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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(172)

 

「プロレスラーとして、姫立はあたしの足下にも及ばないよ。はっきり言ってあんなザコ、あたしが相手するまでもない」

「……えー」

 自信満々というか、決まり切ったようなことを言う羽民の言葉に対する浩之の反応は、驚きというより戸惑いだった。しかし、それも仕方のないことだろう。

 由香では相手にならないと豪語する羽民の実力、決して疑うわけではないのだが、由香だって葵が同レベルと感じるほどの選手なのだ。性格とか色々といけすかないところは多い、というかそればっかりだが、実力は間違いない。

 しかし、由香だけではなく、姫立すら相手にならないというのは……さすがに、眉唾ものだと思ってしまう。

 浩之の見立てがどれほど役に立つかわからないが、葵だって最初に見たときに、姫立のことを綾香と同等と評価していた。それは、葵にとってみれば最大の賛辞である。最強と信じる相手と同レベルと言った言葉が、間違っているとは思えない。

 羽民の実力は、正直浩之にはまったく読めないが、それでも、ここまで豪語する自信はどこから来るのか。

「むっ、その顔は信じてないな?」

 目敏く、羽民はそれに気付く。というか浩之があまり隠さなかったのだから、察しが悪そうにも見えない羽民なら気付いて当然なのだが。浩之は、やや言いづらそうに、しかしここで言葉を繕っても仕方ないと思って、少しだけオブラートに包んで思ったことを口にする。

「うちの葵ちゃんが、姫立のことを綾香と同等って言ってたからさ。その姫立をザコ扱いってのは、さすがにさ。いや、羽民さんが綾香にかなわないとは言わないけど……」

 それを聞いた羽民は、その荒い口調とはまったく違った察しの良さで浩之の言いたいことを当てる。

「その言い方、藤田くんは来栖川綾香と私が戦ったら、来栖川綾香が勝つと思ってるんだね?」

「……ああ、悪いが、綾香が誰かに負けるところなんて想像できない」

 責めるでもからかうでもなく、普通に羽民が言ってきたので、浩之は正直に答えた。これ以上言葉を繕うだけで羽民に対して失礼だと思ったからだ。

 浩之の本心は、言葉通りだった。

 例えどれほどに修治や雄三が強かろうが、浩之の信じる最強は、綾香なのだ。修治が一方的に恐れる彩子ですら、戦えば打破せしめる。綾香に対する浩之の感情は、信頼ではなく、すでに崇拝に近い。

 いや、その崇拝が、浩之のただの一方的な崇拝ではなく、本当にそうであるからこその、綾香なのだ。怪物である綾香を見ている浩之は、それを盲信するだけのものを、見てしまっているのだから。

 つまり、彩子にすら勝とうという綾香と同等を、対等に戦えるというならまだしも、相手にならないとは言い過ぎだと思ったのだ。羽民の実力を疑うわけではなく、綾香の実力が疑えない以上、優先されるのは綾香の方なのだ。

 しかし、羽民は羽民で、まったくのでたらめを言っているつもりはなかったのだ。まして、自信過剰から来る自分に対する盲信でもない。むしろ、浩之以上に確信がある。崇拝とは違う、結果として出ているからだ。

「来栖川綾香はともかく、姫立に関してはソロで試合もしてるし、取り寄せればビデオなりあるよ。島田はタッグでしかやってないから参考にならないかもしれないけどな」

「それは勝敗が決まってるわけじゃなく……」

「あたしに関してはあの程度の相手に手加減なんて必要ないさ。というか、あたしが試合を合わせてあげないと、姫立じゃ試合にならないし」

 そこまで言うのならば、本当なのだろう。にわかに信じられないことだが、羽民は姫立よりも数段強いらしい。信じられない、そんな人間がいるなんて。

 それは、怪物の世界だ。修治や雄三、彩子のような武原一家や、北条鬼一、そしてセバスチャン、何より、綾香のような。

 こう見ている限りでは、少なくとも羽民はこちら側の人間だと思うのだが、それほどに擬態がうまいのだろうか?

 まだ怪物になる途中であるにしても、いつか怪物にたどり着くか、途中で死ぬであろう、あの格闘バカのような、非人間的な何かを、浩之は羽民からは感じられなかった。

 考えのまとまらない浩之に、羽民は、苦々しく言う。

「でも、エクストリームじゃ別だよ」

「ん? エクストリームだと違う?」

「ああ、言っただろ。島田由香も姫立も、プロレスラーとしては負けることなんてない相手だけどね、エクストリームじゃ別だよ。あのルールじゃあ、あの二人の方が有利だろうね」

「ルール、そんなに違うか?」

 プロレスのルールは、正直、寝ている相手に対する打撃が許されるだけで、現在のエクストリームとそう違いがないように浩之は感じるのだが。

「ルールって言うのは違うか。プロレスは、プロレスだからね。総合格闘技と一緒にされちゃ困るんだよ」

 そう言えば、彩子も同じようなことを言っていたような気もする。

「短距離と長距離の違いのようなもんか?」

「もっと違うね。サッカーと野球ぐらい違うよ。まあ短距離と長距離だって大概同じところなんてないけどね」

 球技というのが一緒なだけ、走ることだけが一緒なだけ。それは身体能力に優れた者はその両方をこなせるだろうが、よほど競技人口が少ないか運に左右されるものでない限り、どれだけ身体能力に優れていてもプロに素人が勝てるわけもない。

「つまり、羽民さんはプロレスならば二人とも相手にならないって言ってるんだな」

「そういうこと。正直、あたしは総合格闘技に関しては素人に近いからねえ。あの二人は、プロレスラーとしてはまだまだ、言っちゃうといまいちだけど、エクストリームとかはちゃんと練習とか研究してそうだしな」

 いや、職業とするぐらいなのだから、プロレス自体の研究や練習をしていないなんて考えられない。

 というか、研究や練習を少ししたぐらいでどうこうなるほどエクストリームは甘くないものだと思うのだが、羽民もプロレスラー、プロレスの方が難しい、と考えているのだろうか。

 浩之は、羽民の言葉にひっかかりを覚える。それは反感というよりも、違和感。

 ……素人?

 そう、羽民自身がそう言った。素人がプロの出るような試合に出れるとは思わない。しかし、それを実現した羽民は凄いのだろう、凄いのだろうが。

「何で、羽民さんはエクストリームに出るんだ?」

 素人が、プロが出るような試合に、わざわざ出ようと思うだろうか? まして、別の分野でプロと、それもトップレベルと呼べる域に達している人間が。

 

続く

 

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