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銀色の処女(シルバーメイデン)

11

 

「ふう、被害は最小限にくい止められたな」

「これと言って破壊された場所はありませんが、どうかいたしましたか?」

「いや、綾香とマルチの組み合わせだぜ、何も壊されなかったのが奇跡的だなと思ってな」

 ほぼ確信犯の綾香、そしてやる気が空回りするマルチ、この二人を合わせれば、浩之がそれなりの 被害を受けるのを危惧しても当然と言えた。

 でも、そんな浩之の予想とは裏腹に、綾香は簡単にマルチと一緒に帰っていった。

「しっかし、綾香も何で急に遊びに来ようなんて思ったんだ?」

「それは私にもよく分かりませんが、おそらく、浩之さんの住んでいる家がどのようなものか 見てみたかったのではないでしょうか」

「俺の家をかぁ?」

 浩之はうさんくさげな表情を作った。

「綾香の家みたいにでっかい屋敷ならともかく、一般階級の俺の家を見たからって何も面白くない だろうに。だから俺はてっきり、何か綾香が企んでるのかと思ったぜ」

「私は何かするとは聞かされていませんが」

 まあ、何かを企んでいたとしても、それをセリオに教えるほど綾香もバカではなかろう、と浩之 は心の中で思った。

 被害が出なかったところを見ると、単に遊びに来ただけなのかもしれない。

 そう、被害と言えば、今回はマルチが起こした被害がなかった。

 というより、マルチが何かしようと思う部分が、全部セリオによってまかなわれていたので、 マルチが手を出す部分がなかっただけのようだが。

 こう見ると、さすがセリオは来栖川の最新鋭のメイドロボである。

 仕事もそつがなく、失敗もまずない。同じメイドロボのマルチが、とは言えこちらは能力的には 疑問符がつくが、仕事の荒を探せないぐらいだ。

 マルチも、はじめは掃除をしよう、お茶を入れようとしたのだが、掃除しようにもセリオが昨日の うちに目に見える部分はほとんど掃除を終わらせていたし、お茶もすぐにセリオが入れた。

 最後の方になると、あまりに自分の仕事がないので少しマルチがさびしそうだったぐらいだ。

 テキパキと仕事をこなすセリオの後姿を、居所なさそうに見ているマルチを見て、浩之と綾香が 目を合わせて笑ったほどだ。

「セリオ、お前もマルチに少しぐらい仕事を残しておいてやれよ」

「それはどういう意味ですか?」

「マルチは何か手伝いたかったみたいだけど、お前がテキパキと仕事をこなしてしまうから声を かけれずにいじけてたぜ」

「そうですか。でも、お客様に仕事をさせるわけにもいきませんので」

「お客様って、マルチがか?」

「はい、マルチさんもお客様ですが」

 浩之は首をかしげた。

「セリオとマルチって、前まで同じ屋敷で働いてたんだろ?」

「はい、そうですが」

「で、昨日の今日でもマルチはお客様になるのか?」

「はい、もちろんです」

 セリオはいつもの無表情な顔で答えた。

「今はマルチさんと私は違う主人に仕えているんですから」

そんなに簡単に割り切れるものなのかと聞こうとして、浩之はセリオがメイドロボだったのを 思い出した。割り切れるも何も、始めから「割り切る」という考えがないのかもしれない。

「それがどうかいたしましたか?」

「いや、考えてみたら、俺も変なこと聞いてるなと思っただけだ」

「?」というマークが顔に出たかは別として、セリオは首をかしげた。その仕草は、確かに 機械的ではあったが、けっこうかわいくも感じた。

 その仕草が、妙に浩之にセリオが女性の姿をしているのを意識させた。まあ、だからと言って どうこうというわけでもなかったが。

 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル

 その浩之の不意をつくように、電話が突然鳴りだした。

「私が取りましょうか?」

「いや、いい。俺が出るよ」

 浩之は立ちあがると電話のある玄関まで走った。玄関に一つしか電話を置かないとは、いつもながら 何と不便な家だろう、と浩之は常日頃から思っていた。

 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル

「はいはい、急がなくてもこっちは逃げないぜ」

 せかすように鳴る電話の音に、浩之はそう言ったが、浩之は逃げなくても、電話の向こうの相手が 切ることは多いに考えられることなのだが。

 ガチャッ

「もしもし、藤田ですが」

『おお、藤田くんか。どうだい、元気してるかい?』

「この声は……おっさんか」

『おっさんとはひどいね。これでもけっこう若いんだよ』

 電話の相手は、来栖川重工の第7研究開発室HM開発課の主任、長瀬だった。

『どうだい、セリオの調子は?』

「すごく役にたってるよ、さすがは来栖川重工の最新鋭のメイドロボって感じだな」

『それはよかった、いや、こちらとしても鼻が高いよ』

「で、今日は途中報告を聞きたかっただけなのか?」

『まあ、それももちろんあるけどね。……そうだね、じゃあ、本題に入ろう』

「本題?」

 浩之は長瀬主任の物言いにきな臭いものを感じて、一瞬電話を切るか悩んだが、とりあえず バイトということでセリオを家に置いている手前、それはしなかった。

『実は、セリオには君が知っているセリオのプログラムとは別に、今実験中の感情プログラムを 起動できるようにしてあるんだ』

「感情プログラムゥ?」

『ああ、そうだ。今回のテストは、おもにこの感情プログラムのテストが主な目的だ』

「新しい感情プログラムっということは、セリオの性格が変わるのか?」

『まあ、そういうことになる。新しい感情プログラム、ここでは『シルバー』という名前をつけさせて もらうが、この『シルバー』を使った実験は、君が家にいる間だけでいい。ま、ざっと一日に1,2時間もデータを取ってくれれば大丈夫だ。もとの感情プログラムとセリオ自身で入れ換えられるようになっているから、心配しなくていい』

「1,2時間だけで?」

『ああ、本当は学校でもためしてみたいんだけど、いかんせん『シルバー』は試験用なんでね』

「俺ならいいってか?」

『君には一応お金を払ってるしね、少しぐらいの弊害は問題ないだろう?』

「弊害……って、何か問題があるのかよ」

『まあまあ、冷静に考えてみたまえ。確かに感情プログラムを変えれば、性格は変わるが、別に 価値観が変わったり、反社会的な行動を取るわけでもない。どこに弊害が起こるって言うんだい?』

「……何か怪しいんだよな」

 浩之の直感が、その実験がどこか危ないものだとつげていた。明確な理由はなかったが。

『まあ、どちらにしろお金をもらってる以上、君はこの実験につきあわなくちゃいけないんだよ。 それに、別にこれと言った弊害なんて起こらないよ』

「本当にか?」

 浩之がねんを押すと、長瀬主任はいけしゃあしゃあと答えた。

『さあ、保証はしかねるけどね。何せ、『シルバー』はまだ実験用の感情プログラムだから、 もしかしたら大きな欠陥があるかもしれない』

「おどさないでくれよ、おっさん」

『まあ、大丈夫だよ。最悪、君に直接被害が及ぶようなことはないから。それは感情プログラム以外でも規制がかかってるから、「主人を傷つけない」ってね』

「ロボット三原則ってやつか?」

『うーん、それとはちょっと違うんだけどね。まあ、そんなものだよ』

 長瀬主任は浩之の言葉に曖昧に答えた。

『セリオに言えばすぐに『シルバー』に入れ換えられるからよろしく』

「……まあ、バイトだからな、とりあえずやってみるが、本当に何もないんだな?」

『しつこいなあ。保証はしないけど、とりあえず大きな問題は起こらないって。考えてもみたまえ、いくら顔見知りだと言っても、そんなに危ないものだったら一般家庭で実験なんてできると思うかい?』

「まあ、そりゃそうだけど……」

『じゃ、そういうことでよろしく。セリオにもよろしく言っておいてくれよ』

 そう一方的に言うと、長瀬主任は電話を切った。

 うーむ、新しい感情プログラムか……

 浩之が色々それについて邪推しながら後ろを向くと、そこにセリオが立っていたので、浩之は 一瞬驚いた。

「驚かすなよ、セリオ」

「申し訳ありません」

 セリオは抑揚のないしゃべり方で浩之に謝罪した。

 このセリオに新しい感情プログラムねえ……

 新しい感情プログラム、ということは、やはりこのセリオに感情らしい感情が生まれるようになるのだろうが、どう想像しても、セリオの顔に表情が生まれるのを想像できなかった。

「なあ、セリオ。『シルバー』って言ったっけか?」

「はい、私に取りつけられている新しい感情プログラムのことですね」

「ああ、多分そのことなんだろうけど、それって今までのセリオのプログラムとどこが違うんだ?」

 考えてみれば、うさんくさいのならセリオ本人に聞いてみればいいのだ。マルチと違って、セリオなら自分のスペックぐらい簡単に言えるはずだ。

「ご存知だとは思いますが、私ははじめの開発コンセプトは、いかに高性能なメイドロボを作れるか、というものでした。ですので、感情プログラムなどは、必要最小限のものしかつんでおりませんし、表情もマルチさんのように自然にできるわけではありません」

「より高性能ってのは聞いてたけど、それにしちゃあセリオの姿だって人間と区別ができないと 思うんだが」

「はい、それは介護をするときにも、あまり人間の方に違和感を持たれないようにするために、 姿形だけはおまけ程度に人間の方に似せて作られましたから」

「じゃあ、マルチみたいな表情豊かには、セリオは作られてないんだな?」

「はい。そして、今回の『シルバー』は、そのマルチさんに感情プログラムを近づけようとして 作られたものです」

「よくわかんないんだが、それってマルチの使ってる感情プログラムを流用できないのか?」

「私とマルチさんは同じ来栖川製ですが、試験機なので、かなり互換性には薄いようで、今まで マルチさんの使っている感情プログラムでおこなった実験はうまくかかなかったようです」

「同じ会社が作ってるのに互換性がないのか?」

「はい、特にマルチさん、HMX−12型の開発は、他のメイドロボとは多くの点で異なる、いわば特別製です。特にマルチさんの感情プログラムともなると、まさに世界の最高峰の技術が使われていますし、その分他のメイドロボとの互換性をなくしてしまっても仕方のないことかもしれません」

 浩之は、セリオの言葉に首をかしげた。

「なあ、今さっきから聞いてると、マルチって実はすごいのか?」

「はい、マルチさんは、言わば国家の軍事機密よりも重要なものをつんで歩いているようなものです。私のように前からの応用で作られたものとははっきり差があります」

「そうなのか?」

 浩之はあの平和そうなマルチの顔を思い出した。あれが国家機密に劣らないものだとは、どうしても想像できない。

「そして今回、私用に開発された感情プログラム、『シルバー』の実験を行っているわけです」

「それって、何か問題でもあるのか?」

「感情プログラムは、いかに人に似せれるか、ということを第一に考えますが、それについて起こる弊害はないはずです」

「そうか、セリオが言うなら安心だな。あのおっさんめ、俺をたばかったな」

 浩之は人の悪そうな笑顔を浮かべる長瀬主任を想像した。セリオの言葉からすると、ただ長瀬主任は浩之をからかっただけのようだ。

「それでは、感情プログラム『シルバー』の実験を始めますか?」

「ああ、いいぜ」

「了解しました」

 セリオは目を閉じた。

 ヴーン、という音が響く。浩之は少しばかり緊張してセリオが目を開けるのを無言で待った。

 一分間ほどたっただったろうか、セリオはゆっくりと目をあけ、浩之と目を合わせた。

「……」

 しばらくの沈黙が続き、再びセリオが口を開けたとき、浩之は驚くべきものを見た。

 セリオは、笑顔で言った。そう、抑揚のある声で。

「よろしくお願いします、浩之さん」

 

続く

 

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