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銀色の処女(シルバーメイデン)

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「……それは、本当かい?」

 長瀬は、浩之の言葉を明らかに疑っている口調であった。それもそうだろう、今まで自分達が 寝る間もおしんで実験を何度も繰り返してきてわからなかったものが、単なるペーペーの素人に わかるわけがない。それは技術者としての誇りでもあった。

 そんな簡単にわかるものなら、もう解決しているにきまっている。長瀬の険しい表情がそう 物語っていたが、浩之は自分の考えが間違っているとは思っていなかった。

「おっさん達研究者はそれについてほとんど完璧に研究しつくしたんだろ?」

「ええ、したよ。それこそ法にふれるのではないかってぐらいのことまでね」

 来栖川グループの総力をあげた研究となれば、かけたお金の金額も、時間もかなりものとなる はずだ。

 それに、長瀬のおっさんが自信を持っているのもわかる。確かに、見逃しはないだろうな。 このおっさんはぱっとはしないが、メイドロボに関してはプロのはずだ。

 だが、それはメイドロボに関しての場合だ。

 浩之は、この長瀬主任の、そして研究に携わった人達の限界を見たような気がした。所詮、彼ら はメイドロボの技術者として一流なだけなのだ。いや、もちろんそれでもすごいことなのだが。

「じゃあ、その病気にかかった人間の方は調査したのか?」

「もちろんだ。そこは私の専門分野ではないから詳しいことは知らないが、病状はもちろん、 実験に協力した人物の性格、行動パターン、性癖まで完璧に調査しているはずだ」

 その実験に関しては、プライバシーなど二の次のようだ。それだけ、研究者達は必死だったの だろう。

「メイドロボを愛した、という点以外での一致したところは一つも見つからなかった。もちろん メイドロボを愛さなければいいという考えもあるが、人間の感情はそううまく動いてはくれない からねえ」

 長瀬本人は自分をかんがみてそう言っているのであろう。長瀬にとってセリオやマルチは娘なの だから。誰が恋人にしていけないと口にできようか。

「結局、それについては私達研究員はお手上げだ。今も研究は続いているが……藤田君はその原因が わかったというのかい?」

「ああ、わかった。おっさんの話を聞いててよけい確信を持ったよ」

「それはどんなことだい?」

 長瀬も、話を続けていく内に落ちついてきた。そして落ちつけば当然浩之の言葉が的を射ている とは思えなかった。ここでは、もしかしたら参考になるかもしれないと思った程度のことなのだ。

「素人の君がどれだけメイドロボのことを分かっているのかはわからないが、もしかして君なら 有益なことを言ってくれるかもしれないしねえ」

 その言葉にむっとしたのは浩之ではなく綾香だった。綾香にしてみれば、何か問題があって、 それを浩之が解決するのはむしろ普通のことだったのだ。それを分かっていないような長瀬にこそ、 綾香はいらだちを覚えるのだった。

「……俺は素人だ。メイドロボのことはあんまり分からない。だが、一つだけ わかっていることがあるぜ」

 浩之は、長瀬にずっと反論したかった言葉を言った。

「メイドロボには、『心』がある」

 長瀬はため息をついた。

「セリオ、藤田君にちゃんと説明したのかい?」

「はい、しました。それでも、今は私は浩之さんの言葉の方が正しいように思えます」

 セリオだってその浩之の言葉を完全に理解しているわけではない。それどころか、全面的に 信じてもいない。だが、セリオはどうせ信じるのなら浩之の方を信じたかった。そして、 浩之はそれだけの信頼に足ると今でも思えた。

「『心』というのは人間とメイドロボの差です。もちろん、普通の方にはなるべくそんな差など 分からないように私達がプログラムを設計していますが……」

「『心』がメイドロボと人間の差だって言うのなら……」

 続きは、綾香にとっては当然のことで、セリオにとってはやはり認めたくないことで、そして 長瀬にとってはある意味理想だった。

「『心』がないのは、人間の方だ」

 人間と同じではない、人間を完全に越せる者を作る。それがメイドロボを創るものにとっては 多少の差はありながらも理想とすることだ。だが、それはどうしてもかなえられることはない。何故 なら創られた者が、創る本人達を超えることは不可能だからだ。

 それは、語る前から真理のはずだった。だが、それでさえ浩之の言葉の前には紙切れ 同然なのだ。

 浩之は、そんな研究者達の限界という言葉を、いとも簡単に否定してみせたのだ。

「それは……単なる理想論にすぎないんだよ、藤田君」

「おっさん達研究者から見たらそれは理想なのかもな。まあ、誰も全部が全部メイドロボが 優れてるっていってるわけじゃねーよ。必ず優れている面は一つだけだ」

 そのたった一つの面が、今までの問題を引き起こしてきたと言ってもいい。

 つまり。

「メイドロボは、必ず『人を幸せにしたい』という欲求に基づいて動いているんだ」

 人のために、という行動が、このさい正しいかどうかは問題ではない。ただ、その一点を、 メイドロボ達はどうしても譲らないのだ。

「その一点だけ、メイドロボ達は人間から見れば不自然なほど『人間らしい』」

「……その部分は人間の方が劣っているというわけか」

「ああ、しかしまあ、それは行動の原点を言葉にしただけだ。だが、どうも研究者のやつらは おっさんも含めてそれを理解してないみたいだな」

 長瀬は、それを自分では理解していると思っていた。今まで自分が作り上げてきたものだ。 意識して、そういうものを作ろうとしたことはなかったが、そうなればいいとはいつも思っていた。

 そしてその結果生まれたものは、長瀬にとって納得のいくものであったはずだ。

メイドロボは、人間を幸せにするために存在している。それを、彼女達は一言も口にせずに実行 しているのだ。

「人間はメイドロボに劣っているんだよ」

 セリオは、体を硬くした。例え浩之に何度言われても、その言葉はセリオにはきつかった。セリオ にとって、そして全てのメイドロボにとって、人間こそが優先される、一番のものであるのだから。

「おっさんは、人間とメイドロボには差があると言ってたな」

「……より近いものを私達は作ろうとはしていたがね」

「あいにくとな、それは無理なんだよ。メイドロボはいくらうまく作っても、それに人間がついて いってないんだからな」

 やはり、研究員達は理解していなかった。いや、それを思いつくことがないのだ、どうやっても。 それが人間にとっての当然なのだから。

 人間にとって、メイドロボとは道具の一つでしかないのだ。どう言っていても、心の奥底では、 そうとしか考えていないのだ。

 だから、長瀬も、他の研究員も気がつかなかった。

「『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』に関して、メイドロボ達には少しも 原因はない。その原因は人間にあるんだ!」

 

続く

 

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