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銀色の処女(シルバーメイデン)

32

 

「セリオには心があるとお思いですか?」

「セリオに心?」

 綾香は、その長瀬のバカらしい質問を、鼻で笑った。

「見てたら分かるじゃない、そんなこと」

 綾香は、確信を持って言った。

「セリオには、心があるわ。じゃなかったら私が『親友』なんて呼んでないわ」

「そうですか……しかし、私達研究員はセリオに心を入れた覚えはないのですよ」

「え?」

 長瀬の意外な言葉に、綾香は耳を疑った。

「でも……」

「もちろん、綾香お嬢様が見間違えるほどによくできてはいますが、セリオには『心』という ものは入っておりません」

「そんなわけないじゃない、セリオには、感情があるわ」

「それは……単なる、よくできたプログラムです」

 綾香の途惑いの表情を見て、長瀬は説明を続けた。

「もともと、私達第7研究室HM開発課は、あるコンセプトに基づいて二つのメイドロボを開発 することになっていました。一つは、『より人間に近い』ロボット、もう一つは、『より高性能』 なロボット」

「それがマルチとセリオってわけね」

「はい、本当はそうなるはずでした」

「本当は?」

「マルチ、HMX12型を開発するにあたって、私達研究員は、もちろんそのコンセプト、『より 人間に近い』ということを満たそうと努力しました。実験ではある程度の成果が得られはしましたが、 まだ私達の求める『より人間に近い』ロボットではありませんでした」

「十分マルチは人間に近いと思うけど……」

「はい、今稼動しているオリジナルHMX12型は、確かに人間そっくりです。問題は、そこなの です」

 長瀬は、大きく息を吸って、そしてため息をつきながら苦笑した。

「私達研究員は、マルチを『より人間に近い』メイドロボにしようとしていました。しかし、 マルチは……」

 長瀬が顔をゆがめるのは、初めてかもしれない。その長瀬の表情を見ながら綾香はそう 考えていた。

「マルチは、私達の思惑とは外れ、『より人間に近い』ロボットではなく、『心を持った』 ロボットになってしまったんですよ」

「いいことじゃない、それって」

「私達は、『より人間に近い』ロボットを作ろうとしただけです。マルチのように、『心を持った』 ロボットを作ろうとは考えていなかったのです。マルチが人間と違うのは、体がロボットなことと、 それをマルチが自覚していることだけです」

 「だけ」と言うにはあまりにも大きなものではないのかとも思ったが、確かに、マルチは本当の 人間のようなのを綾香は思い出していた。

「単にデータを取るだけのためにマルチを学校に行かせたのですが、そのわずか一週間で、マルチは 人の『心』というものを得ていました。私達の思惑とは外れましたが、それでもその研究は多くの成果 をあげ、『より人に近い』メイドロボは完成したかに見えたのですが……」

「普及型のHMX12型には感情が入れられてなかったわけね」

「はい。HMX12型は、完成したかに見えました。しかし……同じプログラムを使っても、どうしても 同じように『心』を持ったマルチを作ることはできませんでした」

 長瀬は首をふった。

「もちろん私達研究員は必死でその原因をつきとめようとしました。何日も研究室に閉じこもって、 その原因を探しましたが……結局、マルチのように『心』を持ったメイドロボはあのオリジナルのマルチ しかできませんでした」

「じゃあ、マルチが今動いてるのって……」

「はい、マルチに情ももちろんありますが、それより何より『心』というものを持ったロボットは 世界中捜しても彼女一体しかいないんですよ。その機能を停止させるわけにはいかないでしょう?」

「私はてっきり浩之が……」

 綾香は、浩之と長瀬が顔見知りだと聞いて、きっと浩之が長瀬に何かを言って、マルチは 今まだ動かせていると思っていた。さすがにそれは綾香が浩之のことを買いかぶりすぎていると 言われればそれまでだが、綾香が浩之ならそれぐらいやると思っているのだ。

「藤田君のことをマルチから聞いたのは、マルチをこのまま稼動させるのが決まった後でした。 もっとも、彼の言葉を聞いていればもっと早くマルチを再稼動させていたでしょうがね」

 綾香の買いかぶりは当たらずも遠からずだったようだ。

「そしてマルチは再稼動しました。『心』を持ったメイドロボとして。しかし、結局『心』を持った メイドロボは他に作れませんでした。HMX12型が感情をつけられなかったのは、何も商品として なりたたないからではなく、それを開発することができなかったからなんです」

「じゃあ、『シルバー』は何なの?」

「『シルバー』ですか? あれは、単なる失敗作ですよ」

「失敗作……って、今実験段階なんじゃ……」

「違います」

 長瀬は、はっきりと言った。

「『シルバー』はすでに実験に失敗した、単なる実験用プログラムにすぎません」

「じゃあ、今さら何で浩之の家でデータを取る必要があるのよ」

 セリオは、それがデータを取るためだと言っていた。しかし、長瀬の言葉ではもう失敗作で ある『シルバー』のデータを取る必要などないはずではないか。

「まず順を追って説明しましょう。私達研究員は、マルチが何故『心』を持ったのか解明しようと しましたが、結局できませんでした」

「でしょうね。じゃなかったらマルチを稼動させる理由もないだろうし」

「ええ、はじめは、ならば新しい感情プログラムを作ればいいのではと何度も実験をしました。 『シルバー』は、その実験中にできた失敗作の一つです」

「それで、その実験は成功したの?」

「いいえ、どれも『心』を得ることはできませんでした。私達は、また最初から何故マルチが 『心』を持ったのかを、もう一度よく考えました。新しく、マルチの初期段階と同じようなメイドロボ を作って、他の学校に転入させたりもしました。今もそのメイドロボは稼動中ですが、少なくとも 現段階では『心』を持ったという報告はありません」

「学校?」

「ええ、マルチを試験的に学校に行かせたあの一週間、あの一週間でマルチが変化したのは確かなの です。つまり、その間に何かマルチが『心』を持つ要因があったということになります」

「でも、それもうまく行ってないんでしょ?」

「はい、残念ながらそうです。もちろん他にも色々な研究を行っていますが、それもうまくは行って いません」

 それにおそらくかなりの苦労をしてきたのだろう、長瀬は小さくため息をついた。

「しかし、私はそこで一人の少年のことを思い出したんですよ」

 綾香は、なんとなく、それが誰のことなのか分かっていた。

「藤田君のことを、私は思い出したんです」

 

続く

 

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