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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(163)

 

 まったく洗練されていない、力ずくで顔面を掴んでの叩き付けは、技として洗練されていないからこそ危険な技だった。

 まあ洗練されていようがいまいが、硬いコンクリートの床の上に頭が弾むほど叩き付けられたターゲットの男は、そのままぐったりと動かなくなった。傍目にもわかる、完璧なKOだ。これが狸寝入りならばケンカ屋ではなく俳優を目指すべきだろう。

 当然それは初鹿とサクラの二人の目をごまかすほどの演技ではなく、致命的なダメージを受けたターゲットの男が立ち上がってくることはないだろう。すでに勝敗は決してしまっている。

 が、すでに勝負はついているにも関わらず、ライダースーツの女性は動きを止めなかった。いいパンチが入っても、流れの中で攻撃をしていたら止められないとか、そういう類の話ではない。相手がすでに動かないことを見て取って動いたように見えた。

 ライダースーツの女性は、倒れたターゲットの男の上に馬乗りになると、マウントポジション、というよりは本当に馬乗りだ、容赦なくその顔面目がけてハンマーナックルを一息で三発、打ち込んだ。見た目はだだっ子が腕を振り下ろしているだけのようにも見えるが、実際の威力は振り下ろしなだけに危険な水準まで達する攻撃だ。

 ハンマーナックルは、まるで水平に置かれた太鼓を叩くような動きをする。上から腕を振り下ろすので、前述したように危険な威力となる。拳の硬い部分が当たらないのでどうかと思われるかもしれないが、振り下ろしの手刀がまさかぬるい攻撃とは言われないだろうから、ハンマーナックルの危険性はわかっていただけるだろう。

 むしろこの技で問題になってくるのは、通常のパンチと違い、腕の広い部分を相手にさらけ出してしまうことだ。肘の近くで止められてしまえば、ダメージなど出ない。マウントポジションを取られていたって、ガードに使う手を前に突き出していれば十分どうにでもなる攻撃だ。手刀も使うような空手家が、普通に相対峙したときに振り下ろしの手刀を使ったりしないのにはそういう理由があるのだ。相対峙して振り下ろしの手刀が決まれば、鎖骨というもろい骨を折ることもできるだろうが、当たらなければどうしようもない。

 しかし、ターゲットの男はすでにガードができるような状態ではない。というか、意識を保っているかどうかすら怪しい。

 すでに攻防などする気はなく、とどめを刺すためのハンマーナックルであるのは明らかだった。いや、すでに決着はついているのだから、とどめというよりはオーバーキルだ。

 とは言え、それにしたって攻撃が雑過ぎる。

 ライダースーツの女性が素人だとはとても思えない。距離を取って打撃の応酬をしている間などは、それこそどこのプロ格闘家だと思うほどの動きをしていた。だからこそターゲットの男も徐々に追いつめられていたのだ。

 それが、ターゲットの男がラフな攻撃を仕掛けたところでいきなり言って、力任せとも強引とも言える動きで、勝負を決めてしまった。

 いえ、微妙に違いますね。動きは洗練された格闘家、力任せで雑な攻撃、と言った方がただしいでしょうか。

 ラフな攻撃や、洗練された技術を使い難い攻防でも、動き自体は理にかなっていた。考えなしで動いているようにはまったく思えない。

 だというのに、攻撃のチャンスが生まれた瞬間に、そこにお上品にワンツーを入れるようなぬるい攻撃はしない。ワンツーが上品かどうかはこの際議論に値しない。

 力任せの攻撃を力任せで押し返し、決定的になるような強引な攻撃を入れる。そのどちらも、それまでとはまったく違ったフェイントや勝負の機微などをかなぐり捨てた動きだった。

 野生、とでも言えばしっくりいくだろうか。生物的な強さ、とでも言おうか。坂下のそれがじっとして勝負の一瞬にかける最小限のものであるのに対して、ライダースーツの女性のそれはもっと分かり易い暴力としての野生だ。

 実際の野生の強い生き物には、そんなものはない。力を誇示するのは戦いを避けるためであり、実際に獲物を獲るにはどれほど暴力として際だっていたとしても走って逃げられれば終わりなのだ。

 ライダースーツの女性は、ハンマーナックルで動かなくなった、というよりもすでにその前から動かなくなっていたのだが、ターゲットの男が実際に動かなくなったことを拳を止めて確認しているようだった。そして、確認が済んだのか、おもむろに腕を振り上げ。

 ドガガガガッ!!

 再度、ハンマーナックルを連打で打ち下ろしていた。

 声を出さずにうわぁ、とちょっと楽しそうにサクラの口が動くが、二人はその凄惨な光景から目をそらすことはなかった。二人がやれば同じようなことをしただろうからだ。見せしめというものはそういうものである。それが目的であるのだから、凄惨であればあるほどいい。

 だが、ライダースーツの女性の攻撃は、そういうものとは違っているように初鹿には感じられた。

 というかそもそも、この女性が何のためにここでターゲットの男と戦っていたのかすらわからないのだ。ここまで凄惨な攻撃をしつこく繰り返すということは、恨みの線かとも思ったが、そういう感じでもない。

 暗いものは、そこには感じられない、むしろ明るすぎるぐらいだった。

 ライダースーツの女性が、その凄惨な攻撃を楽しんでいるように初鹿には見えた。目を合わせると、サクラも同じように感じているようだった。

 ひとしきり、と言っても計九発だがつまりそれは過剰を通り越して非常だ、ハンマーナックルを繰り出してそれなりに満足したのか、何に満足したのかは分からないがそうとしか言い様がなかったのだ、それとももしかしたら満足すらしておらずにこれ以上やれば殺してしまうと思ったのか、攻撃を止めてライダースーツの女性は立ち上がった。

 確かに、もう十分だ、というかやりすぎだ。これ以上続ければ冗談抜きでターゲットの男が死んでしまうかもしれない。見たところ頑丈ではありそうだが、それでも今の状態でも病院直行であろう。ここから殺さずに痛めつける、というのもなかなか難しい話だ。

 もうこれ以上やるのは、ただ殺すつもりであるときのみだ。つまり攻撃を止めたライダースーツの女性は、倒れた相手に立ち上がってローキックをするつもりでないのならば、殺すつもりはないようだった。

 いくら初鹿でも、殺すというのはいただけないと思っているのだ。もちろんやるときはやるつもりだが、初鹿だって殺しが好みというわけでは決してない。

 ライダースーツの女性は、立ち上がるともちろんローキックで本当の止めを刺すつもりではなかったのだろう、攻撃をする様子はなく、その代わりに。

 バッとその場から飛び退きながら、二人の方に身体を向けていた。

 

続く

 

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