作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(184)

 

「デモ、アヤカはさすがデスが、もっとハッスルしてもいいと思いマス!」

 カレンは、綾香の消極的な動きに不満そうな顔をする。だけに止まらず、手を広げて肩をすくめるジェスチャーをする。試合であればそれこそ審判に注意されかねない。武術家に品性を求めるのは日本の文化であり、アメリカではそういうものがないからだろうか、と葵はテレビの受け売りの知識で考えてみたりする。まあ、その点で言うと日本の方が特殊なのだから、あながち間違いではないのかもしれないが、現代では日本人の格闘家も全部が全部品性を大事にしているかと言うとそうでもない。

「あのねえ、カレンはいいかもしれないけど、私はここで戦う気なんてないのよ」

 やはり、戦いを回避する姿は、綾香らしくない。葵がそう思うのは、綾香の日頃の行いのせいであるが、事実、綾香が戦いを避けたことはほとんどない。あまりに面倒であれば適当に済ませることはあっても、戦わないというのは今までの選択肢にないものだった。

「またまたぁ」

 とカレンはまるで日本人のように手をぱたぱたと振る。日本語は流暢ではあれど多少なりとも訛りがあるのだが、先ほどの口調は日本人と言っても信じられるレベルだった。

 まさかキャラを作っているとは思えないが、またまたなどという言葉を覚えている時点でどこかおかしい。そもそも使う機会があるのかどうかすら怪しい。まあ、カレンがおかしいのは今更な気もするが。

「アヤカは戦うの大好きデス! 今だって、本当は本気出したいに決まってマス!」

「言い切らないで欲しいもんなんだけど」

 しかし、正直言って葵もカレンの意見に賛成だ。どこかの格闘バカとはまた違った種類で、綾香は戦いを避けない、どころか自分から呼んで来る。こんな綾香は、消極的を通り越して、異常だ。

「……何か、葵も変なこと考えてない?」

「い、いいえ、まったく!」

 図星を指されて、葵は慌てた声を出す。変なことを考えていたどころか、心の底まで読まれていたのでは、と葵が感じるほどのタイミングの良さだ。

「まったく……別に普通なら、私だってちょっと手合わせするぐらい許すわよ。相手がカレンじゃなければね」

「オー、サベツデス!!」

 まさに日本人が考えるアメリカ人、という感じにリアクションを取るカレン。下手をすればおちょくっているように見えるが、まあ少なくともからかってはいるような気がする。これで気の短い綾香が怒らないのだから、綾香はよほどカレンのことが苦手と見える。

 それにしても、カレンでなければ、という言葉が気になるところだ。

 戦う価値もないほどの弱い相手ならまだわからないでもないが、実力者相手に技を出し惜しむ綾香でないkとぐらいは言い切れる。

 大会で戦う可能性がある、どころか、優勝候補の筆頭と言っていい相手なのだから、技を見せないに越したことはない。どんな技であろうとも、研究されて対策が練られてしまえばその効果は激減する。東洋格闘技が本外不出であったのは、知られれば負けるという切実な理由もあったのだ。

 知られなければ最強、というのは武術界ではジレンマである。結局、強い弱いは人の力である以上、門下生は多ければ多いほど強い人間の出る可能性は高い。しかし、門下生を増やせば増やすほど、いや増えずとも増やすために努力すればそれだけで自分の流派の技を知らしめなければいけないのだ。知られていなければ勝てる戦いが、ただ知られるだけで勝てなくなるのだ。

 それは流派などに拘らず、人であっても同じだ。綾香のラビットパンチなど、知らないで避けるのはほとんど不可能だ。知っていても、避けるというよりは出させないようにするしか対策がたてれないものではあるが、知られなければ、かなりの猛者であろうとも綾香なら一瞬で決めることができるであろう。その逆もまたしかり、なのであるが、知らないだけで綾香が遅れを取るとも思えないのも事実だ。

 だからなのか、綾香は技を出し惜しみしない。正確には出し惜しみはするが、それは勝敗のためではなく、段階を置いて強くしている綾香の悪い癖によるものだ。最初から全力を出せば、それこそ本当に最強であるだろうに。その点は、数ある綾香の性質の中では珍しい欠点とも言える。

 少なくとも、対策を練られることを警戒して技を出し惜しみするようなタイプではない。カレンのことを警戒はしているのだろうが、それは勝敗のための秘密主義と考えることは、葵にはできない。綾香はそれは色々と困った人間ではあるが、趣旨が一環している人間なのは間違いないのだ。カレンだけにそんな警戒をするのは、綾香の人物像とはかけ離れているように感じるのだ。

 つまり、問題があるのは、綾香さんの方ではなく、カレンさんの方?

 ……とは言っても、今の状況に問題がないことを探す方が難しいので、何が問題で何が正常であるのかなど葵にはわからないし、多分誰にもわからない。全部問題があるとした方がいっそいいのかもしれないぐらいなのだから、困ったものである。

 そして、どちらが異常であるかは置いておいて、先に反応を返したのは、綾香だった。嫌々という感じでため息をつきながら、ふらふらと構えた腕を揺らす。

 ちらり、と葵の方に、綾香は目配せをした。それが一体何を意味しているのか葵にはすぐにはわからなかった。ただ、綾香が動いたのは事実だった。

「ったく、あんまり本気では相手しないからね?」

「問題ありまセン! アヤカならじきに本気だしマス!」

 出さないっていってるでしょ、と言いながら、綾香の構えに変化が起きたのを、葵は敏感に感じ取った。綾香は重心を相手に察知されないどころか、相手を騙すようにすらできるのだが、今回は、そんなことまではしていないだろう。はっきりと葵にも感じ取れたのだ。

 先ほどまでは重心が後ろにあり、防御と回避を優先させたものであったのが、もっと自然な構えに変わる。前傾姿勢などという構えにはならない。ただ自然体になれば、おのずと正しい動きができるものだ。

 綾香が、攻撃を、少なくともこちらから手を出す意味での攻防をする気になったということだ。

 それがいいことなのか悪いことなのか、葵にはわからない。というかこんなところで綾香とカレンが本気で戦われては、間違いなくまずいことなのだが。

 しかし、やる気になった綾香を止めることなど、誰にもできない。もしかしたら、浩之にならばできるかもしれないが、それこそ浩之の命をかける必要が出てくるので、葵もお願いするのは気が引けた。

 そして、こんな場所で、エクストリーム優勝者二人の戦いが、本格的に開始されたのだった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む