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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(162)

 

 グガンッ!!

 人の身体がぶつかった音としては不適切な音を出して、二人の頭がぶつかり合った。おそらくかなり鍛えてある二人の力が、真正面からぶつかったのだ。そもそも今回のターゲットは額でそれをやるのだから当然バカだとしても、ライダースーツの女性だっていくらフルフェイスのヘルメットでも、急所である頭を打撃部位にする必要はまったくなかったはずだ。

 お互いに、拳でも脚でも、近すぎるなら肘でも膝でも肩でも何でも、他にあるだろうに、よりにもよって額でぶつかり合ったのだ。ただで済むはずがない。

 当然のように、お互いに頭が後ろに吹っ飛ぶ。だが、それでもお互いに腕を離そうとはしなかった。ターゲットは押されていたのでここで攻めるのは分かるが、ライダースーツの女性の方は距離を取れば自分の方が有利だろうに、一歩も下がる気がなさそうだった。

 初鹿も多少、惜しいとも思った。別に全ての戦いをマスカレイドでやれとは言わないが、ここまで白熱した戦いであるのならば、観客がいないともったないと思うあたり、初鹿もかなりマスカレイドに毒されているのかもしれない。

 と思ったら、サクラがいつの間にかビデオを回していた。制裁を撮らなければならないので撮影器具はもちろん用意してあるが、ライダースーツの女性を初鹿もサクラも知らない以上、これを撮る意味自体はないのだが。ちなみに、制裁には別に撮影班の人間がいたりもするが、今回は隠密性を考えて二人で来たので、そこも二人でカバーしなければならないのだ。

 ズゴンッ!!

 また、二人は申し合わせたように額を叩き付けた。

 お互いに、また頭が後ろに跳ね飛ぶが、今度は二人の動きに変化があった。ターゲットの方が、ぐらりと揺れたのだ。フルフェイスのヘルメットに頭突き自体がおかしかったと言えばそれまでだが、そうであってもライダースーツの女性が負けなかった理由にはならない。防具は防刃、つまり表面的な防御にはかなり効果が高いが、衝撃にはそれほど効果を発揮しないことを初鹿は自分の身をもって良く知っている。まあ、自分の防具よりも特殊な防具をライダースーツの女性がつけていたら話は違うのだろうが、見たところ、単なる普通のライダースーツとフルフェイスヘルメットだ。防刃ではあるのかもしれないが、それは見た目では分からない。

 まあ、普通、というと少し語弊がありそうですが。動きやすいような加工は入れてあるみたいですし。

 ライダースーツは自由な動きをするにはそう適していない。あくまでバイクに乗ったときに人の身を守るためのものなのだから、バイクに乗るのに不便でない方向に動きやすければ問題ないのだ。ライダースーツの女性は、ライダースーツ、と言っているが少し厚みのある全身タイツみたいなものなのだ。もちろん、自分の防具を全身タイツなどと言われれば、初鹿は何の躊躇もなくその人間を鎖でめった打ちにする。だろうではない、確定だ。

 距離を取った打撃でも押され、起死回生の至近距離での頭突きも打ち負けたターゲットは、追いつめられているといういよりも、もう負け確定とも言っていいだろう。しかし、このままでは終わらないでしょうね、と初鹿は感じていた。

 ぐらりと上体が揺れ、崩れ落ちるのかと思った瞬間に、ターゲットは片腕をふりほどきながら、片腕で肘をライダースーツの女性の脇に叩き込む。相手の腕で死角を作って急所の脇に肘を叩き込む、これだけの身体を持っているならば相手よりも下から攻撃することなどほとんど経験がないであろうに、自分の体勢から一番効果の高い攻撃を選べるあたり、素人とはとても思えない。

 しかし、その肘をライダースーツの女性は振り払われたもう片方の手の平で受けていた。まるで、相手がそう動くとわかっていたような動きだった。いや、頭で考えていたかどうかはわからないが、わかっていたというのはそう外れた答えではないかもしれない。レベルが上がれば、相手のどこかに振れているだけで相手の動きを見るよりも正確に理解することもできるのだ。一般人には死角であっても、少なくともこの女性にとっては死角ではないと動きが言っている。

 ターゲットは、その肘を受けられることをすでに察知していたのだろうか、それとも当たろうが当たるまいが知ったことではなかったのだろうか、肘をぶつけると同時に、その大きな身体も同時に相手にぶつかるように動いていた。

 ライダースーツの女性の身体に、腕を回す。決して洗練された動きではないが、相手を掴んで、力ずくで引きずり倒す動きだ。相手を力まかせに綺麗に投げる、というのは案外難しい、というか人間の規格では不可能だが、ただ相手を引きずり倒すのならば難易度は下がる。この男の体格ならば容易、とすら言えるだろう。

 だが、それはさすがに甘い話だろう。引きずり倒しただけでどうにかなる相手ではなさそうに見える。打撃ができるとして、組み技もできると確定はしていないものの、格闘技の経験がないターゲットが組み技ができるとも思えない。打撃と違って、関節技はあくまで練習の成果だ。もちろん関節技の才能の高い者もいるだろうが、それもまったくの無知から行うことはできないだろう。もちろん、倒れた相手に馬乗りになれるのならば意味もあるだろうが……

 ターゲットは、おそらくは経験でそれを知っているのだろう、下に潜り込むのではなく、上に覆い被さるように身体を預けてきた。ただ引きずり倒すことだけを考えれば下に潜り込む方がいいのだが、身体が大きな方が潜り込むのには不利だし、何より下に潜り込むのは相手に後頭部を見せるので危険なのを知っているのだろう。相手の脇から腕を持ち上げるようにすればいいのだが、そこまでの経験はなかったようだ。

 それに、引きずり倒すのは自分の体重を有効に使うべきであり、であれば相手の末端にとりついた方が、相手も腰を入れて踏ん張れないのだ。そういう意味では、確かに理にかなっていた。

 ライダースーツの女性は、しかしそんなことを許す許さないではなく、もっと容赦なかった。

 踏み込んで来たターゲットの顔をぐわしと手で掴むと、勢いに任せて上に持ち上げたのだ。力の強さもさることながら、こういうのは下の方が有利なのだ。ターゲットは、自分の前進の力で持って簡単に宙に浮いた。だが、あくまでそれは理の話を入れるなら、というだけであり、ライダースーツの女性の動き自体は、ターゲットの男よりも力まかせと言ってよかった。

 相手の顔面を掴んで、力まかせに持ち上げる。それは今までの動きから推測するに、格闘家として優れているだろうライダースーツの女性とは似つかわしくない、雑な動きであった。が、雑であろうが何であろうが、決定的な動きになったのは事実だった。

 一度浮いてしまば、どんなに体重差があっても関係ない。脚でふんばれなければ、どんな腕力も空を切るばかりなのだ。まして、ライダースーツの女性は足が地に着くまで見守ってくれるわけもなかった。

 相手の顔を掴んだまま、床に叩き付けようとしていた。ターゲットも、身体をひねって頭から落ちるのを避けようとしていたが、女性は空いた手でも相手の髪の毛を掴むと、そのまま体勢を立て直すことすら許さず、コンクリートの床に、叩き付けた。

 ゴッ!

 鈍い音ではあったが、それは勝敗の決した音だと、今までの経験が初鹿に教えていた。

 

続く

 

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