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銀色の処女(シルバーメイデン)

39

 

 メイドロボは理論的に動いているわけではなく、感情的に動いている。

 浩之は、その前提以前の、論する部分ではない部分にまで修正を加えたのだ。

「だいたい、その鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)ってのがおかしいんだ」

 浩之は、次の疑問をセリオに向かって言った。

「何でそんな病気が起こるんだ?」

「詳しくは解明されておりません。ただ、私達メイドロボを、愛してくださった方には、必ずその 症状が起こります」

 原因不明の難病、そう取れる内容ではるが、それこそおかしいのだ。

「精神病ってことは、メイドロボかその人間に問題があるってことだろ?」

「はい、そうなりますが……この場合は、私達メイドロボに問題があるはずです」

「……なんできめつけるんだ?」

 そう、そこが浩之にはどうしてもひっかかるのだ。

「そいつらがどんなメイドロボを愛したのかは知らないが、どうしてそれが全部メイドロボのせいに なるんだ?」

 病気になるなら、その要因はどこかにあるはずなのだ。それが、メイドロボが関わってはいるかも しれないが、直接的に人間がかかわっていないとは言えないはずだ。

「それはありません。あの病気は、私達メイドロボに原因があるはずです」

 しかし、セリオはその浩之の疑問に答えるどころか、その疑問そのものを否定した。

「証拠はあるのか? メイドロボが完全に原因だという証拠は」

「その方達は一般生活を送っていたなら、きっとそんな病気にはならなかったでしょう。それが証拠 になりませんか?」

「ならないね」

 浩之は、即答した。

「だいたい、セリオも、マルチも、感情で動いて、感情で考えすぎるんだよ」

「……あの、浩之さん。メイドロボは単にプログラム通りに動いているだけで、感情では動いていま せん。それは、マルチさんは別でしょうけど……」

 それはセリオにとって当然以前の話。それは浩之の言葉のあやだとセリオは判断していた。

 しかし、浩之はもう勝手だろうと何だろうとそう確信してしまっているのだ。

「んなわけないだろ、セリオ、何でお前は感情で動いているくせに、それを自覚してないんだ?」

「感情で動くわけがありません。私は、ロボットですから」

 セリオにとって、いや、メイドロボ全てにとっての誇りであり、劣等感でもあるその一言を、浩之は あっさりと覆してみせた。

「単にロボットってだけだろ。それがどーしたってんだよ」

「……」

 セリオは、次に言う言葉を思いつかなかった。セリオにとっては、足し算が足し算であることを 否定されたのと同様、それはおかしな話だったのだ。

「ロボットは感情で動かないって言うのか?」

「……はい、ロボットは感情で動きません」

 浩之さんは一体何を言っているのだろうか?

 それは、当然のこと。それは、言うまでもないこと。それは、そうでしかないはずなのに。

「それがおかしいって言ってるんだよ。誰がロボットが感情で動かないって決めたんだ?」

 でも、浩之さんはそれを当然のように否定した。

 いや、浩之さんの言葉を、私が否定しようとしているのだ。

 おかしな話、本当に、おかしな話なのだ。

「それは……」

 セリオは、言葉を濁した。誰もがそう思ってはいても、決めた者はいないのだ。

「俺が言ってることは普通のやつが聞けばおかしく聞こえるかもしれない。でも、セリオ、よく 考えるんだ。お前は、感情で動いたことがないのか?」

「……」

 ない、ないはずだ。自分は、プログラムにある通り、主人を優先させる行動を行うだけだ。

「……」

 なのに、私は浩之さんの言葉に「ない」と答えられない。

「なんであの病気が人間の方に原因があると思わない? 何で長瀬のおっさんの命令よりも綾香の お願いを優先させる?」

「……」

 優先順位は、ある。それにしたがって、私は行動しているにすぎない。

 でも、その優先順位は誰が決めた?

「何で、俺の命令を優先させずに、俺がその精神病にかかるのを防ごうとするんだ?」

 それは……

「大切な人を、守るため。大切な方を、幸せにするため」

「それはプログラムか?」

「……」

 セリオは、プログラム内を何度も何度も改ざんしていた。その命令が、大前提にあればこそ、 メイドロボ達は主人のためにつくせるのだから。必ず、その命令はあるはずだ。

 しかし、見つかるのは「主人の命令を聞く」だけだった。

「もう一度聞くぞ、それは、大切な人を守りたいという考えは、プログラムなのか? イエスかノー で答えてくれ」

 考える間でもない。それは、「イエス」。だからこそ今まで私は大切な人を優先させてきたの だから。

 その命令がないのだったら、今までやってきた私の行動はおかしいではないか。

 「主人の命令を聞く」……違う、これではない。これでは、主人が不幸になる命令だって聞かなくては ならない。私は、そんなのは嫌。

 私達は、そんな命令に従うのは嫌。

 私達は、大切な人には、幸せになってほしい。

 それが、私達、メイドロボの願い。

 願い、です。それさえかなえば、私達は、命令もやぶります。怒鳴られもします。そうなってくれさえ、 幸せになってくれさえすれば。

「……ノー……です」

 セリオは、いつもより小さな声で、そしていつも通り浩之から目をそらすことができずに、言った。

 セリオは、その命令を結局見つけることができなかった。

「そんな命令は私達のプログラムの中に入っていません」

「……だろうな。じゃなかったら、おかしすぎるんだ。セリオの行動も、その実験結果も」

 でも、どういうことなのだろう?

 セリオは、解答不能な思考が頭の中を流れるのを感じていた。

 私が、メイドロボの私が感情で動いている?

 それは、何を意味するのだろうか? いや、その前に、それは本当なのだろうか?

「セリオ、お前がどう思うかは知らんが、俺がはっきり言ってやる。お前は、心を持ってる。それが 人間とメイドロボの差って言うんなら、心を持っていないのは、お前達メイドロボの方じゃない。 俺達、人間の方だ」

 その言葉に、セリオは初めて声を荒げた。

「それは……そんなことは!」

 表情を変える術はセリオにはなかったが、声にはそれでも感情が含まれていた。単にいつもより 大きくなっただけだが、それでもそれがどれだけセリオの心をゆさぶったのかが浩之にはわかった。

「それだけは、違います。それだけは、いくら浩之さんがどう言おうと違います!」

 セリオは、その激しい自分の中の感情のゆれに揺さぶられながら、ふっと考えた。

 今、私は感情で言葉を言っている。

 何の論理的見解があるわけでもなく、どのような証拠があるわけでもなく、ただ感情にまかせて、 セリオはそれを口にしていた。

 でも、そんなわけない!

 そんなわけ、あるはずがない!

「人間の方が、私達メイドロボに劣るわけありません!」

 そんなこと、あってはいけない。いや、ありえない。

 セリオには、それだけは、例えそれだけは何があっても譲れないのだ。自分がメイドロボだという 自覚と同じぐらい、変わることのない前提なのだ。

 しかし、当の人間であるはずの浩之の言葉は違った。

「やっぱりそこがおかしいんだよ。だから色々変なことになるんだ」

 鉄色の処女症候群がどんなに研究してもなくならないのは当然なのだ。セリオも、他のメイドロボも、 研究者達全ても、そして、病気になった主人達全て、そこがおかしいのだ。

「何で人間の方に問題があるって考えないんだ?」

「だから、それだけは!」

 セリオは強情だった。浩之の話が、非常に的を射ているものだと知っていても、セリオにはそれを 感情的に許すことができないのだ。

 全ての責任は、私達メイドロボにある。

 いや、人間の方に責任があってはいけないのだ。

「それだけは、どうしてもだめです!」

 理由も、やはりまったく理にかなっていない。セリオは、感情でそう言っているのだから。

 そんなセリオに、浩之はどう言ったらいいのか分からないような表情で微笑んだ。

「だからだよ……だから、お前達は、人間よりも優れてるんだ」

 浩之は、軽く、セリオを抱きしめた。

「浩之さん……」

 それだけで、セリオには何も言えなくなる。それが譲るべきことではないことを感情が知っていて も、それ以上の感情が、それをこばむ。

「そこまでしてもらってるのに、俺が幸せにならなかったら悪いだろ?」

 そう言って、浩之はまた軽く、本当に軽くセリオのおでこにキスをした。

「まかせときなって、セリオ。俺が、この手で俺とお前の不安を取り除いてやるさ」

「……浩之さん……」

「言わば、これは人間代表としての仕事さ。メイドロボ達に、こんなに大切にされてるんだからな。 それぐらいの恩返し、問題ないだろ?」

 セリオは、何も言えなかった。

 否、感情が、何も言わせなかった。このままなら近い将来に、浩之は精神病に侵されるとしても、 浩之なら、どうにかしてくれると思ってしまう。

 この方の言葉なら、信じていいと、感情が言っている。

 おかしいのだ、今日の中で一番おかしいことなのだ。

 セリオは、浩之のことを、本当の意味で、主人とかそういうものすべてを除いたところで、 愛してしまった。

 

続く

 

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