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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(164)

 

 あ、気付かれてしまいましたか。それにしても、近くに人がいるのに気付いた猫のような動きですね。

 初鹿は気付かれたというのに、そう呑気に考えていた。

 初鹿とサクラは、それなりには隠密行動ができるが、そうは言ってもその手のことに関してのプロではない。格闘家ではあっても忍者でも盗賊でもないのだ。まして黒ずくめの初鹿はともかく、サクラの白い衣装は暗がりでも良く目立つ。よくもまあ今まで見つからなかったものとも言える。ならば上にものを着ればいいだろうなどと無粋なことを言っては駄目だ。

 ライダースーツの女性は一般的な知覚能力しか持っていなかったのか、それだけ戦いに集中していたのか、今まで気付かれていなかったようではあるが、気付かれてしまったものは仕方ない。

 さてさて、どうしたものでしょうか。

 目を合わせた初鹿とサクラはお互いに合図をかわすと、音もなく物陰から姿をさらした。隠密行動ができない、という動きではない。しかし、隠密行動ができたとしても、相手にこちらを完全に察知されてしまっては、このまましらばっくれるわけにもいかない。

 いかれた格好の女が三人、夜に顔を合わせるのには不釣り合いな状況であった。別に昼になら釣り合いが取れるのかと言われるとそういうものではないのだが。まして、いかれているのは格好だけではないのだ。

 物陰から姿を現したものの、初鹿だって何かプランがあったわけではないのだ。見つかったから出てきただけだ。もちろんというか、サクラだってノープランである。

 しかし、向こうも向こうで、何かあるわけではなさそうであった。見つけたから警戒するのは当然なのだろうが、その様子を見ると相手もこちらがいることは想定外だったようだ。

 今回のターゲットの男について、ある程度障害になる相手を調べていたのならば、こちらの登場に驚くのも理解できる。初鹿達もそうなのだ。

 まあ、困った遭遇戦、というところでしょうか。戦うかどうかはこの後にかかっていますけれど。

 一人と二人はにらみ合ったまま、目が外から見えるのはサクラだけだったし、そのサクラも別に睨んでなどいないのだから、実はにらみ合ってなどいないかもしれないが、相手の動きを警戒しているのは事実だった。そして、どう動くか考えあぐねているのも同じだ。

 初鹿の本音から言えば、少し戦ってみたい、と思わないでもない。興味という意味では非常に興味のある相手だ。自分が戦って十分勝負になる相手をみすみす見逃すというのは、ましてその相手に興味がわいているのだから、初鹿にとってもったいなさ過ぎる話だ。

 もちろん勝負になる、としても私に勝てる相手、とは思いませんが。

 しかし、勝敗は別にして、ここで戦いたいか、と言われると、答えはノーだ。初鹿は今日ここには仕事として来ているのだ。まあ、すでに制裁する分は残っているようにも見えないのだが。

 だいたい、こんなところで戦うのはいささか以上にもったいない。観客もいないし、ライダースーツの女性も多少なりともダメージを受けており、万全とは言い難い。

 ことをかまえてもいい相手かどうかも判断できないのも困った要因の一つだ。初鹿はあくまで戦いを容認できる相手しか戦いを挑んだりしない。非常識ではあっても無法を楽しむ趣味は初鹿にはない。結果無法になることはあるので、偉そうに言えた内容ではないが。

 ただ、その点に関しては、感じている部分では問題ない、と判断していた。相対峙していると、ただ警戒しているというよりは、まるで舌なめずりでもしているように感じられるのだ。それは初鹿の愚弟、寺町をどこか思い出させる、いや、危なさから言えば同じとすら言ってもいいかもしれない。

 正直、危険な相手でしょうか。

 強さ云々ではなく、種類の問題として、この女性は危険な部類の人間だ。まあこんな夜に廃工場で不良を殴り倒している人間がまともでも安全でもあるはずもないのだが。

 仕方ない、と初鹿は心の中でため息をつく。チェーンソーのがらではないが、ここは話し合いをするしか道はなさそうだった。サクラがやってもいいが、初鹿の方がボイスチェンジャーで声をかえられるので正体を隠すには好都合なのだ。相手が一体何であるのか分からない以上、情報は与えない方がいい。

 ボイスチェンジャーで声をかえる初鹿のことを相手が信じれないとしても、それはもう初鹿の知ったことではなかった。

「こちらはそれを倒しに来た。そちらの用件は何だ?」

 話し合い、と言っても悠長に長い話をする気はない。あくまで、目的がわかって、戦うのか戦わないのか、それだけがわかればいい。

 こうなっては、どうせ今日の制裁はおあずけだ。ターゲットの男は殺してもいいが、今回の制裁を人の生き死ににまで展開させる予定はない。であれば、さっさと話を終わらせたいところだ。

 相手は、チェーンソーのようにボイスチェンジャーまでは用意していなかったのだろう、わずかにくぐもった若い女性の声で、倒れているターゲットの男を親指で指さしながら完結に聞いて来た。

「仲間?」

 おや、と初鹿は心の中で首をかしげる。発音がおかしかった。意識的にそう作っているのでなければ、もしかすると日本人ではないのかも、と思った。

「いいや、敵だ」

 まあ日本人でなくとも、初鹿は流暢に英語を話せるわけでもない。そもそも日本人でなかったとしても英語圏内の人間かどうかすら分からないのだからどうしようもない。

「戦う?」

 ライダースーツの女性は、今度は自分を指さしながら、これも簡潔に聞いてくる。

 初鹿にもサクラにも、もちろんライダースーツの女性にも隙はない。武器を携帯しているようにも見えないから、素手で武器持ち二人と戦うことに、警戒心をかけらももっていないような態度だった。初鹿だって同じような場面であればわざわざ余裕のない態度を取ったりはしないが。

 初鹿とサクラは一瞬目を合わせたが、何と答えるかはすでに決まっていた。

「いいや」

「オーケー」

 ライダースーツの女性は満足そうにも不満そうにも聞こえる声で言うと、わざとらしいほど肩をすくめ、初鹿とサクラの素性を知ろうとも思わないのか、さっと背を向けて廃工場を出て行こうとしていた。

 恐ろしいほどにあっさりとした幕切れだが、初かも別に文句はない。この後の後始末を考えると、正直案件を増やしたくもなかった。戦ってみたい相手ではあったが、色々と問題も多いので仕方ない。

 何より、縁があれば戦えることもあるだろう。機会がないのならば、その程度の縁だったということだ。

 バイクのエンジン音が鳴り響き、すぐにその音は遠ざかっていく。ナンバープレートを確認しようとも思わなかった。ライダースーツの女性が警察を呼ぶ可能性もあったのだが、初鹿はそういう類の心配はしていない。先ほどの女性が、自分達と同じ穴の狢であることを感覚的に察知していたのだ。おそらくは、相手も同じことを感じたからこそ、簡単に引いてくれたのだろう。

 まあ、こういうことを調べるのは赤目の仕事です。私は現場の作業をするだけですから。

 実際のところ、この二人の直接的な縁はこれ以降なかった。だが、間接的には多少なりとも縁があったからこそ、このような場面があったのだろう。

 その縁はもっと先に、葵に対してつながっていることを、今ここで知ることなど、できようはずもなかった。

 結局、このときは何だったのかまったくわからずじまいに、不完全燃焼のまま二人は事後処理に追われるのだった。

 

続く

 

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