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銀色の処女(シルバーメイデン)

41

 

 決着をつける……

 浩之は自信を持ってそう言ったが、セリオは長瀬主任と綾香を待つ間不安に襲われていた。

 セリオに心があると浩之は断言していたし、浩之の言葉はそれをある程度は証明していたが、 それが本当に『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』を解決するヒントになるのか どうかはセリオにも分からないのだ。

 もし、その病気を回避する方法がなかったら、浩之がどう言ってくれてもセリオの気持ちは 明るくならないのだ。

 まったくの素人の浩之が、今まで研究員達がどれほど資金をかけても、どれだけ時間をかけても 解決できなかった問題を解決すると言うのだ。その言葉を信じる方がおかしかった。

 しかし、セリオは信じたかった。浩之の、その可能性を。そして、自分の可能性を。

 ずっと、浩之と一緒に暮らしたい。その願望だけが、セリオの中で時間がたつにつれて大きく なっていたのだ。

 そのためには、『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』をどうしても解決 しなければならないのだ。

 そうしなければ……私は……浩之さんに愛されたままでいられない。

 それは、とても恐いことなのだ。もう、セリオは知ってしまったのだから。

 一人の男性を、人間としてではなく、一人の対等な男性として愛することを。

「……大丈夫だ、セリオ。俺が何とかしてやるよ」

 浩之はセリオの不安に気付いているのかそう言ってセリオをおちつかせる。

 浩之に頭をなでられながら、そう言われるとセリオの気持ちは落ちついていく。そして、余計に また不安になるのだ。

 浩之との生活を失いたくないという気持ちは、余計に大きくなっていくのだ。

 信じるしかない、セリオはそう考えるのだ。

 浩之さんを信じなくて、私は生きていけるわけがない。

 私は、浩之さんの手を私自身の意志で取った。もう、後ろには引けない。

 例え、それが浩之さんを苦しめる結果になっても。例え、人間の方を幸せにできなくても。

 私の存在意義をかけても、私は浩之さんを信じなくてはいけない。

 そして、浩之さんは私を信じさせてくれる何かを持っている。

 ……これが、恋愛感情なのだろうか?

 セリオは、ふと思うのだった。浩之の言葉だけでは納得できないはずなのに、セリオはそれを 信じようとしている。まるで、自分がそれを望んでいるように。

 そう、私は浩之さんの言葉を信じたい。私自身が、浩之さんを信じようとしている。

 浩之さんさえいれば、他に何もいらないと考えている。本当に、そう思う。

 セリオは、マルチから聞いた言葉を思い出していた。

 

「浩之さんがいてくれれば私は何があっても幸せです」

 マルチは、本当にうれしそうに浩之のことを話していた。

 そのマルチの言葉は、セリオには不思議だった。浩之は確かにいい人ではあるが、マルチの 主人でも何でもないのだ。

 それどころか、人間の幸せを一番最初に出さないマルチに疑問さえ思った。

 それをマルチに話すと、マルチはあわてて言った。

「もちろん、人間の方を幸せにすることはうれしいですよ。でも……ええと、なんて言ったらいいのか わかりませんけど、そういうのを全部除いて……浩之さんと、一緒にいたいと思うことがあるんです」

「……マルチさんにとって、浩之さんは理想のご主人様なのですか?」

「もちろんです!」

 マルチはうれしそうにそう言った。しかし、その後下をむいて小さな声で言った。

「でも……そんな言葉で言うのが、何かとてもいけないことのように感じたりするんです」

「?」

「私は……浩之さんを、ご主人様としてでなくて……ええっと……何と言うか……」

 恥ずかしさ半分、落ちみ半分という感じだった。

「……こんなこと言うのは失礼なんですけど、恋人として、浩之さんと一緒にいたいです……」

 それは、メイドロボには許されるべきではない感情。だから、マルチは恥ずかしがるだけでなく、 落ちこんでしまうのだ。

 セリオよりも人間の幸せを願うマルチだ。その自分勝手な思いがマルチに対してどれほど辛い ことか、セリオにも分かっていた。

 分かっているだけに、セリオは不思議に思うのだ。辛いはずの考えを、何故マルチが捨てない のかと。

「本当にだめなメイドロボですよね、私は。そんな勝手なこと思ってしまったりするんです。 全然家事もうまくないし、何もできないのに……そんなことを考えるなんて」

 マルチは涙声だった。

 セリオは、そっとマルチをだきしめる。セリオにとって、マルチは肉親なのだ。仲のいい姉妹 なのだ。そして、姉であり、妹でもあるのだ。

「いつか、その願いがかなうとよいですね」

 セリオの言葉は、ただマルチを落ちつかせるためだけに口にしたものだったが、マルチがその 言葉だけで立ち直るとは思えなかった。

「……はいっ!」

 だから、満面の笑みを無理に顔に浮かべ、笑っているマルチは、やはり無理をしていたのだと セリオは思った。

 セリオは、このマルチとの会話を今も自分の秘密にしている。それは、メイドロボが人間の方に 対等な立場を求めるという、メイドロボにしてみれば一番重い罪にあたることをマルチが望んでいた からだ。もちろん、研究員にも誰にも話さなかった。

 それを知ったら、いくら長瀬主任や、他の研究員の方が優しくても、マルチを許すわけがないと 思ったからだ。

 

 結局、あの後しばらくもたたないうちにマルチの恋愛感情についてはばれて、しかしマルチは 機能を停止させられることも、怒られることさえなかった。そのかわりに、マルチは研究所で研究対象 になることが多くなった。

 メイドロボにとってもっとも重い罪。それを、今私も犯そうとしている。

 人間の方を、対等の相手として愛してしまう。何を言っても許されない罪。

 でも、考えてみると私はもうその罪を一度犯している。

 綾香お嬢様の言葉を、私はいつも容認しているではないか。『親友』……と。

 主人と従者ではなく、対等の親友として、私から口にしたことはないが、私はそれを感じていた。 綾香お嬢様を、心の隅では親友と思っていた。

 だったら、もう私はその罪に身をゆだねるべきだ。

 人間と対等になることも、恋愛感情を持つことも、全て、私は認めるべきだ。

 それだけの価値が、今まで私達が築いてきたものにはあるはずだ。

 

 私達が。

 

 ピンポーン

 玄関でチャイムが鳴る。おそらく、長瀬主任と綾香お嬢様であろう。

 浩之さんの言うように決着がつくかどうかは分からない。でも、私はそれを信じよう。

 私のために。

 セリオの胸は、それでも痛んだ。だから、セリオはまた確認するように心の中でつぶやいた。

 

 私の……ために。

 

続く

 

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