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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(187)

 

 そんなに簡単にあきらめていいのか、と言われても、実のところ、体格で遙かに勝る相手に格闘戦で勝とうというのがそもそもの無茶なのだ。体格が上の者が有利な点は、体格から生まれるリーチの長さ、腕力の向上、打たれ強さ、おおよそ格闘技で強くなるために必要なものがほとんど持っているのだ。スピードでさえ、綾香の速さに距離の近さで対抗した坂下ではないが、リーチの長さでカバーできてしまうのだ。

 何でもあり、ならまだどうにかならないでもない。体格で生まれるほぼ全てを、武器で半減、銃器でもあれば同じ条件に持って行けるからだ。体格が大きいと弾が当たる場所が増えて不利なぐらいだ。

 しかし、いかな綾香でも、手刀で人の腕を切り落としたり、素手で遠く離れた相手を倒すこともできない。できない、できないはずだ、できないと思いたい。

 柔よく剛を制す、は実際不可能な話だ。正確には、剛だけの者にならばどうにかなるかもしれないが、剛だけの者など、まずいないということだ。力の強い者が、技を磨かない理由はない。まして、プロとも言われる人間ならば、そのままでも剛の者がほとんどだ。カレンが柔を鍛えていない、どころか柔が足りない、とは到底思えない。

 打撃格闘だけで言えば、リーチが極端に長い者ならば相手を圧倒できる。近づいて来る、つまり相手の打撃が当たる距離に入ったと同時に、相手を前蹴りなり何なりで遠くに追いやる、それだけで完封だ。

 体格があろうとも、急所に入らない前蹴りは必殺にはならないが、何もダメージを当てる必要はない。いくら速度が速くとも、つっかい棒がある以上、人間は入って来れない。

 前に出てくる脚を蹴ったところで、ろくなダメージにはならない。浩之の打撃が相手の打撃をはねとばせるように、打撃の先端は軽い。ローキックのダメージを減らす方法は、脚をあげて衝撃を逃がすことなのだから、前蹴りで出てきた脚を攻撃するという選択肢はない。

 そうやって相手の前進を止めて、後はゆっくりと相手の心を折るように、自分の打撃の当たる距離でちまちまと手を出せばいいのだ。こちらから攻撃している以上、消極的として警告を受けるようなこともない。KOできなくてもいいのだ、勝てばそれが全てになる。そして、エクストリームに出るほどの選手の、体格から生まれる打撃は、例え距離が離れていたところで、届く距離であれば十分必殺となる。すでに意志を折られた相手は、さらに一方的な必殺の打撃に狙われるのだ。

 これを回避するためには、組み技に持っていけばいいのだが、しかし、カレンが打撃のみの選手であるとはとても思えないし、体格の大きさは組み技でも有効なのだ。

 結局、体格で大きく勝る相手に勝つためには、何をしたところで無理。唯一、坂下ならば、相手の足なり拳なりをその素拳で破壊できるので手はあるが、いくら坂下でも、鞘とも言えるウレタンナックルをはめなければならないエクストリームでは、拳の破壊も不可能だ。

 まあ、ここまでは常識の範囲内のこと。しかし、それを言うと綾香も、さらに言えば他の選手も、自分に体格で遙かに勝る相手に勝って来ている。カレンはそれはエクストリームで優勝しているが、実際のところ、体格で一番恵まれた選手が優勝した数は、少ないどころの話ではなく、カレン一人だけなのだ。

 では、どうやって綾香は、そして他の選手は、体格の勝る相手に勝って来たのか。

 広いリーチの外から、カレンがストレートを繰り出す。決める、というよりは、距離を掴むためのような一撃だが、スピードだけではなく威力もジャブというには強い、まさにストレートというその一撃を、綾香はスウェイで避けると、その腕の引き手に合わせて、前に出ながら左拳のカウンターを放つ。

 クロスカウンターを打つには、背の高いカレンの腕の外を回さなければならない。しかし、最初から内に腕を入れれば、それだけで距離は縮まる。普通は内に入り込む打撃は打ちにくいが、、相手の打撃の引き際に合わせることにより、それを可能にする。

 バシィッ!

 カレンは、引き腕の内に入って来る綾香の拳を、手で受ける。前に出る威力のこもった打撃も、手の平でダメージを拡散されてはほとんど効果を発揮できない。

 しかし、綾香の攻撃はこれだけでは済まない。相手の打撃に合わせて前に出るということは、その間は攻撃を受けないということであり、一度懐に入ってしまえば、相手も不用意に距離を開けることができなくなる。もし不用意に後ろに下がろうものなら……

 まるでそれをわざと実践するかのように、カレンが後ろに下がろうとする、が、いくらカレンの方がコンパスがあるとは言っても、後ろに下がるのと前に出るのであれば、前に出る綾香の方が圧倒的に速い。まして、後ろに下がれば、攻撃が非常にやりにくくなる。

 もちろん、それを見逃す綾香ではない。後ろに下がるカレンに対して、綾香は追い続けて素早いコンビネーションを繰り出す。それでもカレンも並の選手ではない、綺麗に、とは言い難いものの、致命傷を避けるうまいガードと避けでダメージを殺していく。後ろに下がっているだけ、自分の威力も下がるが、相手の打撃の威力も下がるため、ガードの効果が高いのだろう。

 それでも、このまま後ろに下がっていれば綾香が押し切ることもあったのだろうが、カレンはすぐに移動方向を後ろから横に切り替える。距離を取って戦うアウトボクサーは決して後ろには下がらない。意味がないからだ。リングは寝るには大きいが走り回るには小さい、後ろに下がっていてはすぐに追いつめられる。だからこそ横に動き、円を描くのだ。カレンの動きはそれに忠実であった。忠実である以上、読みやすいとも言えるが、読んだところで簡単に捕まえられるというわけではない。合理は、理に合っているからこその合理だ。

 距離が開いてしまった、と判断した綾香は、せっかくつめた距離なのに、まったく躊躇することなくカレンの射程外に逃げる。ただ距離を取るのではなく、カレンが横に動いた瞬間を狙って、反撃する間を与えない見事な撤退だ。

 お互い、勝敗を左右するダメージは入らなかったものの、どちらが押していたか、と言われれば、それは綾香の方であろう。カレンも綾香も本当の意味でのトップギアではないだろうが、体格の差があるにも関わらず、綾香はそれをものともしていない。いや、実際不利なのだろうが、その不利だけでは綾香を止めることはできない。

 方法など、ない。

 そもそも、勝つ方法など、例え相手がどれほど自分よりも劣っていても、あるはずもない。

 なるほど、葵は確かに体格で劣っている。それはどんな方法でも覆せないものだ。だが、方法などに頼ること自体が、駄目なのだ。

 だったら、葵は体格にまさる相手に勝てないのか?

 そんなことはない。葵はエクストリームの予選を勝ち残ったが、誰一人葵が体格で勝る相手などいなかった。しかし、勝ったのは葵だった。

 結局、どんな技術よりも、例えどれほど不利であろうとも、勝つ。科学的な観点から言えば馬鹿にされるかもしれない、その気持ちこそが、大切なのだ。

 

続く

 

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