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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(167)

 

 にらみ合う二つの集団は、よく見れば全員が女性。浩之よりもやや上か同じぐらいの者もいるが、三十を超えている者はいなさそうだった。

 その二つの集団の先頭でにらみ合う二人、正しくはにらみ合っていないのだが、そのどちらにも見覚えがあったのだ。片方が態度的に余裕を持って上から見下ろしている彩子で、もう片方が今にもかみつこうとしている羽民だ。

 羽民を見て、どこか華のある人間だと思っていたのだが、正直、彩子に向かって牙を向こうとしている姿が、ことの外似合っていた。少なくとも、浩之の前で良いお姉さんぶる様子よりは、よほど堂に入っている。

 いや、問題となるのはそういう部分ではないだろう。一体何があったのか分からないが、どう考えても彩子にケンカを売るのはまずい。説明するまでもない。武原彩子は、言ってみれば天災レベルの存在だ。その身内を師匠と兄弟子として持つ浩之が言うのだから間違いない。

 そう思ったときには、浩之は動いていた。一体どういうことがあったかとかを少しは静観すればいいものを、軽率としか言い様がないだろう。だが、放っておいて彩子がやる気にでもなってしまえば、後に起こるのは悲劇しかありえない。この際、浩之がおせっかいだと思われる方がよほどましだった。

 だから、浩之は考えるべきなのだ。浩之がのこのこ出ていって、一体どちらが困るかを。いや、考えてみたところで、結局は分からなかっただろう。まさか、浩之の登場で困ることになるとは、少しも思っていなかったのだ。

「彩子さんに、羽民さん、一体何があったんだよ?」

「ん……ああ、じじいのところの、藤田だったっけ?」

「え、ふ、藤田君?」

 彩子の方がいきなり浩之が出てきても大して驚きもしなかったが、羽民の方がそうではなかった。羽民は浩之を見て、明らかに狼狽していた。

 まさか羽民さんの方からケンカを売るとは思えないけど……

 すでに普通に仕事をこなしているらしい羽民が、そんな反社会的な行動を取るとは思えなかった。少なくとも浩之が話した限りは、そこまで非常識な人間ではなさそうだったのだが、浩之が現れたことに狼狽するのは、羽民の方に非があるということなのだろうか?

 ……まあ、彩子さんが自分に非があっても悪びれるとかないような気もするけどな。

 雄三や修治だって、話を聞かなかったことにするぐらいはする、まあそれも酷い話だ、のだが、彩子の場合、わざとやることに関してはまったく悪びれるような気がしないのは、偏見なのだろうか。

「何だ、羽民。あんた藤田と知り合いなのか」

「いや、知り合いというか……何で武原が藤田君知ってんだよ」

 棘のある、今まで聞いたことのないような羽民の口調だが、正直そちらの方が羽民には似合っていた。浩之を相手しているときは、どこか作ったようなものを感じていたのだが、こちらが素なのだろう。まあ、二回ほど会った相手にぶっきらぼうな口調を使うのも社会人としては間違っているかもしれない。

「ああ、会うのはこの合宿が初めてなんだがな。うちのじじいがやってる格闘技の門下生なんだよ。弟の弟弟子にもあたるな」

「へ? え、ええっ?!」

 羽民は今の状況をうまく飲み込めないようだった。まあ、浩之だってまさか彩子と羽民が知り合いだなんて思いもしなかったのだから、驚くのは当然なのかもしれないが、それにしたって驚き過ぎだった。後ろに控えている女性達も困惑気味だった。

「え、武原の家って、格闘技してるのはまだわかるというかイメージそのままだけど、何で藤田君が……」

「そりゃエクストリームに出るような格闘家だからだろ? まあ、うちの弟はあんなお遊びには出ないと思うけどね」

 その言葉を聞いて、羽民の顔が険しくなる。驚いている顔はかわいいと思ったが、似合っている云々で言えば、明らかにこちらの険しい顔の方が似合っている。

「言うに事欠いてお遊びか。そう思うんだったらあんたが出て優勝かっさらえばいいだろ?」

「いやー、そういう意味では無理かもしれないねえ。私はプロレスラーであって格闘家じゃないからねえ」

「このアマッ……!!」

 ぎりっ、と歯をきしませると、羽民は今にも飛びかからんと構える。その会話の中のどこに怒る要素があるのか分からないが、からかうような彩子の口調から見て、彩子がわざと羽民を怒らせているのは間違いなかった。

「おいおい、ここで始めようってのかい? 一般人が見てるよ?」

 そう言われて、羽民ははっとして浩之の方を見る。その姿にはどこか後ろめたいような態度が見て取れた。

 いやまあ、こんな場所でケンカを始める人間をどうかと思う部分はあるが、そもそもどうもケンカを売っているのは彩子の方だし、それを除いても、正直すでにその程度のことにはここ最近の生活で慣れてしまっている浩之だった。

「ああ、でも一般人というのはちょっと違うかもね」

「そりゃ武原にとってみれば身内だろ?」

「いや、身内じゃないよ。じじいの流派と私は関係ないからね」

 彩子ははっきりと言い切った。まあ、武原流を継ぐつもりが微塵もないのだから、そう言い切るのは当然だろう。それに、身内で嬉しいことはなさそうなので、浩之は口を割り込むのをやめた。

「そういう意味じゃなくて、藤田は関係者と言ってもいいんだろうね。羽民には関係ないけど」

「……意味が分からないんだけど?」

「あんたと一緒、って意味さ」

 彩子は、くいっと親指で浩之を指さすと、まあ彩子にとってみればまったく問題になることではなかったので、それを口にした。

「藤田、エクストリームの本戦出るんだよ」

「……え……ええっ!?」

 羽民は、浩之が現れたとき以上に驚きの声をあげる。その声を聞きながら、浩之は彩子の言った言葉の意味を考えていた。

 俺と羽民さんが一緒、ということは……羽民さんも、エクストリームに出る、ということなのか?

 浩之も、一体どういう状況なのか分からずに、しばらく固まることとなった。

 

続く

 

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