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銀色の処女(シルバーメイデン)

16

 

 朝の太陽が照らす光が、あかりは好きだった。

 清涼感あふれる涼しげな空気があたたまっていく感覚、そして横から流れるように自分を照らし出す 太陽の光、何より、それは7日間の6日は浩之と会話をする時間を与えてくれる、大切な時間だった。

 朝起きるのも、それを考えると苦ではなかった。夢の中で浩之と結婚するよりも、現実の中で 浩之と話すことをあかりはいつも選んでいた。

 でも、その日の朝は違った。

 

 見ていたのは、悪夢。

 定期的に見る悪夢だ。浩之が、他の女の子と一緒に楽しそうに歩いていたり、他の女の子と結婚 していたりする。

 あかりは、そんな夢を見るのは仕方ないと思っていた。

 浩之は当然のように女の子に人気があったし、自分はその浩之を好きなのだ。それぐらいの悪夢、 見て当然だとさえ思っていた。

 でも、こんなことは初めてだった。

 それが、明確な、あかりの知っている女の子だったのは初めてだった。

 あかりは、浩之の家のパーティーに呼ばれていた。

 もちろんあかりはさりげないながらも、自分の考えうるかぎりのおしゃれをして行った。着飾る あかりではなかったが、それでもそのときは何故かドレスまで着ていた。

 そして、浩之の家に入ると、そこは見なれない教会だった。

 浩之が、新郎のかっこうをして出てくる。あかりはそのとき、浩之のかっこうを見て「かっこいい」 とのんきに考えてしまったぐらいだ。

 そして、新婦は、セリオだった。

 すごく幸せそうに笑うセリオと、すごく幸せそうに笑う浩之。

 あかりは、夢の中で背筋を凍らせた。

 それは夢だったので、当然のことながらセリオはメイドロボで浩之と結婚なんてできないし、 セリオが笑うわけがないだろうとか、そうい常識的な言葉は思いつかなかった。

 ただただ、あかりは一人凍りついたまままわりの二人に対する祝福の言葉を聞いていた。

 二人なのに、その片方があかりではない。それはあかりには信じられないことだった。

 式は、はや送りのように進んでいく。もしかしたら途中にキスシーンもあったかもしれないが、 あかりは気付かなかった。

 そして、セリオが投げたブーケが、自分の横を通りすぎるのを、あかりはどこか遠い目で見ていた。

 

 起きたあかりを襲ったのは、ひどい罪悪感だった。

 浩之を信じ切れていない自分に対する罪悪感が、あかりの心臓を強く動かした。

 こんなに寝覚めの悪い日は、初めてだった。

 浩之に優しくされたあの日から、あかりは悪夢にうなされることはあっても、起きてそれを 恐がったりしたことはなかった。

 浩之ちゃんがいる。この世界には浩之ちゃんがいて、私を助けてくれる。

 そんな世空言が、あかりの今までのもの全てを支えてきたし、そして現実に浩之はあかりを いつだって助けてきてくれた。

 その浩之との非現実の約束が、今破られようとしていた。

 ごめんなさい、浩之ちゃん。

 あかりは、明るくなりだした空をカーテン越しに感じながら祈った。

 その罪は、あかりが思っているどんな罪よりもあかりには意味があった。

 ごめんなさい、浩之ちゃん。

 どんな恐怖や、嫉妬や、不安よりも、先にあかりにはその言葉が出た。

 セリオに嫉妬? そんなものに時間をついやす余裕など、今のあかりにはなかった。そんなことを してる暇があったら、あかりは祈っていた。

 ごめんなさい、浩之ちゃん。

 本当は浩之にあやまりたかった。今ここで電話をかけて、浩之に「ごめんなさい」といえば、 どれほどあかりの気持ちは落ち着いただろうか。

 でも、現実にはそんなことはできるわけはなかったから、あかりは予行演習のようにその言葉を 心の中でつぶやくしかなかった。

 朝は全てのものに平等に、そして全て公平に、朝はおとずれていた。

 

 あかりは起きたくなかったが、自分が起きなければ浩之が迷惑するだろうと思って起きた。

 もちろん、浩之の家にはセリオがいて、自分が何の必要もないことは知っていたが、だからと 言ってもし自分が遅れでもしたらきっとやさしい浩之はぎりぎりまで待っていてくれるだろう。

 そうやって浩之に迷惑をかけるのは、あかりの望むところではなかった。

 だから、あかりはベットから出ると、いつもよりも少し早くしたくを終え、食欲のない体に無理に 朝ご飯を押しこんだ。

 そんなどこか沈んでいるあかりに、ひかりは何も言わなかった。

「行ってきま〜す」

「行ってらっしゃい」

 いつもよりは明らかに覇気のないあかりの声に、ひかりはいつも通り言葉をかけるしかなかった。

 バタン

 玄関の扉がしまる音が聞こえると、ひかりは朝食の手を止めて小さく苦笑しながらため息をついた。

 あの元気だけがとりえの子がねえ。

 自分の子供にしても失礼にもほどがあることを考えながら、ひかりはパンをまたかじり始めた。

 ひかりは、あんなしょぼけた顔をしてあかりが家を出て行くのを、当分の間見たことがなかった ような気がした。

 いつのころだっただろうか、ずっと昔、まだやっと同じ年の子供達と遊べるようになったぐらい のときは、いつもあんな顔をして遊びに出ていた。

 多分、あのころはあかりにとっては、同年代の子供達と遊ぶのはそんなに好きじゃなかったの だろう。でも、仲間はずれにされるのも嫌なようで、結局遊びに行っていた。

 特に、浩之ちゃんはやんちゃ坊主だったからねえ。

 よく悪戯をして親に怒られては泣いていた浩之を思い出すと、ひかりは思わず笑みをこぼして しまった。浩之は、自分の子供のようなものなのだから。

 あかりはいつも浩之にからかわれてたみたいだったが、ひかりは目にあまるほどではなかったので 黙認していた。目にあまるようなら他人の子でもひっぱたいてやるつもりであった。

 そして、その日、あかりは泣いて帰ってきた。

 ただし、何故か子供にしては遅すぎるあかりの帰宅であり、泣いているあかりの横で、何故かあかりを かばうように立っている浩之がとても印象的だった。

 あのときの浩之の姿を、ひかりは今まで少しも忘れたことはなかった。

 年端もいかない子供に、胸の高鳴りさえ感じてしまった。それほどに、あのときの浩之の姿は かっこよかったのだ。

 あかりが遅くなったのは自分のせいで、あかりを怒らないで欲しいという意味の言葉を一生懸命 言う浩之に、ひかりは思わずじんときたものだ。

 その後ひかりは、浩之の頭を優しくなでてあげると、浩之の親にも帰宅の遅くなった浩之と 一緒にあやまりに行ってあげた。

 そして、ひかりは家に帰ってきてからあかりに言ったのだ。

「あんないい男、逃がしちゃだめよ」

 そのときのあかりにはその意味はまったく分からなかっただろうが、それが私の本心だった。

 あかりは、私の目から見てもそれなりに魅力的な女の子だし、子供としてもできがいいだろう。

 そして、その旦那様に浩之がいたなら、私は何と二人もすばらしい子供を手に入れることができる のだ。

 あかりは、当然のことながら浩之ちゃんのことを好きなようだ。

 そう、当然。何せ、あれはあかりが作ったのだから。

 あの日、何があったのかは分からなかったし、あかりもしゃべらなかったけど、あの日から浩之ちゃん が変わったことは、つまり、あかりが変えたことは確かなのよねえ。

 あかりももっといばってもいいと思うのよねえ。

 浩之はおそらく、ほぼひかりの中では確信だが、浩之は女の子にもてるだろう。

 そんなことはひかりにとっては当然のこと、何せ自分の子供が作ったのだ、今の浩之を。女の子に 好かれないわけがないではないか。

 あかりが作った今の浩之を、他の女に取られてなるものか、とひかりは心の中で思ったが、 それでも彼女は一つだけは忘れていなかった。

 それでも、浩之ちゃんがあかりを選ばなかったらどうしようもないのよねえ。

 自分の子供のように思っている浩之に、強制するなど、ひかりにはできない。それは、浩之と いう高いレベルの人格を否定することになってしまう。

 そして、あかりの努力を信じていないことになってしまう。

 親として、ひかりは、その一線だけはひくことにしていた。

 だから、勝ってきなさいよ、あかり。浩之ちゃんは、私達親子のものでしょ。

 ひかりは、親の敵のような勢いで、トーストをかじった。

 

続く

 

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