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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(178)

 

「記事で見まシタが、本当に小さい子デスネ!」

「え、あ、はい」

 小柄なこと、女子高生一般から見た場合ではなく格闘家として見た場合だ、は葵にとっては多少はコンプレックスでもあるし、それ以上に、格闘家として不利なことだった。そもそも一般的な女子高生から見ても葵は大きくないのだ。それを直接指摘されることは気持ちのよいことではないが、カレンからまったく邪気が感じられないのも事実だった。悪気がなければいいというわけではないが、その大柄な身体からは考えられないぐらい人なつっこい笑みに、葵は怒ることはもちろんのこと、不快になるよりもどう反応していいかわからずに、間抜けた返事をするのだった。

 しかし、そんな葵よりも人が悪い綾香は、それを聞いてにんまりと笑う。本当に人の悪い笑みを浮かべるものだ。

「小さいからって、葵をあんまりなめない方がいいわよ?」

 むしろ綾香に小さいと言われた方が反感を覚えるのはどうしてなのだろうか? まあ、綾香が決して葵の胸に向かって言っているわけではないとわかっていても、いやでも綾香さんだから、と思ってしまうせいだろうか。これが言いがかりばかりでないのは、日頃の綾香の行いが悪すぎるせいだろう。

 葵に対するあてつけは置いておいて、綾香のその挑発的な物言いに、カレンはむしろ嬉しそうに葵の方を見ながら答える。もちろん、注目しているのは葵のささやかな胸ではない。

「モチロンデス。アヤカも含めて、ニッポン人は小さいデスが、身体大きいダケでは強さは決まりマセン!」

 格闘家でなくとも、スポーツ選手であれば誰もがうらやむような大きな身体、とささやかな胸の女性であればほとんどがうらやむような大きな胸、を持つカレンにそれを言われると、葵としては微妙な気持ちにもなる。持った者が持たない者を擁護しても、普通であれば皮肉か、本心からでも大きなお世話だと思うだろう。

 だが、大きな身体を持つカレンが言うからこそ、それは切実なのでは、と葵は思い直す。身体が小さいことを負けたときの言い訳にしたわけではないが、そういう面もあると思うのだ。反対に、身体が恵まれていれば、勝って当然、とまわりから言われることだってあるだろう。見た目から、大きい方が有利なのだ。

 それは、有利不利で言えば、格闘技では基本的に身体が大きい方が、リーチやコンパスが長い方が有利。同じだけのスペックを持つ二人が戦えば、身体の大きさというのは直接結果に関わってくるだろうことは、誰にも否定できない。

 リーチがあればそれだけで一方的に攻撃できるかもしれないし、今その瞬間は同じでも、骨格が大きければ大きいほど、鍛えたときにつく筋肉の限界は増えるのだ。

 だが、実際に戦ってみればわかることだが、ただ身体が大きければ強いかと言われると、そんな単純なものではないのだ。確かに身体の大きさは非常に大きな要素の一つではあるが、身体が大きな者が勝つのならば、綾香はエクストリームで優勝などできなかっただろうし、葵だって予選を一位どころか通過すらできないことになる。

 勝敗を左右はする、だが勝敗を決するわけではない。

 まして、カレンほども恵まれた身体をもっていれば、相手がどれほどの強敵であろうとも、まわりからは勝って当然と言われている可能性は高い。それが葵にはどれだけのプレッシャーなのか想像できない。それでも、綾香一人に期待されただけでガチガチになっていたころの葵であれば、立ち上がれないほどのプレッシャーなのは想像に難くなかった。

 そういう前提で考えれば、カレンの言うことも意味が違ってくる。カレンについてのそれは葵の想像ではあるが、カレンが決して皮肉を言っているのではないのはわかる。カレンからはまったく悪気が感じられないのだ。

 もっとも、悪気がなければいいか、と言われるとそれは微妙どころか、否定的な意見が出てきそうだが。何せ悪気はなくとも人を怒らせる天才である寺町とかいる時点で、悪気がない、というのはまったく良い言葉に聞こえない。

「それに、アオイの実力はホンモノデス。私が先ほど確認しまシタ。私のハイキックが簡単に避けられまシタ!」

「ちょっとちょっと、名前も知らない相手を蹴りつけたの? まったく、相変わらずにもほどがあるわね」

「え、相変わらずというのは……」

 何は綾香が不穏なことを言ったように葵には聞こえたのだが、二人は葵のしごくもっともな突っ込みにすらおかまいなしに話を続ける。今更だがいい根性だった。

「NO、誤解デス。私もキックするつもりはなかったデス。アオイと目があったとき、何故かキックしてまシタ!」

 カレンの表情には悪いことをしたという様子が、本当にまったくなかった。初対面の人に話しかけた程度の会話をしているノリで、あんな危険なハイキックの話をしている。

「しかもその様子じゃ不意打ちみたいだし、卑怯じゃないの?」

「ニッポン語難しくてよくわかりまセーン」

 ……二人とも楽しそうだなあ。

 お前が言うなとか絶対意味わかっているだろうとか色々つっこみたい内容ではあるが、葵はもう少しよい子なので、二人が会話を楽しんでいるなあ、とぐらいしか思わなかった。

 実際、二人はとても楽しそうであった。息があっている、というか同じ種類の生物というか。まあ、綾香は人の好みにはうるさいが、人見知りするような性格ではないし、カレンもカレンでアメリカナイズ、というか完全にアメリカ人なわけだが、にフレンドリーなので、実はそこまで顔見知りでないと言われても葵も驚かない。

「それで、葵を攻撃したのはいいとして」

 いやよくはないです、と葵は心の中で綾香の言葉につっこみを入れる。これはいい子とかそういう問題ではなく、綾香の言う」ことが酷い。

「結局、何でカレンがこんなところにいるのよ。アメリカにいたんじゃなかったの? まだ決勝までも期間あるわよ」

 チッチッチ、とカレンは指を振る。さすがアメリカ人、そういうジェスチャー付きの動きはさまになっている。

「私はプロフェッショナルデス。大事な試合となれば前から準備をしておくのは当然デス。それに、ニッポンは私にとって第二の故郷デスから、いても当然デス!」

「いや、あんまり説明になってないというか、それでもこんな場所にいる理由はないと思うけど?」

「それは決まってマス!」

 何がそんなに楽しいのか、いや実際楽しいのだろう、カレンは綾香の手を掴む。

「アヤカに会いに来たに決まってマス!」

 普通に聞くだけならば、それは親しい友達に会いに来ただけ、とも取れるだろうか。しかし、正直、それだけ、と言うには、カレンも綾香も色々と問題があり過ぎる。

「えー、私は海に遊びに来てるんだから、カレンの相手なんかしてられないわよ」

 当然、綾香は平然と遠くから会いに来てくれただろう相手をすげなく、しかし楽しそうに切って捨てる。

「あはははは……」

 そんな二人に、葵としては、曖昧に笑うぐらいしかできなかった。

 

続く

 

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