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銀色の処女(シルバーメイデン)

 

「よう、綾香じゃねえか。今日はセリオと一緒に帰ってたのか?」

 浩之にとって綾香とセリオが一緒にいるのを見るのはこれが初めてではない。一緒の学校に 行っていたし、何より少し前まで綾香とセリオは同じ屋敷に住んでいたのだ。

「それもあるけどね、今日は……」

 と、綾香は横にいる二人に気がついた。綾香とは違いセリオは二人の姿を始めから確認して いたようだ。

「こんにちは、浩之さん、あかりさん、マルチさん」

「よう、セリオ」

「こんにちは、綾香さん、セリオさん」

「こんにちわです、綾香お嬢様、セリオさん」

 マルチの言葉を聞いて、浩之がぷっと笑う。

「綾香お嬢様〜?」

「何よ、悪い?」

「いや、綾香にも、言ってるマルチにも似合わない言葉だなってな」

 そう言いながら浩之は笑いをかみ殺した。

 その浩之の反応に、綾香はふんっと鼻をならし、マルチは恥ずかしそうに下を向く。

「そう言われても、私はセバスチャンさんから綾香お嬢様とお呼びするようにと言われていま すから」

 マルチも、どこか自分の雰囲気に合っていないのは自覚できているようだが、それを守らない 訳にもいかないようだ。

「こう見えても私は来栖川グループのお嬢様よ。何か文句ある、浩之」

「いーや、全然文句はないぜ、お嬢様」

 そう言ってからまた浩之は笑った。

「だいたい、いっつもセリオはそう呼んでるじゃない、ねえ、セリオ?」

「はい、私は綾香お嬢様をお呼びするときは『綾香お嬢様』とお呼びしていますが」

「セバスチャンだって私のことそう呼んでるわよ。何がおかしいってのよ」

 綾香の不満そうな言葉に、浩之は端的に答えた。

「マルチが綾香のことを呼ぶのにお嬢様をつけるのがおかしい」

 そのままだったが、綾香は言葉につまる。確かに、マルチに呼ばれるたびに自分も違和感を感じる のは確かだ。

 浩之の横で、おずおずとあかりも手をあげて言う。

「私も、ちょっとおかしいかなと思う」

「あ、あかりまで……」

「な、やっぱりマルチに『お嬢様』なんて呼ばせても似合わないよな」

「でもそうお呼びしないわけにはいかないんです〜」

「そうか、だったら、これから一生綾香はマルチに呼ばれるたびにまわりから笑い者にされながら 生きていかなくてはいけないみたいだな」

「はわわ〜っ、そうなんですか?」

「そんなわけないでしょ」

 綾香はとりあえずきっぱりと否定しておいた。

「まったく、浩之がいらない話をするから本題がそれちゃったじゃない」

「本題って、まだ何の話も始めてないと思うんだが」

「浩之にはなくても私達の方にはあるのよ」

 と、そこで綾香はさっき言葉を切った理由を思い出した。

 セリオを口実にして浩之の家に遊びにいくのが今回の目的だ。だからそれを浩之に言おうと 思ったときに、あかりの存在に気がついたのだ。

 綾香の頭の辞書の中には、神岸あかりという人物は要注意人物の中に入っていた。つまり、 浩之と付き合うために、おそらく障害になる人物と。

 何度か浩之の誘いで遊んで、あかりの性格を綾香はそれなりにつかんでいた。簡単に言うと、 いい子だ。

 性格もおだやかで明るいし、よく細かい所まで気がきくし、料理の腕も一度見たがかなりの ものだ。

 友達として付き合うなら、すごくいい子だ。でも、それは反対に、ライバルとしてはやりにくい 相手ということになる。

 多分あかりは、私が浩之の家に行くと言えばあまりいい顔はしないだろう。ついてくるとは あかりの性格上言わないとは思うが、笑顔で賛成するとも思えない。

 そんなことに気を取られて、言葉を一瞬出せなかったのだ。

 もちろん、あんまり私がこだわってみせたりすると過剰に反応するということもあるかも しれないから、サラッと言うのが正しいのだろうが。

「で、その本題って何だ?」

「え、えーと……」

 綾香の頭の中で考えがまとまる前に浩之がそう聞いてきたので、綾香は言葉をにごした。

 「浩之の家に遊びに行きたいんだ」と言えればどれだけ楽だろうか。綾香は、とりあえず その言葉を飲みこんで、他の話を先に持ち出そうと頭を働かせた。

「綾香お嬢様、本題と言うのは、浩之さんの家を見に行きたいことでしょうか?」

「え?」

 いきなりセリオが本題をついてきたので、綾香は一瞬反応できなかった。

「違いましたか?」

「え、う、うん、そう、そのことよ」

 綾香は仕方なく渡りに船とばかりにセリオの話にのった。

「俺の家に?」

「はい、綾香さんが私の働いている場所を見ておきたいとおっしゃったので」

 よし、セリオ、ナイスフォロー!

 綾香は心の中でセリオに拍手した。そういう言い方もあるのだ。自分はセリオを作った会社の お嬢様、その仕事に関して興味を持っていてもなんら問題はない。

「別に俺の家に来たって何もないと思うがなあ」

 浩之はどうものる気ではないようなので、綾香は先手を打っておいた。

「ふーん、私に来て欲しくないみたいね。もしかして、部屋の中にエッチな本とかが置いて あるの?」

「んなわけねーだろ」

「ま、口ではどうとでも言えるわよね」

 と言って私はふっと肩をすくめる。ここは、浩之の感情をあおってでも遊びに行けるように するのが最善手だ。

「だからんなもの置いてねえって。だいたいあったとしても、昨日からセリオがいるんだから 片付けられてるはずだろ」

 浩之はしごく冷静に突っ込んできた。

 いいのよ、いつもみたいに動じない性格をここで出さなくても。

 そんな綾香の心の声など、浩之には聞こえるわけもなかった。

「ま、来るのは別にかまわないが、来ても何もないぜ」

「あら、けっこう簡単に承諾するのね」

「まあな、別にやましいものがあるわけでもないからな」

 綾香は浩之がしごく簡単に承諾したので心の中でほっとしながらそう憎まれ口をたたいた。

「で、マルチはどうする。ついでだから一緒に来るか?」

「はい、お邪魔にならなければご一緒したいです」

 当然のように、浩之はマルチに訊ねた。そしてまたこれも当然のように、マルチは「遠慮」という 言葉まで思いつかない子なのだ。悪い意味ではないが。

「ついでに、あかりはどうする?」

「え、私?」

 あかりはふいをつかれたように、そして、おそらくは予測していたのだろうが、浩之の言葉を 聞いて少し考えてから答えた。

「私はいいよ、どうせいつも行ってるから」

「そうか、ま、それならいいけどな。さてと、何か大所帯になったが、帰るか」

 5人はそれぞれ胸の中に思いを抱いてかどうかは判別できなかったが、とりあえず浩之の家に 向かって歩きだした。

 

続く

 

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