作品選択に戻る

銀色の処女(シルバーメイデン)

44

 

「『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』に関して、メイドロボ達には少しも 原因はない。その原因は人間にあるんだ!」

 浩之の出した結論は、長瀬にとってはそんなに変わりばえのある答えではなかった。

 むしろ、ありうる話なのではと思ったほどだ。ただし、それが的を射ているかどうかは別だ。

「言ったように、鋼鉄病にかかったメイドロボの主人達に共通性は見つけれなかった。人間の方に 原因があるとしたらおかしな話だと思わないかい?」

「いや、一つだけ全員一致することがあるんだよ」

「……それは何だい?」

 長瀬ももちろんその可能性を一度も考えなかったわけではない。鋼鉄病におかされた主人達の 一貫性を探そうとした研究も確かに行われた。しかし、そこに一貫性はなかった。ただ、メイドロボを、 それ個人として愛しただけ。何かの代償としての場合には鋼鉄病にかかる可能性は激減したようでは あるが、解決策にまではいたらなかった。

「他に一貫性と言えばせいぜい性別が全員男だったということぐらいか。メイドロボは基本的には 女性型だからね」

「いや、きっと男性型のメイドロボを作っても、同じことが起こるだろうな」

 浩之はすぐに唯一の一貫性を否定した。これで主人達の一貫性は全部なくなってしまった。

「では、何が原因なんだい? もう鋼鉄病にかかった主人達に一致するところはないよ」

「あるじゃねーか、大前提が」

 そう、全ての前提。だからこそ、今まで誰も気付かなかった。

「全員人間だ」

「……藤田君、君は、当たり前のことを言っているが、それが理由になるとはどうも……」

 浩之が何を言いたいのか、綾香でさえ分からなかったのだ。わかっていたのは、浩之と、その 言葉を苦しく思うセリオだけだった。

「言っただろ、人間は、メイドロボに劣っている。それが理由だ」

「……」

 浩之の説明は的を射ていなかった。少なくとも、意味の分からない者を納得させることができる ほど分かりやすくはなかった。

 しかし、それは浩之の予測する範疇のことであった。何故なら、その考え自体が、人間にとっては 不可解で、不快なものなのだから。

「人間は、メイドロボを愛して、メイドロボを一人の人格として理解したとき、それに気付くん だろうな。そして、どうしようもない劣等感に苛まれる」

「劣等感……」

「そう、劣等感だ。メイドロボに劣る、自分にな。人間にとっては、メイドロボと対等な 立場に自分が立ってやったという気持ちなんだろうが、そうじゃない。人は、メイドロボを人格と 認めたときに、初めて気が付くんだ。いや、気付いてさえいないのかもしれないな。メイドロボより、 はるかに自分の方が劣っていることに」

 浩之の考えは独創的であって、さらに新しく発見された正しい理論というのが常に常識を くつがえすものだとしても、それでもまだよく言って大嘘の粋を出るものではなかった。

 人間が、メイドロボに劣等感を抱く、か。

 長瀬はどこか心の奥で笑おうとして、そして失敗した。

「いや、実に面白い考えだね、藤田君」

「……ああ、俺も変な話してると自分で思うものな。だが、おかしな話じゃない」

「……」

 おかしな話ではある。それはそうだが、しかし、今までの形だけの理論に比べれば、それは 正しいように思えてしまうのだ。

 正直なところ、劣等感という言葉はたまたま浩之の口を伝わって出た言葉で、浩之は本当に それが理由だとは思っていなかった。しかし、人間がメイドロボに劣っている、それは大きく 関係していることだろうだけは確信があった。

「結局、人間はメイドロボを見下してるんだよ。自分達が作った道具に過ぎないってね。だから、 誰も気がつかなかった。俺が気がついたのは簡単な話だ。たまたま俺の近くにいたメイドロボ達が 何度も人より優れていることを見せてくれたからに過ぎないしな」

 はっきりそう口にしている浩之でさえ、心の奥底ではメイドロボを見下していないとは言い切れ ないのだ。セリオを愛すると自分に言い聞かせた後でも。

 自分がメイドロボを見下しているという自覚を持ったとき、浩之よりも、おそらく綾香や、 そして長瀬のショックはかなり大きいことも分かっていた。

「私は、セリオを見下してるの?」

 綾香の初めて聞く心から狼狽した声に、浩之はただ無常でも言ってやるしかなかった。

「ああ、そうだ。俺や綾香が正常な人間であるかぎりな」

「そんな、だって、私セリオのことを親友だって思ってるのよ?」

 その綾香の言葉には嘘偽りはなかろう。だが……

「俺だって……俺だって、セリオを愛してる」

 綾香がまるで凍りついたように黙る。

 セリオを見下していないとは、浩之も言えないのだ。自分は、やはり人間なのだから。

 浩之は自分の言葉が、どれだけ綾香を傷つけたのかを理解しているつもりで、その実まったく 理解していなかった。

 そっか……やっぱセリオを愛したんだ。

 綾香は、半ばあきらめぎみに力を無くした表情で考えていた。

 結局、私には戦う機会さえなかったってわけかな……そうよね、セリオが人間より優れているん なら、浩之がそっちを選ぶぐらい当然……

 だって、私は、セリオのことを見下してたんだもん。浩之を取りあいする権利なんてないか……

 涙が出そうだった、いいことなんて一つもなかった。このまま、セリオを救えたとしても、 誰も救われないような気がした。

 もう死んでしまいたいようなショックを受ける綾香だが、もう一人、やはり死にたいほどショック を受けている人物がいるのだ。

「まさか……私は自分の娘達を見下して……?」

 メイドロボの開発に命をささげてきた男、長瀬。彼にとっては、今までやってきたことを全て 否定された気分だった。

 人気の高い来栖川のメイドロボは、ほとんどこの男が開発してきたと言ってもいい。それだけに、 長瀬には自負もある。メイドロボを愛したからこそ、ここまで来れたと。

 しかし、浩之の頭から出た結論は、それを全部ひっくり返すものだった。

 自分がメイドロボを愛しているつもりで、本当は少しも対等に見ていなかったのではないか。

 もし、自分がメイドロボを人間と対等に、いや、それ以上に見ていれば、浩之の言った結論に たどり着くことも可能だったはずだ。

 だが、それができなかったことが、自分の醜態をさらけ出す理由となった。

「自分では、メイドロボを人間以上だと思っていたのだが……それもどうも綺麗事だったみたい だね。今まで送り出したみなに申し訳がないな……」

 今まで送り出した自分の娘達を集めて、謝りたかった。父は、お前達を正しく見てやれなかった と、こんな父を許してくれと。

「俺がおっさんを呼んだのは何もその態度を改めてくれって言いたかったわけじゃない。もし病気の 理由がそれなら、おっさんの手でそれを解決できないのか?」

 それぐらいは研究者達に期待してもよいと浩之は思っていた。理由さえわかれば、何とかするので はと、心の底からではないにしろ、期待ぐらいはしていた。

 しかし、長瀬の言葉は明確で、そして期待を大きく外れた。

「無理だ。藤田君が言った理由だった場合、解決策はない」

「何かあるだろ?」

 長瀬の返事があまりにも早かったので、浩之は長瀬に食い下がった。しかし、長瀬は首を横に ふった。

「もし本当にメイドロボの方が優れていた場合、いや、人間にどんなことにしろ原因があった場合、 私達研究者は何もできないよ。藤田君は、何かいい案があるとでも言うのかい?」

「……」

 それは、死に物狂いで娘を幸せにしようと考えている父親の言葉であったもので、それを覆す には浩之は言葉を知らなかった。

 浩之にも、それを具体的に解決する案などなかった。それも当然のこと、浩之はその理由という ものに、ほとんど感性で近づいたにすぎないのだ。

 浩之はそれでも、長瀬に食い下がろうと口を開こうとした。理論的な考えなどどうでもよく、 そのときの浩之は感情で動いていたのだ。

 しかし、それよりもセリオが意見をまとめ、口を開く方が早かった。

 そして、メイドロボ達は誰しも、人間よりも優れていた。

 人間よりも、正しくはなくても、優しかった。

 それが、彼女達がその拷問にも似た因果から離れられない理由でもあった。

「浩之さん」

 セリオは、いつもの口調で、いつもの無表情で、いつも通りに浩之の目を見て言った。

 今その手から大切なものが零れ落ちそうなときに、彼女達はその手で他人の手のすきまを うめようとするのだ。

「やはり、私は研究所へ帰ります」

 自分の手から、大切なものが零れ落ちたとしても。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む