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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(192)

 

 ご飯とおみそ汁、漬け物に目玉焼きとウインナーとサラダ。和洋折衷ではないが、日本人の朝食としては普通であり、そして簡単なわりにはそこそこそろっているとも言える。

 簡単な、と言ってもいい朝食だが、それなりの人数がいれば、作るのはそこそこに手間だ。それをほとんど一人で作ってしまっているのだから、いくら練習を倒れてからは免除してもらっているとは言え、鉢尾のスタミナは思う以上に高いのかもしれない。

 ただ、いくら若い人間が多いからと言っても、朝食はそんなに多くは食べられるものではないので、作りすぎ、と言えなくもないが、実際のところその心配はなかった。

「「おかわり!」」

 二人の声が重なる。一人はそんなことはまったく気にならなかったが、もう一人の方、浩之としては、なかなか複雑なところだった。別に朝からおかわりするのを恥ずかしがるような思春期の女の子のような感覚ではなく、ただただ寺町とかぶったのが嫌だっただけだ。

 寺町のことが嫌い、というわけではないが、どうオブラートに包んでも、苦手としていると言うまでで限界だ。寺町のバカ正直なところは、好感が持てる……気もしないでもないのだが、いかんせん負けた相手というのは、対応に困る。

 寺町のちゃわんを、鉢尾が嬉しそうににこにことしながら受け取ると、これでもかと言わんばかりに大盛りにして寺町に渡す。寺町の世話ができるのが本当に嬉しいらしい。そして、冗談のような大盛りを平気で寺町は平らげるのだ。

「浩之先輩、どうぞ」

 鉢尾がご飯をつぐのを順番待ちしていたランが、こちらはいたって常識的な量のご飯をもって浩之に手渡す。

「ん、ありがと」

 ランがはにかんだような笑みを浮かべるのに気付かずに、浩之はそのご飯をかきこむ。ランの態度だって、鉢尾が寺町に対するものと遜色ないのに、浩之はそれに気付かない。いや、気付かないとはしても、ランの自分に対する気持ちは知ってはいるのだ。正直、それをわかって平然と接する浩之の態度には賛否両論あろうが、ランにとっては、それは救い以外の何物でもなかった。

 ランのそんな笑顔にも気付かないほど、浩之が朝食に集中しているのは、別にランへのあてつけなどではまったくなかった。ただ単純にお腹が空いているのだ。

 お腹が空いたので寝床を抜け出したというのに、ランニングをした上に、コンビニで食べ物を買ってくるということを忘れた、正確にはそれどころではなかった、のだ。お腹が空いて起きたはずなのにランニングまでして、余計にお腹を空かせた結果、朝とは思えない食欲を出しているのだ。まあ、最近の浩之はこれほどでなくとも、朝から食欲旺盛なのだが。

 さらに、静かに御木本も自分でおかわりをしている。寺町のちゃわんにつがれていると同じぐらいの大盛りだ。昨日、二回もKOを食らったせいで、体力が衰えているとすれば、少しは身体をいたわった方がいいと思うのだが、食べて回復させるタイプなのだろうか。

 まあ、朝から極端な食欲を見せているのはその三人だけだ。すでに早朝の練習も終わり、他の部員のほとんどは体力も尽き、食欲が沸くわけもない。二泊三日の合宿は、実際かなり過酷だった。昼までに終了し、午後は遊べるとしても、さて、何人にそんな体力が残っているかどうか。一番体力がありそうな寺町は、多分遊びなどしないし、御木本はさすがに遊ぶ体力は、坂下が一緒に遊ぶとすれば死んでもやりそうな気もするが。

 寺町はともかく、浩之の食欲にはまわりも呆れるぐらいだ。身長はあるが、決して大柄ではない浩之のどこにそれが入っているのか、本気で不思議ではある。しかし、浩之だって昔からここまで大食漢ではなかった。身体を鍛え出して、最初に強化されたのが内臓かもしれない、というのは聞けば笑い話だが。

 朝から普通に食欲を持つことができる綾香は、浩之のその食欲のある姿を見て、笑い話などとは少しも思わず、むしろ頼もしさしか感じなかった。

 強さの基本は、やはり身体だ。どれほど技が優れていても、どれだけ力が強くとも、身体の頑丈さ、これだけは換えが効かないのだ。

 頑丈さ、それは内臓の強さとも言える。単純にダメージを受けても平然としている内臓というのもあるが、ここで言う内臓とは、消化器系の強さだ。

 消化器系が強いということは、どれだけ食べたものを消化できるかということだ。どんなに身体を鍛えたとしても、それを身につけるためには、栄養素がなければどうしようもない。その栄養素は、食べて、消化して、吸収するしか方法がないのだ。

 筋肉をつけるのにプロテインを飲む人間がいるが、あれは実際効果覿面だ。特にたんぱく質は意識しないと取りにくく(普通に食べる肉は、たんぱく質よりも脂質の方が多い)、プロテインは容易に高たんぱくを取るには非常に適している。

 プロテインでつく筋肉は見た目だけだ、と言う人間もいるが、あくまで効率良く筋肉がついているだけだ。その後の筋力の維持と定着には、当たり前だが時間と手間を要する。そこからプロテインを取らなくなればたんぱく質が足りなくなるのだから、筋肉が落ちるのは当然だ。

 強くなるということは、食べる、ということなのだ。

 身体を鍛えることと栄養学は切っても切れない関係だ。綾香も個人的に専門家を招いて食事内容を決めたり、アドバイスを受けたりしている。無闇に食べても効率が良くないからだ。

 その点、浩之はそこらへんに無頓着だ。プロテインこそ綾香に言われて取るようにしているようだが、通常の食事は、栄養学とかほとんど無視して、ただ食欲を満たすためだけに行われていると言っていい。それでも、その無茶な食べ方を平然と続けられる強靱な内臓は、確実に浩之の身体を作り替えていっている。

 それだけ食べて浩之が太らないのは、体質もあることはあるのだろうが、何より食べた分を消費するだけの運動を行っているからだ。むしろそうやってがっつくほど食べていないと、筋肉まで落ちていってしまうほどに、浩之の練習は過酷なのだ。

 それにしても、とさっそく三杯目に取りかかってもまったく食欲の衰えない浩之の食欲にほれぼれしながら、綾香は思考を巡らせる。

 カレン、こんなところに何しに来たのかしら?

 綾香に会いに来た、という言葉を、綾香はまったく信じていない。用事があった、というのが、非常に気になるところだ。

 綾香がカレンを嫌っている、というわけではない。浩之が寺町を苦手としているように、苦手としている、というわけでもない。

 しかし、綾香にとっても、カレンは危険な人間なのだ。

 一言で言えば、カレンは戦うのが好きなのだ。

 それだけ言ってしまえば、寺町に近いのかもしれない。しかし、寺町と比べても遙かに強く、そして、寺町と比べても、遙かにその性質は危険なのだ。

 こっちに被害が及ぶようなことがなければいいけど。

 綾香の希望は、この場合通る。すでに昨日、カレンは危険なことをやり終えて来たのだ。もし、それがなければ、カレンは矛先を収めなかったかもしれない。しかし、綾香も千里眼ではないので、それに到達するには情報が少な過ぎた。

 ただ、先ほど引き下がったのを見ても、すでにどこかしらで被害をまき散らして来たのには、確信があった。そして、綾香の関係のないところでそれをする以上、綾香にとってはどうでもいいことだった。

 綾香は、カレンに対する思考を浅いところで止めると、浩之の食いっぷりを見る作業に戻るのだった。

 

続く

 

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