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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(191)

 

「残念デス。アヤカもヒロユキもアオイも、非常にもったいない相手デス!」

 あきらめて……くれたのだろうか?

 先ほど見せた、社会生活を送るにはちょっとまずいだろうと思うような凶悪な笑みは完璧に消えて、人なつっこい笑みを浮かべている。恐ろしいほどの変わり身の早さだが、浩之としては、本質がどちらであろうと、前者の笑みよりは後者の笑みを喜ばしいと思う。自分が標的となるならばなおさらだ。

 とにもかくにも、カレンが浩之を標的にすることも、それを守ろうと、いや浩之の所有権は自分にあると言いたかっただけなのかもしれない綾香との戦いも、避けれたようだった。

 「オオット! もうこんな時間デスカ!」とカレンは腕時計を見て、非常にわざとらしい口調で言う。浩之の知っているレミィもアクションが大きいので、これはアメリカ人としては一般的なのだろうか。いや、実のところ、浩之はカレンがアメリカ人であるかどうかも知らないのだが。

「実はスーザンを待たせてるのデス! セッカクデスが今日はここまでデス!」

 後から聞いたが、スーザンとはカレンのマネージャーらしい。綾香曰く、カレンに振り回され、胃を痛める常識人らしい。アメリカ人は皆陽気でノリがいいのかと思っていたが、個人差はあるようだった。

「つーか、カレン。こんな朝っぱらから何してたのよ?」

「サンポデスが、何か問題ありマスカ?」

 いや、別に散歩自体はいいのだ、散歩は。問題なのは、いくら夏だからと言って肌寒い朝っぱらから水着で砂浜を歩くというのはないだろうし、散歩していて葵に蹴りかかるその真意がまったくわからない。真意、などという言葉すら必要ないかもしれない。浩之に言葉通り手を出そうとしたのは、綾香としては許し難い。

「アヤカに会いに来たのはホントウですが、せっかくなので観光もしたいデス!」

「観光って、これと言って見るものもないような気がするんだけど」

「ニッポンの風景、お気に入りデス!」

 カレンはそれを本心から言っているようだった。まあ、浩之達は海はともかく、日本の風景など普通に見ているかもしれないが、一応カレンにとっては異国の風景だ。とくにこういう海水浴場というのは、真新しい施設もあるが、合宿所など、良く言えばレトロ、悪く言えば田舎の風景も多い。浩之がヨーロッパの街を歩くのと同じぐらいは、カレンにはこの風景が珍しのだろう。

 それもわからないでもない。ナックルプリンセスに出るということは、カレンはまだ二十二歳を超えていないということだ。それでも、自身をプロフェッショナルというだけのことはやってきている。綾香に会うためだけにこんな田舎まで来るところを見ると、行動力は非常にありそうだが、遊ぶ暇が多いとは思わない。かなりの日本びいきであることを加味して考えれば、この散歩も十分楽しいことなのだろう。

「カレンさん、今度どっか観光でも行かないか?」

「わおっ、いきなり大胆なお誘いデスネ!」

 いやそういう意味じゃなく、と浩之は綾香と葵の視線が怖かったのですぐに否定して、説明する。

「カレンさん、日本好きっぽいしさ。観光地よりも、むしろ普通の街とか歩く方が楽しいのかなあってな。別に俺だって日本に誇りとかあるわけじゃないけど、外国の人が日本を好きと言ってくれるのは、やっぱり嬉しいしな」

 んー、とカレンは珍しく、少し考える様子を見せる。今までの様子を見る限りは、別に浩之と遊びに行くのが嫌だというわけではなさそうだ。というか、そもそも浩之が行くのならば、綾香がついて来るだろう。

「そうデスネ、非常に楽しそうデス! でも、エクストリームまではそこまで時間を取れそうにないデス。エクストリームが終わったら、私の優勝のお祝いにお願いしマス!」

 実にはっきりとした勝利宣言だった。綾香はむっとするかもしれないが、浩之はこれに苦笑してしまった。浩之の中では、綾香は強い。綾香が負けるところを、浩之は想像できない。しかし、それはそれとして、カレンが大学の部の優勝者であることは事実で、であれば今年のエクストリームのナックルプリンセス優勝の最有力者の一人ではあるだろう。ビックマウス、というよりも心からそう思っているのは、自信過剰と断じるには、カレンは結果を出している。

「ってことは、一生浩之と遊ぶ機会はなさそうね」

 まあ、綾香ももちろん優勝候補であり、それでなくったって、綾香がそれを認めるわけがないのだが。

「HAHAHAHA、アヤカでなければ笑っているところデス!」

 カレンは非常にうさんくさい笑いをすると、綾香の勝利宣言を流す。おもいきり笑っているように思うのだが、間違いなくわざとだろう。挑発しているように見えないのは、悪意が感じられないからだろうか? いや、例え悪意があろうがなかろうが、綾香のこめかみに青筋が立っているのは関係ないわけだが。

 ふふん、と綾香はカレンに向けて嫌な笑みを浮かべる。悪意という意味では、綾香の方がよほどだろう。

「えらく自信あるようだけど、私はもちろん、葵の前でそのビックマウスは不用意じゃないの?」

「アオイ?」

「え、私ですか?」

 カレンはともかく、いきなり話を振られた葵としては、寝耳に水だった。

「そうよ。もちろん、私ほどじゃないけど、葵だって、そう簡単に負ける気はないでしょ?」

 無茶ぶりもいいところである。綾香はもちろん結果を出しているが、葵はまだ結果らしい結果は出していないのだ。唯一と言っていいのが予選一位通過であるが、同じ立場の選手は他にもいるのだ。自分を過小評価しているわけではないが、それでもカレンに向かって、勝つと言い切るのは少しばかりの躊躇があった。

 しかし、忘れてはいけない。葵が、何のためにここまで来たのかを。今までの評価だけを全てと断じているわけでは、決してない。それを覆すために、ここまで来たのだし、これから行くのだ。

「はい、負けません!」

「いい返事デス、エクストリームで当たるのが、楽しみデス!」

 気分を悪くした風もなく、というよりもむしろ余計に楽しそうに、カレンは笑うが、葵はそれに気圧されたりはしなかった。

 カレンは強いだろうが、それでも、カレンが葵の目標でない以上、恐れる相手ではないのだ。葵が目標としているのは、絶望的な強さを誇る。

 綾香なのだから。

 

続く

 

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