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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(168)

 

「羽民さんもエクストリームに出るのか?」

 話を総合すると、そういうことになる。寝耳に水とはこのことだった。いや、浩之の勘違いということも……ここまで来ると考えられないだろう。

「もって……藤田くんが、エクストリーム? もしかして部活動って、格闘技関係だったの?」

「部活動というか同好会というか……一個下の後輩がエクストリーム目指して作った愛好会だけどな。名前としてはエクストリーム愛好会?」

 二人、人が増えても四人を越えることのない部活動というか愛好会の名前を呼ぶことはないので少し考えてしまったが、葵がエクストリームを目指して作ったものなのだから、名前としてはエクストリーム愛好会でいいのだろう。部活動というには、参加人数が足りないのでエクストリーム部でないのは確かだ。それ自体は浩之にはまったく困ったことではないが。葵と二人での練習だって慣れたし、下手に人数が増えるよりもそちらの方がいいのでは、と最近は思うようになった。というか何の不満もない。雨の降った日が困るぐらいのものだ。

 この場合は格闘技、というよりはエクストリームだろう。

「ああ、後輩って一緒にいた由香が友達とか言うかわいい子かい?」

 彩子が話に割って入って来る。確かに、彩子に向かって葵をちゃんと説明した記憶はない。エクストリームのことを詳しく調べていれば知っているかもしれないが、そんなことを彩子がしているとは思えない。

「あの子は葵ちゃん、松原葵。綾香が自分の後輩として紹介してるから、それなりに名前は知れてると思うんだがなあ」

「ははは、来栖川綾香ほどのビックネームならともかく、さすがに予選突破ぐらいじゃ私も気にしなかったからね」

 何せ、予選で綾香が自分の後輩として紹介しているのだ。あのときは単なる挑発以上の意味には取れなかったが、ネームバリューとしてもそれなりのものになるのを今更ながらに浩之は感じた。結局知らなかった彩子を見て感じるのもどうかと思うが。

 が、その名前を聞いたとたんに、羽民は怪訝な顔をする。懸命に何かを思いだしているようだった。

「葵……綾香……松原葵と、来栖川綾香!?」

 そして行き着いた結論に、当然のこととして羽民は驚くこととなった。

 まあ、正直浩之としてはそろそろこういう反応にも慣れてきていた。何せ来栖川綾香は日本格闘界でもトップクラスに知名度の高い選手なのだ。まして、競技者として格闘技をやっている者ならば無視できない。

 そして、エクストリームに出るのならば、無視どころの話ではない。来栖川綾香の名前には積極的に接触して、積極的に研究しなければならない相手だ。

 当然、羽民は綾香を知っていたようだ。そして、予選で綾香が紹介、言ってみれば推薦したような感じになっている葵のことも知っていた。浩之が知らないだけで、それもどこかで記事になっているのかもしれない。

 そこらへんは、いくらか浩之は普通の競技者と感覚がずれている。確かに葵のことは記事になっていたが、例え記事になっていなかろうとも、対戦相手になりそうな者のことは調べておくぐらいは、プロなら普通にすることなのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれるかい? 何で、藤田くんが松原葵と来栖川綾香と……」

「そりゃさっきの葵って子が藤田の後輩なんだろ?」

「……松原葵の先輩ってことは、当然来栖川綾香のことも知ってるってことね」

 何とか羽民が頭の中を整理して理解しようとしているところに、彩子はにやりと笑う。またいらないことを言うつもりだ、と浩之は即座に判断した。そこはどう言っても雄三や修治の血筋だ。

「というか、この藤田は来栖川綾香の彼氏だろ?」

「いや彼氏とかじゃないから。修治のときも思ったけど、彩子さんあんたそういうことを何の証拠もなく言うだろ」

 浩之はまだあっさり返すこともできるが、失恋や色んなものでへこんでいる修治には辛い相手だろう。いや浩之だってそう長くは付き合いたくない相手だが。

「まあ葵ちゃんや綾香と親しいのは事実だけどな。師匠や修治を除けば、二人は俺の格闘技の師匠みたいなもんだしな」

 この二人がいなければ格闘技の世界には入らなかっただろうし、エクストリームに出ることなど当然なかったし、何が起こっても予選を突破するようなことはなかった。そういう意味では師匠というよりは、二人が格闘家藤田浩之の生みの親と言えるかもしれない。

「高校生の師匠、ってのもどうかと思うけど、来栖川綾香ほどになればまあ納得できないこともないねえ。習うには不適切な教師だろ思うけど。というかうちだったら来栖川綾香に何かを教えさそうなんてしないけどね」

 むしろ教育の場にはあれは害だろ、と彩子は何のこともないように言う。今まで教えてもらい、そして開花した浩之としても、それを否定できないのが痛い。

 三人が談笑、というには彩子しか笑っていないし、そもそもそんな仲良くしているわけではないので雑談というべきだろう、した結果、二つの団体は微妙な雰囲気になっていた。

 まあ、それも致し方ない。見たところ両方のまとめ役のような二人の片方が混乱している上、一高校生の浩之が場に入ってきたことで、少なくともいがみ合いを同じテンションで続けることは不可能になっていた。

「えーと、俺の方はまあいいんだ。どうせ三位でやっと予選抜けた程度だからな」

 謙遜でも何でもなく、浩之はそう思っている。自分が負けた寺町にも、その寺町を倒した北条桃矢にも勝てるとは思えなかったし、あのとき三位に滑り込んだのだってまぐれと言ってもいいのだ。

「それで、一応羽民さんがエクストリームに出るのは分かったつもりなんだが、一体どうして彩子さんと羽民さんが知り合いなんだ?」

 綾香ほどのビックネームになっても、彩子は面識自体はなかった。今までの態度を見ている限り、外の格闘技に関わろうという感心が低いように見えるのだ。まあ、そうは言っても何かの取材や番組で知り合いことはあるだろう。しかし、であれば羽民はそれなりの、少なくとも知名度を持った格闘家ということになる。

「ええっと、それはだね……」

 何故か、羽民が言いにくそうに言葉を濁す。だが、羽民がそうであろうとも、彩子にとっては関係のない話のようだった。

「知り合いも何も、知ってて当然だろ? 羽民は別の団体だけどプロレスラーだからね」

 

続く

 

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