるなど、バカのすることだ。人間の打たれ強さには限界があり、打撃というのはだいたいその限界を軽く超えているものなのだ。

 そして、受けきった。強さにかまけて何もしていなかった、とはとても思えない。見られていないところで、かなりの訓練をしていたのだろう。まあ、そうでなければあんなに強くはならないだろう。どんな才能であれ、ただ座して強くなれる才能などない。

 一撃を耐えきられる、とはライダースーツの方もまさか思っていなかったのだろう、一瞬隙ができる。その隙を、ターゲットは見逃さなかった。大きな身体を素早くライダースーツの女の身体に寄せ、両腕で相手の腕を押さえる。隙はわずかな時間しかなかったというのに、その間に相手を押さえ込んだのだ。

 それだけであれば、至近距離に入った以上、打撃はお互いに使いにくくなり、もしかすれば金的を狙える分ライダースーツの女性の方が有利だったかもしれない。だが、そう簡単に判断するには、今回のターゲットはなかなかに規格外だった。

 相手の腕を自分の腕で押さえて効率的な打撃を封じると、ターゲットの男は身体をそらし、そのまま上から斜め下に横殴りを入れるように、額をフルフェイスヘルメットの顎に叩き付けた。

 ゴガッ!!

 鈍い音がして、ライダースーツの女性の頭が揺れる。初鹿は知っている。フルフェイスのヘルメットは確かに防具としては優れているが、別に首を固めているわけではない以上、揺れればダメージが入るのだ。ただ、フルフェイスのヘルメットに攻撃を入れよう、などと思う者が少ないし、なしで受けることを考えれば物凄い差があるのも事実なのだが。

 ヒューッと声を出さずに、サクラが口笛を吹く真似をする。フルフェイスに頭突きを食らわせようと考えることもさることながら、その頭突きの豪快さはマスカレイドでもまずお目にかかれないものだ。

「はっ!」

 ターゲットは大きく鼻で笑うように声をあげると、もう一度、今度はフルフェイスの額の部分に、まったく躊躇なく頭突きを叩き込む。一体どちらがダメージをより多く受けるか分からないような攻撃を、何の躊躇もなく繰り出していた。

 そして、それは確かにライダースーツの女性には効いていた。一撃目の頭突きが、それなりのダメージとなったのだろう。単純な表面の痛さは当然かぶっていない方が大きいだろうが、ただ衝撃だけを考えると、同じぐらい受けていると考えてもいいのだ。であれば、首が座っていない方がより大きなダメージを受ける。

 無謀な攻撃、というだけでは説明はできない。どれだけ今までそんな経験があるのかは分からないが、打たれ強さと痛みに対する耐性に絶対の自信があるのだ。そして、技術で負ける相手に勝とうと思えば、確かにこれしかなかっただろう。

 ただ強さにかまけて威張り散らしているようなタイプかと思っていましたが、これはもしかすると、取り巻き達もこのターゲットの強さに憧れて集まってきたかもしれませんね。性格的な問題は知りませんが。

 制裁を加えることは変わりないが、多少なりとも初鹿は今回のターゲットのことを見直した。マスカレイドに参戦させてもいいのではないか、と思ったぐらいだった。無理矢理というか無茶苦茶な手で勝利を引き込む、というのは誰でもできるものではない。

 少なくとも、戦って客を沸かせて勝つぐらいはできそうな逸材ですね。まあ、赤目にその気があれば誘いもするでしょう。私の仕事は、せいぜい反抗できないぐらいに制裁を加えるだけですし。

 ターゲットが見も知らない相手にダメージを受ければ仕事の難易度が下がる程度にしか初鹿は思っていない。まあ、難易度が下がろうと下がるまいと、初鹿にとってみればどっちも同じようなものだ。こなせないレベルでないのならば、どちらでも一緒だ。

 ゴンッ!!

 三発目の頭突きが入る。これだけダメージを当てれば、もう距離を取って止めを差していもいいだろう、と甘い考えが浮かんでも誰も責めないだろう。頭突きは効果は高そうだが、フルフェイスのヘルメットにやるのはやっている方のダメージもバカにならない。

 しかし、その考えは、甘い。この状態は先手を取ったターゲットの方が有利なのだ。この状況を変化させる意味はない、というよりも、このチャンスを逃すだけになる。そして、戦いの才能というものは、不思議な嗅覚をもって、それをかぎ分けて勝機を選択するのだ。

 ガンッ!!

 四発目の頭突き、長身と腕力で自分も倒れてもいいとばかりに繰り出されたそれは、ライダースーツの女の頭を大きく跳ね飛ばすほどに揺らした。

 これは、決まったか? と二人が思った、そのとき。

 するり、とまるで誘うかのように、ライダースーツの女性の腕が、ターゲットの腕に絡まった。逃がさないように、と。

 グガンッ!!

 どちらが放ったかは分からない、両方の渾身の力を込めた頭突きが、ぶつかり合った。

 

続く

 

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