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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(182)

 

 自分の言葉をあっさりと間違いと言われて、葵は首をかしげる。確か、ジークンドーであっているはずだったのだが。坂下が空手部員が調べて来た主立った選手の説明を聞いたのだから、間違いはないと思うのだが。

 首をひねる葵に、綾香が補則をしてくれる。

「カレンのは、私の空手と一緒だからね。そもそもジークンドーはプロ格闘家向きの格闘技でもないし、今じゃほとんど練習なんてしてないんじゃないの?」

「ハイ、ジークンドーはエクストリームには合いまセン」

 ジークンドー、截拳道と書く格闘技は、まだ若い格闘技だ。ブルースリーが詠春拳などの中国拳法の技術と色々な格闘技をミックスさせて作り上げた格闘技だ。

 アメリカで生まれた格闘技には珍しく、格闘技の技だけでなく思想に関しても独特なものがあるが、これはブルースリー個人から生まれたものであるためとも言える。

 実際のところ、葵は今まで総合格闘技の世界でジークンドーの選手を見たことがない。名前は知っているが、ジークンドーの詳しいどころか、ほとんど知らない。

 葵は詳しくはないが、綾香はアメリカにいたころにそれなりに接することもあったので、多少はジークンドーの特色は知っていた。さすがに、それを説明できるほどの余裕もやる気もなさそうであるが。

 簡単に言ってしまえば、現代での実戦を想定した格闘技だ。つまりは、悪漢に襲われたときに対する技などを考えてあるのだ。なので護身術という側面もある。もう少し内容に触れるとすれば、基本的に急所狙いの技が多いということだ。スピードと手数で目や急所など、生身の人間相手であれば非力であっても一発で効果をあげることのできる箇所を狙う技が多い。

 しかし、だからこそプロスポーツとしては大成しないのだ。これはもう致し方ない。ジークンドーが格闘技で優れているとか優れていないとかの問題ではなく、目つぶしや金的を試合で許すわけにはいかないからだ。そもそも、創始者であるブルースリーが実戦を目的として作った格闘技なのだから、スポーツですらないのだ。時代に合わせてスポーツとしての側面を大きくした格闘技とは目的が違う。

 まあ、そうは言ってもジークンドーの道場であっても、派手な技やエスササイズのようなものを前面に出して人を集めることもやっているところもあるし、それはもちろん致し方ないことだ。格闘家だって食べていかないといけない以上、門下生を集めねばならないのだ。

 カレンがどういうつもりでジークンドーを始めたのかは知らないが、おそらくはプロ格闘家を目指してジークンドーを始めたわけではあるまい。護身術とかそういう目的で始めたのだろう。

 総合格闘技の世界でも十二分に結果を出していると言ってもいいだろう空手や柔道と比べると、日本では無名に近いというよりはまったく知られてないジークンドーを同列に並べるのもどうかと思うが、綾香自身、すでに空手の範疇からとっくの昔にはみ出している。空手でも全国優勝しているので空手家と見られることは多いが、空手家というのは坂下のようなことを言うのだ。もちろん、一言で空手や柔道と言っても流派が多いので、ひとまとめにするのもどうかと思うが、素人から見れば同じようなものどころか同じものだ。

 綾香は空手の打撃だけでなく、どんな打撃でも使うし、そもそも空手に組み技はない。綾香の場合、ただ強い人間が空手を使っているだけ、とも言える。

 おそらくは、カレンもそれと同じなのだろう。どこまでジークンドーをやっていたのかはわからないが、すでにジークンドーの範疇を超えているはずだ。何人ものプロの総合格闘家を輩出するような格闘技でもなければ、いや例えそうであっても、総合で一つの格闘技のみに固執するのは不利なのだ。それに、そこまで否定できるということは、有利不利とかそういう類の話ではなく、カレンにとってはすでにジークンドーは通過したものなのだろう。

「出身の格闘技を書けと言われて書きまシタが、今の私はジークンドーの選手ではありまセン!」

 もちろん、綾香の空手も、カレンもジークンドーも、二人を格闘技の世界に呼び込んだという事実は、どこに誇ってもいいことではある。

 しかし、カレンはすでにそれを忘れたかのように、はっきりと宣言する。

「今の私は、フリースタイルデス!」

 フリースタイル、とはまた判断に苦しむ格闘技、いや格闘技と分類するのも難しいものだ。

 ここで言うフリースタイルというのは、レスリングのフリースタイルではなく、スタイルが自由、ということなのだろう。ベースの格闘技を持たない選手は、総合格闘技の中には案外多い。

 綾香やカレンだけではなく、どんな格闘家だって最初に始めた格闘技はある。しかし、それをそのまま使い続ける必要性はないのだ。ジークンドーのように総合格闘技に向いていないこともあるし、もっと自分に合った格闘技がある場合もあるし、そもそも前も言ったように一つの格闘技に拘るのは総合格闘の世界では不利なことなのだ。

 それでも得意な各闘技というものもありそうなものだが、それすら捨てるというのだ。しかし、それはある意味正しいのかもしれない。名前はどうあれ、エクストリームであればエクストリームのルールに、別のルールであれば別のルールに則って練習をすべきなのだ。別の格闘技のルールは、その際にたまたま一緒のことはあっても、利益になることはない。

 格闘技をやっていればすぐにわかることだが、強い格闘技などないのだ。あくまで、強いのは個人。そして、強さとはその状況状況によって変化するのだ。どんなに強い柔道家でも、空手の大会で優勝などできないだろうし、その反対も同じこと。たまにそのあたりをひっくり返すような怪物はいるが、それはあくまで柔道が、または空手が強いのではなく、その個人が怪物であるからだ。

 プロであるのならば、金を稼ぐ、つまり自分が仕事とするルールに合わせて練習をすべきで、そのときこだわりのある格闘技は邪魔となる。

 だからこそ、フリー。格闘技に拘らない、ルールに則って戦うだけの、格闘家。

 総合格闘技では、よくあることだ。格闘技の名前を出す者はもちろん多いが、ほとんどの選手はそうやって一つの格闘技以外の練習もちゃんとしている。葵のように空手に沿って戦う選手であっても、別の練習をするものだ。葵で言えば柔道や形意拳がそれにあたる。

 つまり、総合格闘技をしている選手は、ほとんど皆複数の格闘を練習しているのだ。そして、その総合格闘技の最もたる選手が、綾香だ。まさに綾香こそ、フリースタイル。どんな戦いであろうとも、どんなルールであろうとも、ただ強いから強い。

 名前を聞いただけなのだから、そう判断するのは時期尚早かもしれないが、カレンは綾香に類する強さを持っている、というのだろうか?

 ただ、まあ、強い弱いは置いておいても。

「サア、行きまスヨ、アヤカ!!」

 綾香と同じぐらい、はた迷惑であるのは間違いなさそうだった。

 

続く

 

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