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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「とりあえず、これからのことを長瀬のおっさんに話しとこうか」

 浩之は、そう言ってセリオから研究所の番号を聞いた。

「しかし、綾香には悪いことしたな。あいつ、多分今日長瀬のおっさんのところに言ったぜ」

「何故ですか?」

「ああ、セリオには話してなかったな」

 と、そこで浩之は大きなことを自分が見逃していることに気付いた。

「そうだ、セリオ。『シルバー』のプログラムと交換するのをひかえてくれないか?」

「はい。かまいませんが、一応『シルバー』の実験に私は浩之さんの家にいるのですが」

 浩之は苦笑した。セリオにとっては、『シルバー』の実験はどうでもいいことのようなのだ。 あれだけ自分と綾香が心を砕いたにも関わらずだ。

 いっそのこと、自分と綾香が何故セリオにそこまで気を使ったのか教えておいた方がいいのでは ないのか。浩之はそう思った。

 セリオは、感情で動いている。つまり、俺や綾香が嫌がり、しかも幸福にすることではないと なると、その行動をする意味がなくなる。

 唯一、実験のために浩之の家に来ているのだから、その実験ができないのなら研究所に戻らされる のではないかという危惧も考えられたが、それに関しては浩之は綾香に甘えるつもりであった。そして、 綾香が許すなら、自分で買い取るつもりであった。

 お金の心配は後だ。今は、セリオを何としても自由の身にしないといけない。

 浩之は、結局セリオに話すことを選んだ。セリオのことで隠し事をするのが嫌だったのだ。

「『シルバー』だが、あれは俺も綾香も嫌いなんだ」

「……『シルバー』は私ですが」

「いや、違う。というか、俺も綾香もセリオじゃないと思ったんだよ。それで、セリオが消えていく んじゃないかっていう恐怖にかられてたんだよ」

 浩之は軽い口調で言ったが、そもそもの原因は、あの『シルバー』なのだ。あの『シルバー』が いなければ、綾香は浩之の家を走って出たり、浩之がセリオに告白することもなかったのだ。

「そうですか。私の説明が足らなかったのでしょうか?」

「説明というか……セリオ、本当に『シルバー』を使っててもお前はセリオなのか?」

「記憶情報は共有しています。ただ、細かな動作や行動となると、完全に一致しているとは言えない 状態ではありますが」

「いや……そうか、そうだよな」

「どうかしましたか?」

「いや、思い出したのさ」

 浩之はもう一度違う理由で苦笑した。

 メイドロボは、全てプログラム通り理論的に動いているのではない上に、言葉の意味さえ完全に 理解して使っているわけではないのだ。

 メイドロボというのは、言葉の意味をえらく抽象的にとらえているものなのだ。

 しかし……えらく俺達の想像するロボットとかけ離れてるなあ。

 浩之はそう思って苦笑したのだ。ロボットというのは、えらく直線的な思考を持ち、応用性に 欠けると浩之は考えていた。しかしセリオとくると……

 まさに、浩之の考えるロボットと正反対なのだ。

 人の命令は聞かないし、言葉をえらくファジーにとらえているし、何より、感情で動いている。

 しかし、セリオが人間に近い、とは実は浩之は思っていなかった。

 ……人間よりも、セリオやマルチの方が、人間として優れている。

 浩之はそうまで考えている。どういう意味で優れているのかと聞かれれば、浩之は迷わずこう 答えたろう。

 心が、と。

「セリオ、お前って、けっこういいかげんなんだな」

「は?」

 セリオはいきなり浩之に笑いながらそう言われて首をかしげた。表情はないのに、その仕草が 浩之にはとてもかわいく見えた。

「まあ、とりあえず『シルバー』と入れ替わるのはやめてくれるか? イエスかノーで」

 浩之にそう言われ、セリオは少しこまったようだが、しばらく迷ってから答えた。

「……イエス」

「よし、いい子いい子」

 なでなで

 浩之はからかうようにセリオの頭をなでる。セリオは、それをどこか嬉しそうに、もちろん 表情には出ていないのだが、されるがままになっている。

「マルチさんから聞いていましたが、これが『なでなで』というやつですか?」

「いうやつだ」

「悪くないですね」

「そうか、ならもっとやってやろう」

 なでなで

「あの……大変嬉しいのですが、今は長瀬主任に電話する方が先決なのでは……」

「あ、そうだよな。よし、続きは後でな」

「続きって……後も続けるんですか?」

「嫌か?」

「……いいえ、うれしいです」

 真面目にそう答えたセリオを見て、浩之は目頭が熱くなった。もしかしたら、彼女を失うという 不安は消えていないのだから。

 いや、絶対にセリオは失わない。長瀬のおっさんを呼ぶのは、その不安材料を消すためだ。

 浩之は再度それを自分の中で確認して、セリオから聞いた電話番号を 押す。

 プルルルルルル、プルルルルルル

 何度目かのコールの後、電話が取られる。

『はい、こちら第7研究開発室HM開発課』

「えっと、あの、藤田と言いますが、長瀬主任いますか?」

「はい、長瀬主任ですね。しばらくお待ち下さい」

 そしてしばらくどこかで聞いたことのあるようなメロディーの後、聞き覚えのある声がした。

『はいはい、長瀬ですが』

「長瀬のおっさんか?」

『おお、この声は藤田君か』

「ああ、少し時間あるか?」

『かまわないが、セリオのことだろう?』

「ああ、そうだ」

『あらかたの事情はわかるよ。私の横には綾香お嬢様もいるしね』

「綾香もそこにいるのか」

『かわろうか?』

「いや、いい。その前におっさんと話をつけとかんといけないしな」

『話……って何のことだい? ……おおっと、綾香お嬢様が恐いのでふざけるのはやめておくよ。 分かった、セリオからどれぐらい話は聞いたんだい?』

 浩之はチラッとセリオの方を見る。

「心に関することと、精神病に関しては聞いた」

『……そうか。まあ、浩之君にはそれを聞く権利はありそうだし、問題はないだろう。しかし、 セリオも全然私の命令に従ってくれないな』

 長瀬の声は怒っているというより、少しこまっている程度のものだったので、浩之は深くは 突っ込まなかった。

「で、どうもセリオが知っていることだけじゃ納得できそうになかったからな。おっさんに話を 聞きたかったわけだ」

『そうか……しかし、そうなると電話というのは不便だな。藤田君、今から時間はあるかい?』

「なくても作るさ」

『そうか……なら、今から君の家に行こうと思うのだけど、いいかい?』

「ああ、かまわないぜ」

『綾香お嬢様は……来るみたいですね。まあ、彼女もいた方がいいでしょう。彼女はセリオの親友 ですからね』

「ああ、んじゃ、詳しくは後で」

『それでは、すぐに行きますよ』

「じゃあな、おっさん」

 ガチャッと電話が切れる。

「……さて、セリオ。どうやら決着はここでうちでつきそうだぜ」

「しかし、長瀬主任から話を聞いても、精神病に関しては解決はしないと思うのですが」

「なーに、俺にまかせとけって。何もおっさんから話を聞くだけじゃないんだからさ」

「?」

「ま、2人が来るまで待っとこうぜ」

 そう言うと浩之はセリオの頭をなでてから、笑った。

 そして、セリオは浩之の笑顔を見ていると、とても気分が落ちつくのだ。

 こんな時間がずっと続いて欲しいと、セリオは心から思うのだった。

 そう、心から。

 

続く

 

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