作品選択に戻る

窓のある部屋
2:お食事は3人で

 

 俺は佐祐理さんに作ってもらったお弁当を食べていた。

「でも、祐一、私の家から通えばよかったのに」

 名雪がお弁当を食べながらそう言ってくる。

「いや、舞と佐祐理さんが一緒に暮らそうと言ってきたんだ。断る理由なんてないだろ?」

 彼女は名雪。俺は高校の1、2年ほどの間、名雪の家でおせわになっていた。

「朝起こしてくれないからこまってるんだよ、私」

「……知ったことか」

 俺は名雪の不平不満を無視してお弁当を食べ続けた。

「ああ、この佐祐理さんの作ってくれた卵焼き、うまいなあ」

「そうなの?」

 と言って名雪がお箸を伸ばしてきたが、俺はそのお箸をガートして止めた。

「名雪にはやらん。俺の食う分が減るじゃないか」

「ちょっとぐらいいいじゃない」

「い・や・だ」

 俺はそう言って名雪の手の届かない所までお弁当を離した。

 ひょい、パクッ

「あら、本当にいけるじゃない」

 俺がその声の主を見ると、そこには香里がいつものふてぶてしさで立っていた。

「おい、香里、勝手に人の卵焼きを食っといてそのふてぶてしい態度はなんだ?」

「誰がふてぶてしいのよ。これは地よ」

 今日は北川はいないようだ。俺と名雪と香里と北川。何故かこの四人は同じ大学になった。まあ、神の采配といったところか。

「俺の卵焼きを返せ」

「いいじゃない、卵焼きぐらい」

「私にもちょうだいよ〜」

 名雪の言葉は当然のように無視した。

「佐祐理さんが作った卵焼きはお前らのような下々の者が口にできるようなものではないわ!」

「……あなた誰よ、相沢君」

「とにかく、卵焼き返せ。それが出来ないなら同じ物持って来い」

「もうお腹の中にはいっちゃったし……同じものは私には作れそうにないわ」

「だろうな、どうだ、まいったか」

 何故か勝ち誇る俺。

「だから私にもちょうだい」

「で、北川はどうした?」

「さあ、また家で寝てるんじゃないかな、午前の講義は出席取らないから」

「えいっ」

 サッ

 名雪は俺の隙をついたと確信しただろうが、俺は名雪の箸をよけた。

「甘いな、名雪。さっきは香里に遅れを取ったが、お前にはそうそう遅れは取らんぞ」

「う〜、ひどいよ」

 いや、人の卵焼きを取ろうとするやつはひどくないのか?

 俺は名雪と香里に目を光らせつつお弁当を食べるのを再開した。

「で、相沢君は、その二人の彼女と楽しい楽しい同棲生活をおくっているわけ?」

「ブッ!」

 俺は一瞬口の中のものを噴き出しそうになった。

 俺はそのことを話した覚えがなかった。となると必然的に……。

「名雪……」

「どうしたの、祐一?」

 名雪はいつものばけっとした顔で俺を不思議そうに見えた。

「普通、そのことを他人に話すか?」

「だって祐一、止めなかったじゃない」

「普通はんなことしゃべると思うか!」

「甘いのは相沢君の方だったみたいね。名雪を甘くみちゃダメよ」

「そうだよ」

「お前が言うな!」

 ということは、けっこう知れ渡っているんだろうな、とほほだ。

「いいじゃない、悪いことしてるわけじゃないんだし」

 香里のフォローとはどうやっても聞き取れないフォローに、俺はうなだれるしかなかった。

「そういや香里、栞ちゃんは元気か?」

「栞? ええ、元気に高校生活をしてるわよ」

 香里の妹の栞ちゃんは、体が弱く、しばらくの間学校を休んでいた。だから、人よりも多く 高校生活を送らなくてはならないのだ。ちなみに、今は2年生だったはずだ。

 ちょっとしたなりいきで栞ちゃんと知り合ったのだが、彼女は画家を目指しているとか何かで、 よく一人で風景画を書いている。

「『祐一さんに会いたい』って駄々こねてたわ」

「そうか、暇になったら会いにいってあげるか……」

「ちなみに、まだ同棲のことは栞には話してないわよ。うるさそうだから」

「お心使い、感謝します」

「そんなのに気を使わないのは名雪だけよ」

「二人で私の悪口言ってない?」

 名雪がほほをふくらませたので、俺と香里は笑った。怒った顔がこれほど似合わないものいないだろう。

 そうこう三人で話しているうちに、次の講義まで時間がないことに気付く。

「さて、じゃあ午後の講義がんばるか」

「どうせ名雪は寝るだけでしょ」

「ひどいよ、そんなことないよ」

「どうだか」

 俺達三人は、席を立った。

 

「ただいま〜」

「あ、お帰りなさい、祐一さん」

「おかえり、祐一」

 ジ〜ン

 俺はしばらくの間感動にうち震えていた。

「祐一さん?」

「やっぱり何度聞いてもいいなあ、そのお帰りなさい」

「そうですか?」

「家に帰ると、美人の二人が『お帰りなさい』と言ってくれて、『おふろにしますか、お食事にしますか?』 と訊ねられたら俺はもちろん『お前にする!』とか言って……」

 ポカ

「祐一、最近暴走ぎみ」

「あははーっ、言われちゃいましたね」

「自分でも自覚はあるから問題ない」

「佐祐理にはよけい問題があるように思います」

 う〜む、二人がかりで突っ込まれてしまった。しかたない、ここは引くか。

「あ、今日はお弁当ありがとう、佐祐理さん」

「いえ、ほんとは3人で食べたかったんですけど」

 今日は舞も佐祐理さんも講義のない日。そんな日までわざわざお弁当を持って大学に来ることも ないと言って俺が止めたのだ。

「やっぱり、次の週は一緒にたべましょう」

「……しかし、一緒に食べると必然的に俺の卵焼きの取り分が舞に……」

 俺は佐祐理さんの申し出はうれしかったが、手間を取らせるのも何なのでそう言って断ろうとした。

「分かった。今度から私の分の卵焼き2つあげる」

「え?」

 俺を驚かせたのは、舞の言葉だった。

「だから一緒に食べよう」

 まさか、舞が食べ物のことで譲るとは思ってもいなかったのだ。

「おいおい、舞、どうしたんだよ。卵焼き大好きなんだろ?」

「でも、今日のお昼はちょっとさびしかった」

 あ……

「舞……」

 佐祐理さんも、少し神妙な顔で舞を見ていた。

「佐祐理の料理はすごく嫌いじゃないけど、2人で食べたら、ちょっとだけさびしかった」

 そこで佐祐理さんが俺に耳打ちしてくる。

「今日のお昼、舞、泣いちゃって。お食事をしているときのあんな舞、佐祐理初めて見ました」

 そうか……舞はそんなに俺のことを……

 考えてみれば、一緒に暮らすようになってから、今まで3人そろって食事を取っていた。

「2つでだめなら、3つじゃだめか?」

 3人で食事を取ることが、いつの間にか当然になっていた。

 でも、当然というものはなくなってみると、その重さが分かる。

 舞にとっては、それは当然だったのだろう。だからこそ、とてもさびしかったのだ。

「3つでだめなら……」

「いらないよ、舞。というか、俺の取り分を1つやりたいぐらいだ」

「舞、佐祐理の取り分もあげましょうか?」

 舞は、無表情、いや、それは恐がっている顔だ。だから感情を隠す。

「いらない。だから、一緒に食べよう」

「……そうだな」

「……そうですね」

 俺と佐祐理さんは2人で頷いた。

 舞の俺を必要としてくれる気持ちが、痛いほどうれしかった。胸が、はりさけそうだった。

 こういうときの感情表現を、俺は一つしか知らなかった。

 ひしっと俺は舞と、佐祐理さんを抱きしめた。

「祐一さん……」

「祐一、苦しい」

 俺は舞の言葉にしたがって、ゆっくりと抱きしめた。本当は、2人をきつく抱きしめたかったが、それはこらえた。

「舞、嫌か?」

「嫌じゃない」

「佐祐理さんは?」

「もちろん、嫌じゃありません」

「よーし、二人とも、今度の日曜はピクニックにいこう。俺がお弁当作るからな」

「祐一のお弁当はおいしくないから嫌」

「人間、得手不得手ってものがありますから、無理しないでください」

「……」

 こんな状況でも十分ツッコミを入れれる2人に、俺は苦笑した。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む