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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(175)

 

 一人歩く葵が、その人物を見つけたのは、出会いは偶然であっても、目をつけたのは当然とも言えた。運命や必然、などというものではなく、ただその人物が目立っていたのだ。

 朝とは言え、合宿に来ている運動部も多い場所であり、ランニングをする一団や、朝から砂浜を歩こうなどという興の乗ったことをしようという人間も多い。時間のわりに、砂浜には人影があった。

 が、その中でも、明らかにその人物は異彩を放っていた。というか、場にそぐわなかった、と言ってもいい。

 まず、金髪、そして碧眼。髪を染め、カラーコンタクトをしていたとしても、顔の造形から言っても明らかに日本人ではなかった。大きな、女性としては破格と言ってもいい百八十を超えそうな長身と、整った体躯。細くすらっとしているのではない、しっかりとした骨格に、しっかりとした筋肉のついた、理想的な体型。

 歳のころは、明らかに葵よりは上だと思うのだが、白人の年齢が分かるほど葵は外国人を見慣れていない。

 いくらここが合宿に使われるとは言っても、外国人が来ることはまずない。近くに何か観光地があるわけでもなく、あくまで日本人が海水浴に来るだけの中途半端な場所なのだ。

 こんなところで、ハリウッドスターかトップモデルかというような外国人が、目立たないわけがない。さらにハイレグの水着に、上にはパーカーを羽織っているとは言え、開いている胸の谷間はこれは完璧に貧相な日本人の勝てるものではない。

 どこかのスポーツ選手が調整でもしているのだろうか。外国人のスポーツ選手がわざわざ来るようなところではないが、企業の選手でそちらで場所を用意された、というのならばありそうな話だ。

 葵も、じろじろ見るのは失礼かと思ったが、ついついその女性に目がいってしまう。

 まずどうしても目がいくのは、その胸だ。サクラの胸も大きいとは思ったが、その外国人の女性の方が、明らかに整っていた。全体のバランスから言えば、色気はその外国人の女性の方が上だろう。

 まあ、バランスとか色気とかを置いておいても、素直にうらやましい。

 葵は、自分の悲しくなるぐらいにない胸元を見下ろすと、小さくため息をついた。つきたくもなる。

 体躯が貧相なのは日本人の常とはいえ、葵のそれは一般的に見ても小さい。まだ成長期が終わっていない、葵は人よりも成長期が遅く来ているのだ、とは言え、どれだけいっても平均を超えるようなことはないと思う。

 センパイも、大きい胸の方が好きなんでしょうか?

 胸が小さいことは、葵にとってそこまでのコンプレックスではないが、浩之の好みが胸の大きいことかどうかは気になるところだ。少なくとも、綾香の胸に目がいくことは多いと思う。いやきっと多い。

 でも、綾香さんの胸も大きいけど、それでもやっぱり人種の差というのはあるのかなあ。

 葵の学校にも、浩之の学年には、ハーフの少女がおり、確かにその少女の胸は大きい。多分学校でも一番大きいのではないだろうか? 綾香は完璧と言っていい体型だが、単純に胸の大きさでは負けているだろう。

 まあ、唯一の救いは、浩之が胸について力説しているところは見たことがないことだ。葵の前ではおもんばかって胸の話をしない程度にはこだわりはないのだろう。もっとも、そんな話題を出して浩之が生きて帰れるかどうかわからないので、命をかけるとなればどれほどの胸フェチでも躊躇するだろうが。その前に少女の前でそんな話ができる男など普通いない。

 まあ、胸は置いておこう。どれだけ望んだところで胸は大きくならないのだ。いや、浩之にもんでもらえばあるいは、と何の根拠もない、こじつけた理論というのはそれなりにある、俗説を考えながら、もう一つ葵は気になることを考えていた。

 うらやましい、という意味では、むしろそちらの方が葵にはうらやましい。

 百八十センチを超えそうな長身と、がっちりとした骨格、そしてその上についた見事なまでの引き締まった筋肉。

 巨躯、その言葉が一番しっくりいくだろう。

 こればかりは、どれほど鍛えてもできるものではない。大きな身体という、格闘家であればまず最初に必要であろうものが、葵には欠如している。体重制であっても骨格が一回り違えば力が違うのに、無差別なエクストリームに出ようとする葵にとって、大きな身体というものは喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

 ほぼ全てのスポーツで、大きな身体というものは才能だ。その大きな身体を自在に扱う能力は必要だが、そちらは鍛えることも可能なのだ。自在に扱うことが至難であろうとも、身長を伸ばすことは不可能と言っていいのだから、雲泥の差だ。0と0.1は同じではない。0はどこまでかけても増えないのだ。足すことができない以上、最初の数字は重要だ。

 葵は、おそらくナックルプリンセスに出る選手の中で、一番小さいだろう。それはもう戦う前からハンデを背負っているようなものなのだ。もっとも、その身体で予選を一位で通過していることがおかしいのだが。

 だが、こちらに関して、葵はため息をつかなかった。

 どうしようもないこと、ということなのを知っているのもある。それより何より、例え身体の大きさで負けていようとも、それを理由にしたくない、という葵なりのプライドがあるのだ。

 不利はあるだろう、実力が及ばないこともあるだろう。

 だが、言い訳だけはしたくなかった。どこか弱気に見えることもある葵であるが、芯はしっかりしているのだ。いや、ここまではっきりと強くプライドを持てたのは、芯もいつも揺れていたのを、浩之に支えてもらってからだろうか。

 とは言え、うらやましいとは思う。正直さも葵の美徳だ。

 よほど葵が熱心に見ていたのだろうか、見られているのに気付いて、その外国人の女性が葵の方を見た。その、青いのに燃えているような目と、葵の目が合う。

 あっ、と葵は目をそらそうとして、しかし、そのまま目をそらすことなく、後ろに下がっていた。

 何で下がったのか、後から説明しろと言われても、葵としては説明のしようがなかった。それは、葵がそうであるように動いただけだったのだ。

 そこに、殺気はなかったと葵は思っている。葵が下がったことに、まるで誘われるように、その外国人の脚が、跳ね上がっていた。

 シュバッ!

 葵ですらうなるような、いや、腰の打点が高い分、葵のそれよりも見事なハイキックが、先ほどまで葵の頭のあった場所を突き抜けていった。

 

続く

 

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