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銀色の処女(シルバーメイデン)

46

 

「……分かった、セリオ。研究所に帰ってもいいぜ」

 セリオは悲しいぐらいにほっとした。

 メイドロボは、どうしようもない場面になれば、その原因が自分にあればそれを消すことも可能 なのだ、自分の存在を消すという方法で。

 しかし、メイドロボには自殺はできない。自己防衛プログラムが働き、外部からのダメージなら ともかく、自分では自分を肉体的に傷つけることはできない。それができるのは唯一、人間を守る ときだけだ。

「ありがとうございます」

 それはきっと永遠の決別、それでも、ここではセリオは浩之のやさしさに感謝した。セリオが 傷つくことを、浩之は嫌がったのだ。自分が傷つくことをまったく恐れない浩之なのにおかしな話 かもしれないが、セリオには好都合だった。

 しかし、浩之のその言葉に、納得できなかったものもいた。

「何でよ、浩之。どうしてすぐあきらめるのよ!」

 綾香は、納得できなかった。それが決別を意味し、浩之がまた一人となり、しかも傷ついた心を 持つという狙うには最高の状態になることをちゃんと分かっていても、綾香はそう言わずにはおれな かった。

 綾香は、今の浩之の考え方とは違った。必要なら、自分も、そして相手を傷つけても欲しいもの は手に入れる。それが、今まで綾香の行ってきた行動の原点だ。

 強者の言葉であるのは知っていた。だからこそ、メイドロボに劣るだろうことも分かっていた。 しかし、綾香には、友人と自分の愛する人が簡単に離れることを納得できなかった。

 綾香は、浩之のことも、セリオのことも好きなのだ。自分の力ならまだしも、そんなわけの 分からない病気で2人の仲が引き裂かれるのは耐えれなかった。

「浩之、あんた、いつものあきらめの悪さはどこ行ったのよ!」

「……」

 浩之は答えない。彼は、メイドロボではないので話相手から目をそらすこともできる。それでも、 綾香の目を見ながら、そらすことはない。

「セリオもセリオよ。どうして……」

 綾香の言うことはある意味正しいことを、セリオも知っていた。しかし、ここでその正しさを 認めるわけにはいかないのだ。

 これ以上粘られれば、もしかしたら浩之さんもあきらめきれなくなるかもしれない。そうなれば、 もう別れることはできなくなってしまう。

 どこか、一緒にいることを望んでいる自分がいることをセリオは自覚していたが、セリオにも 優先順位というものがあった。問題が解決しない以上、セリオは別れるしかないのだ。

「……私は、浩之さんの、人間の方の苦しむ姿に耐えれません」

 血のにじむような言葉。

 その一言一言が、セリオを心を苦しめる。しかし、こうでも言わないと綾香は納得してはくれない であろう。

「……つまり、セリオは自分のために浩之を捨てるのね」

 綾香の厳しい言葉。その通りなのだ、その通りと思ってくれるのが一番うれしい。作戦は成功 している。でも、セリオは自分のプログラムがショートしてしまうかと思った。

 それだけ、メイドロボにとっては痛い言葉だった。

「はい」

 この返事が、完全な決別になるだろう。綾香お嬢様との決別にもなる。でも、それでも、ここは こう言うことしかできないのです。許してくれとはいいません。

 でも、私のことは忘れてください。

 メイドロボ達で、単なる作り物の私達のことで苦しむ必要なんて、どこにもありません。私の ことは、忘れてください。

 人間であるあなた方には、それができるはずです。

 セリオは、厳しい表情の綾香から、やはり目をそらさなかった。こうなれば自分に表情がない のが嬉しくさえある。

 もし、今マルチさんのように感情を表に出していたら、私はきっと泣いてしまっていますから。 それでは、浩之さんが納得してくれなかったかもしれません。

「……」

 綾香は、目をそらさなかった。しかし、それはそらさないだけで、もう瞳には力はなかった。 セリオは自分の最後の言葉が、綾香を納得はさせなかったが、あきらめさせることには成功したのだと 思った。

 これでいい。これでいいのです。人間の方は私達のことを忘れられる。どんなに悲しい出来事でも、 時間というものがゆっくりと消し去ってくれる。

 私達は、人間の方にやさしくされたことや、一緒に過ごしたことは忘れません。実に苦しいこと かもしれませんが、幸福なことかもしれません。

 幸せな時間を、永遠に忘れることはないのですから。

 だから、ありがとうございました。浩之さん、綾香さん。長瀬主任、いえ、私のお父様には、 もうしばらく迷惑をかけるかもしれません。

 そして、申し訳ありませんでした。私のせいで、心を乱してしまって。

 さようなら、私の、大切な人達。きっと私が人間として生をもらっていたとしても、お二人とは 仲良くなれていたかもしれません。

「申し訳ありません、浩之さん、綾香お嬢様。ごめいわくをおかけしまして」

 本当は言うべきではないのかもしれないが、これぐらいのことならごまかすこともできると思った。

「……ううん、いいの、セリオ。私もごめんね」

 綾香は、完全にあきらめたのか、そう言って視線を下に落した。

「浩之さん、申し訳ありませんでした」

 浩之は、何も答えない。目も合わせようともしない。むしろ、これが正常な行動なのだ。今から 自分を見捨てるメイドロボに、何で声をかける必要があろうか。

 セリオは、2人に背を向けた。

「長瀬主任、研究所に、帰りましょう」

「……ああ、分かった」

 長瀬主任は、何も言わずに、セリオの背中を押してくれた。それは、セリオにとっては、何よりの 支えだった。自分一人では、ここから出ることは不可能に近いと思えた。

 綾香お嬢様には、ここにいてもらおう。そうすれば、きっと一番最初に、浩之さんがなぐさめて くれるだろうし、もし綾香お嬢様のほうが立ち直りが早くても、綾香お嬢様が浩之さんをなぐさめて くれる。

 浩之と綾香がこれをきっかけにうまくいったとしても、セリオには嫉妬はなかった。まだ自分が 浩之のことをあきらめきれていないのは分かっていたが、セリオには嫉妬しない。人間の方と人間の 方が一緒になることの方が、自然であるのだ。

 そして、その中に、メイドロボがいる。それがメイドロボにとっての一番の理想なのだ。

 やはり、人間の方を、自分と同格に見て愛するのはおかしなことなのだ。

 がんばってください、綾香お嬢様。そして、できることなら……

 セリオが、初めて自分のために考えた、おそらく最後であるはずの願いだった。

 できることなら、私を、そのときメイドロボとして使ってください。

 部屋の扉は閉められた。

 

続く

 

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