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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 痛々しいまでに、心の肩をはって、浩之の姿、言葉に動かされないようにしているセリオは、 この決戦になってもやはり痛々しいままだった。

 そんなセリオを見ていると、浩之は決心を固めていなくても、助けたいと思うのだ。

 助けたい。

 とてもおかしな話だ。好きな相手と一緒にいたいではなく、好きな相手を助けたいなど。

 助ける、助けないなどというものが、単なる自分のエゴだということは浩之にも分かっている。 しかし、そのエゴを、セリオまで持つ必要はないではないか。

 しかし、どちらもそのエゴを折る気がない以上、セリオと浩之は何度会っても、何度話しても 何の結果も得れないのだ。

 無駄な舞台に自分が立っていることを、浩之は確認せざるおえなかった。

 そしてその無駄な舞台に、綾香に少しは押されたしたものの、浩之自身が望んで来たのだ。

 どうにかできるなど、これっぽっちも信じてないくせに、足だけはいつものようにこの場に、 このどうしようもない場に向かうのだ。

 これこそが、自分の業というものなのか?

「セリオ」

 ためしに、彼女の名前を呼んでみる。彼女は、表情には何も出さず、ただ返事をできずに 固まっているだけだった。

「セリオ、俺は……」

 俺は、セリオを助けに来たのか?

 自分を見失いそうになりながら、浩之もセリオと同じように出口を探していた。

 何故ここに自分がいて、今セリオと話しているのか。

 何をしても無駄だと分かりつつも、どうしてこの場にいるのか。

 よく考える間でもないのだ、セリオを助けたいからここにいるのは、明白なのだから。

 助けるためにはどうすればいい?

 具体的な案など、まったくない。それはいつものことだ。自分が計画的に動いていると言う 人がいたら教えてほしいものだ。

 いつだって、いつだってそうだった。今まで、自分が何かちゃんと計画して実行したものなんて ない。小学校の夏休みの宿題から、人生の大きな選択まで。

 今からする選択は、きっと人生で最大の選択になる。だが、俺はそれをよく考えてきめる必要 はどこにもない。

 いつだって、最後の行動は瞬発的なものなのだ。そして浩之の心の瞬発力は、身体の瞬発力より も才能に恵まれている。

 

「一緒にいよう、セリオ」

 

 心の瞬発力は、無理や無茶は平気で飛び越えるし、浩之のこだわりも、結局平気な顔をしてぶち 壊してくれるのだ。

「……はっ……」

 セリオは、絶句した。メイドロボが絶句するなどということがあるのかどうか分からないが、 確かに浩之の目の前でセリオは絶句していた。

 予想できた言葉ではある。しかし、予想することは不可能な言葉だった。

 混乱しているのは、セリオだけではないのだ。浩之にとっても、それは予測だにしなかった 言葉であったのだから。

 浩之は、セリオが苦しむ姿など見たくはなかった。だから、引きとめることができなかった のだ。セリオを引きとめれば、自分が傷つく。その自分の姿を見て、セリオが傷つく。そしてまた 傷ついたセリオを見て、浩之も傷つく。

 倍々に広がっていく傷だ。そんな傷を、浩之本人が許せるわけがない。自分だけならまだしも、 セリオも道連れにするようなことは、浩之にはできない。

 できないはずであった。

 それは何の解決策にもならない言葉だ。むしろ物事を悪い方向に持っていく可能性も高い。

 そんなことを全部理解した上で、浩之はそれを口にしたわけではないのだ。

 それこそ、心の瞬発力がなせた技。

 こうすればうまく行くとか、これをしたら損をするとか、これは自分のポリシーに反するとか、 そんなことが全部頭の中から抜けてしまう一瞬があるのだ。

 しかし、浩之はいつもそうやって今までやってきたのだ。

 後からどんなに自分が後悔するとしても、今ここでとっさに出た言葉の方が、何倍も大事な はずだ。

 その喉の奥にひっかかっていたのかさえ分からないようなものでも、言葉に出してしまえば、 それは力を持つ。

 そうか、俺は、セリオと一緒にいたかったのか。

 分かり切っていることでも、言ってみないと、本当に自分がそれを望んでいるのかまでは分から ないものなのかも知れない。

 浩之の中で、その思いは重い体を持ち上げた。

 とっさに出た言葉は、どうしても今まで言えなかった言葉だった。だが、言ってしまったからには その言葉を現実のものとするために、全力をつくさなくてはいけない。

 でなければ、今から傷ついていく道を選ぶ必要などこれっぽっちもないではないか。

「セリオ、行かないでくれ」

「浩之……さん」

 彼女は美しい銀色の処女(シルバーメイデン)。彼女の中に包まれたなら、その中に生える棘に 身体を貫かれるだろう。そして、血を流すだろう。

 その血は彼女の空洞の瞳から、涙となって流れる。彼女の悲しみの涙は、いつか抱きしめている 者の命さえ奪うかもしれない。

 そして彼女は残される。中に抱かれた者のように、死ぬことさえ許されずに、ただその死体を 中にかかえたまま、ずっと生き続ける。

 そんな風に彼女をしたくなかった。例え自分の身は滅びようとも、彼女を悲しませるなんて ことはしたくなかった。

 それが自分の唯一のわがままだと思っていた。セリオが、メイドロボが人の役にたちたいのと 同じぐらい、浩之はこまっている人を助けたい。いつのころからか、意識はなくても、自分がそう 動いているなということは分かっていた。

 今の今までは、傷つけない方をずっと選んできて、今回もそれを選ぶはずだったのだ。

 しかし、その禁を、浩之は一瞬で破っていた。

 破れた部分から流れる思いは、ずぐに勢いをまして、浩之を押し流す。

 今浩之を動かしているのは一つの思い。

 もうその間に決心はついていた。

 セリオと一緒に傷ついていこう。それが、俺がセリオを救える唯一の方法だ。

 いや、助けられなくても仕方ない。しかし、ここでセリオを帰すわけにはいかない。俺の心は、 それを選ばなかった。

「セリオ、一緒にいよう」

 

続く

 

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