銀色の処女(シルバーメイデン)
セリオには、心がある。
浩之の知っていることを、セリオは決して認めようとはしない。
おかしい、おかしいのだ。セリオがそれを認めないことは、ただの疑問点にしかならないのだ。
セリオから明快な回答が返ってこなかったことで、浩之はその考えをより固めた。
だいたい、今回のことは問題、というより、疑問点が多すぎるのだ。
納得できないことは一つや二つではない。いや、聞く必要さえないような疑問まで口にして いたなら、きっと数十にのぼるだろう。
まったく、今回のことはおかしいことが多すぎるのだ。
それを解くにはやはり合理的な、状況処理だけではだめなのだ。理不尽な質問と、無茶苦茶な やり方ではないと、この問題は解決できない。
浩之は、そこまで考えていたわけではなかった。浩之は、結局、いつもそうやって無理やりに 問題を解決してきたのだ。
今回もそんな力技が使えるかどうかは分からない。しかし、今までがおとなしすぎたのだ。
今度は俺の方から、攻める。
浩之は、目の前で無表情のまま何かを考えているセリオを見つめた。
「俺に教えてくれ、セリオ。『心』って何だ?」
「それは……」
セリオには答えられない。それを、セリオは知らないのだ。
「……人間の方と、私達メイドロボの違いです」
「そんな抽象的な言葉じゃなく、いつも通り分かりやすく説明してくれよ」
「……」
セリオは、答えられない。
浩之には半ば信じられないことだったが、もしかしたらメイドロボも、『錯覚』という言葉を 持っているのかもしれない。
本当の意味を知らないことでも、それを概念的には分かったつもりになってしまうのだ。
メイドロボが? という疑問は浩之には生まれなかった。セリオは、メイドロボかもしれないが、 浩之の大切な、とても大切な人なのだから。
「……分かりません」
セリオはどこか観念したように、そう口にした。セリオには分からないことを恥じる気持ちなど ないはずなのに。
「……で、分からないなら、どうして『心』なんて言葉……いや、それは後でもいい。他に質問しても いいか?」
「……はい、かまいません」
「俺の聞くことには、嘘をつくなよ」
浩之はやさしく、しかし強い口調でセリオにそう言い含めた。
「私は嘘はつきませ……」
「大丈夫だ、俺はメイドロボが嘘をつけるのを知ってる。それが主人のためだと思ったら、どんな 嘘だってつくことをな。ただ、俺にはいくら表情がなくてもまる分かりだぜ」
「……」
「今から俺の質問には嘘はつかない、約束できるか?」
セリオは、少しの間だが、考えているようだった。しかし、そう言われれば、セリオは応える しかない。
「はい、分かりました」
もちろん、浩之はそう言ったからと言って最後の最後になってセリオが嘘をつくことも十分 考えうることだということを分かっていた。セリオは、いや、メイドロボは主人のためなら、例え 死んだ人を冒涜することだってやってのけるのだ。嘘の一つや二つ、平気で、これは心情的と言う わけではなく、結果的の話だ、平気でつける。
「まず第一にだ。何で綾香のわがままを聞いたんだ?」
「はい?」
「『シルバー』のことだよ。本当は俺以外にはそれを見せてはだめなんじゃなかったのか?」
「それは……綾香お嬢様は私にとって大切な方ですから」
セリオはその言葉を無表情に、しかし力強く口にした。それだけは、どうしても嘘をつけれない のかもしれない。
「プログラムじゃあ、命令には従うことしかできないんじゃないのか?」
「はい。犯罪にならない限り、私達は主人の命令を聞くようにプログラムされています」
「だったら……何で綾香のわがままを優先した。長瀬のおっさんに命令されていたなら、そっちの 方が優先されるんじゃないのか?」
「……はい、私は実験機なので、明確な主人がいるわけではありませんので、長瀬主任の命令が 何より優先されます」
「セリオ、自分で言ってておかしく感じないか?」
「……はい、私は、優先されるべき命令をやぶり、綾香お嬢様の言葉に応えました。それは、メイドロボ として許されることではないのかもしれません」
浩之はそのセリオの言葉に首を横にふった。
「違うんだよ、セリオ。誰もそれについてセリオを責めたりしない。まあ、長瀬のおっさんは知らない が、俺が黙らす。問題はそこじゃない、どうしてセリオがその命令を無視したかだ」
「それは、何度も言うように綾香お嬢様は大切な方ですから」
「そこじゃない、どうして、セリオは自分で大切な者をきめることができるんだ?」
「?」
浩之の言葉に、明確であったセリオが、その意味を分からないようだった。その無表情なはずの 顔に、困惑の表情を浮かべているようにさえ見える。
「大切なもの、つまり主人を、メイドロボ達はプログラムされるんじゃないのか?」
「はい、最初の起動とときにプログラムされるのが普通ですが」
「それを自分できめることができるのか?」
「主人をですか?」
「そうだ」
セリオは、驚いたのか目を大きく広げて首をふった。
「そんなことはありません。私達メイドロボが、主人を選ぶなんて大それたこと……」
声に抑揚はなかったが、それはある意味鬼気せまっていた。
「私達にそんな権利はありません」
「だったらおかしいじゃないか。何でセリオは大切な人がいるんだ? 大切な命令よりも 優先される、主人よりも大切な人がいるんだ?」
セリオはおしだまった。それの答えを考えているのだろうが、返ってきた言葉は明瞭とは ほど遠いものだった。
「……解答、不能です」
やはりおかしいのだ。浩之は、それを確信した。
おかしいのだ、それは。いや、今まで勝手な思いこみで目を向けなかったことなのかもしれないが、 今はもう看破できるものではない。
浩之は、いや、人間は、みんな勘違いを起こしているのではないのだろうか?
メイドロボは、人間のために生まれたもので、人間の役にたつことを前提にプログラムされて いる。その大前提は、実は大きな間違いを含んでいるのではないのか。
命令には、犯罪とならないかぎり、絶対服従する。そんな言葉を、人間はそのまま信じている のではないか。
いや、実際、現実にはその通りに世界は動いている。メイドロボはいつでも主人のために動いて いるし、どんな命令も聞く。
違う、それは違う。ただ、結果がそうなったにすぎない。
メイドロボは、そんなのではない。
浩之を、言葉ではうまく表せない『確信』というものが満たしはじめた。
矛盾だらけの、セリオの行動。そして、それを説明できないセリオ。言葉の意味さえ、正確に 把握できていないのにそれを使うおかしさ。
まるで、できの悪い志保を見ているようだった。
理不尽なのではない、バカなのだ。
浩之は、少しずつ分かってきたのだ。その、メイドロボの前提と言うやつを。
浩之は、まず大きな大前提を、一つ頭の中で書きなおした。
メイドロボは、理論的に動いているわけではないのだ。とても、感情的に動いているだけなのだ。
それは、言葉の平凡さよりも、かなり大きな意味を持っているものだった。
続く