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銀色の処女(シルバーメイデン)

47

 

 セリオと長瀬は何も会話を交わすことなく車に乗りこんだ。

 バタンッ

 車のドアをしめる音が、嫌に大きく静寂の夜に響く。

 長瀬は、車にキーをさしこみ、そこで動きを止め、助手席に座っているセリオの方を見ずに 話しかけた。

「セリオ、本当にいいのかい?」

「……」

 セリオは、すぐには返事ができなかった。本当にいいのかと聞かれれば、「はい」と答えるしか 選択肢がなくても途惑ってしまう。

 セリオは、帰りたくない。研究所はもちろん悪くないところだが、セリオは、浩之のお世話をして 暮らしていたかった。

 しかし、そのかすかな希望さえ、セリオは切り捨てなくてはいけないのだ。

「はい」

 30秒近くも黙っていたが、セリオはそうはっきりと答えた。

「かまいません、長瀬主任。車を出してください」

 それが決別を回避する最後の時間であっても、セリオはそんなものにすがるために苦しんだの ではない。

 決別するために、苦しんだのだ。

 そして、いっそのこと浩之や綾香には自分のことを憎んで、いや、忘れてほしかった。

 自分は覚えているのに、それを不公平だという感情はセリオにはない。彼らは人間であり、 忘れることができる。セリオはメイドロボであれ、覚えていることができる。その差だ。

 長瀬は、大きくため息をついた。

「私は、今ここからでもセリオがひき返してくれることを祈ってる」

「……」

 長瀬の言葉は、命令ではなかった。だからセリオは心を乱すしかなかった。

「……どうしてですか?」

「それはセリオ、自分の娘の幸せを祈らない親はいないだろう。いや、自分の娘を手放したくない という親もいるだろうけどね。私はガンコ親父ってわけじゃないから」

「しかし、あそこにしても私は幸せにはなれません。そして、それは浩之さんも、綾香お嬢様も 同じであると思います」

「……いや、セリオ。私の前でまで嘘をつく必要はないよ」

「……嘘をついた記憶はありません」

 それこそ嘘だった。そして、長瀬はもうセリオが嘘をつけることを知っている。彼は、メイドロボ を新しい観点から見ることを意識さえすればそれなりの結果は出せる男なのだ。それだけメイドロボの ことを愛してきた男なのだから。

「確かに、綾香お嬢様はどうも藤田君のことが好きなみたいだから、セリオがいれば邪魔にはなる だろうが、今ここで帰るよりも何倍も幸せにはなれると思うよ」

「……」

「セリオ、人間は、忘れることができると思っているね?」

「はい、それが人間の方の強さです。私達には、できないことです」

 長瀬は、セリオの人間観をかなり正確にいぬいていた。娘の気持ちがわからない親ではないのだ、 この長瀬という男は。

「無理だよ。人間には、忘れることはできない。確かに、少しずづ印象は薄れていく。それでも、 完全には消えないんだよ。その悲しい部分だけ、抜き出すようにふいに思い出したりしてしまう。 そして、急に泣き出すかもしれない。気分が鬱になって何もできなくなってしまうかもしれない。 それは、一種の精神病だよ」

 長瀬の言わんとしていることはこうだった。もう、セリオは浩之と綾香に鋼鉄病と同じだけの 被害を与えているというのだ。

「……それを知って、私が帰るのを止めるとお思いですか?」

「……無理だろうね、私の娘は、どれも意地っぱりだ。今まではマルチが一番意地をはっていると 思ったが、どうしてなかなか、セリオもやはり意地っぱりのようだな」

「意地をはっているつもりはありません」

 これは、セリオにとってどうしても譲れない部分を優先させただけにすぎない。そして、セリオ には分かるのだ。浩之と綾香の2人なら、自分のことを忘れることも可能なぐらいに強いということを。 多分、人間の中でもかなり上の部類に入ることを。

「確かに、藤田君や綾香お嬢様は強い人間だ。しかし、彼らはきっとセリオのことを忘れようと しないだろう」

「何故です、私はお2人をこんなに苦しめたのに」

「きまっているさ、2人はセリオのことが好きだからね」

「……」

 ここでもし泣けることができたとして、私が泣いたら、お2人はそれで許してくれるだろうか?

 セリオは、そんなことは考えなかった。今自分が決別しようとしているのは、2人の幸せのため であり、それは少なくとも自分がここに残るよりは大きな幸せになるはずだ。

 違う、幸せにはなれないかもしれない。しかし、不幸はこれ以上大きくならない。

「私も、お2人のことは好きです。メイドロボがこんなことを言ってもいいのか分かりませんが、 浩之さんのことを愛してさえいます。ですが、私はいても、お2人を不幸にする。もちろんお2人なら それでもいいと言うかもしれませんが、私はそれを分かっているのに一緒にいることはできません」

 例えどんなに説得されても、セリオは折れる気はなかった。だからこそ長瀬は意地っぱりと呼ぶ のかもしれない。

「やはり意地っぱりだな、セリオは」

「……はい、そうかもしれません」

 ここで自分が帰ることが、何も解決を生まないのではないかという考えも、セリオの中には ちゃんとある。しかし、それを飲みこむのは、言葉通り、セリオは意地っ張りだった。

 それでは、自分は何もできないではないか。自分ができる一番の方法、それを取るぐらいしか、 セリオにはやることがないのだ。

 他人が解決してくれる、というものは、セリオの望むところではない。自分が動かなければ、 自分が役にたたなければ、メイドロボとしてそこに存在する必要さえないのだ。

「じゃあ、こうしよう。後30分だけ、ここにとどまろう。それでもし藤田君が出てきたなら、 一応説得を聞いてみるというのは」

「その行動に理由がありません」

「……あるよ、大ありだ」

 長瀬はそう言うとキーを抜いて自分のポケットに入れた。

「これから30分。私が時間をはかる」

「やめてください、長瀬主任。早く、車を出してください」

「セリオ、メイドロボが人間に命令できると思っているのかい?」

「……お願いします」

「だめだ、30分間、ここで待ってもらう」

 長瀬はそう言うと、身体を深く沈めた。

「さて、30分の間、ゆっくり話でもしておこうか。父と娘の会話を増やすことは悪いことでは ないだろう?」

「……」

 セリオは、ただじっと長瀬を見て、長瀬の心意をはかっていた。

 

続く

 

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