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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 寝覚めの悪い朝と言うものはどこにでもあることだ。

 あかりが、寝覚めの悪い朝を迎えても、それは別段変わったことではない。

 ぼうっとする目覚めたとき特有の倦怠感を感じながら、あかりは天井を見ていた。

 気持ちの悪い朝だった。意識ははっきりしないし、体もだるい。それに、汗でべたつくパジャマ は、非常に気持ち悪かった。

 汗でべっとりとしめったパジャマを気持ち悪そうにつまみながら、あかりはベットから 体を起こした。

 時計を見ると、まだいつもの起きる時間よりも1時間ばかり早い。

 ……シャワーでも浴びよう。

 あかりはそう思いながら一階に下りた。台所ではひかりがお弁当と朝食を作っていたので、あかりは 声をかけた。

「おはよう、おかあさん」

「あら、あかり。今日は早いのね」

 あかりは早起きと言うよりは、いつも決まった時間に起きると言う方が正しい生活を送っている。 だから、何もないのにこんな時間に起きることはめずらしいのだ。

「うん、汗かいて早く起きちゃった」

「そう、私はてっきり今日は自分でお弁当を作るのかと思ったわ」

「それなら前日に言うよ」

「そうよね。何、汗かいたの? だったら時間もあることだし、シャワーでもあびてきなさい。 せっかく朝は浩之ちゃんに会うんだから汗臭いままでは行けないでしょ」

「うん、そうする」

 ひかりの冷やかしにもこれと言って動じた風もなく、あかりはそれだけ言うとお風呂場に 向かった。ひかりは、少し首をかしげたが、朝食の用意を続けた。

 あかりは脱衣所で汗ばんだパジャマを脱いだ。それをカゴの中に入れる。

 バサッと少し重い音をたててパジャマはカゴの中に入った。あかりが思うよりも多くの汗を かいていたらしい。

 あかりは、べたつく体を少しでも早く洗い流そうと、お風呂場に入り、蛇口をひねって シャワーの温度を調節する。

 少しぬるめのシャワーを頭から浴びながら、あかりはその夢のことを思い出そうとしていた。

 また悪夢を見たのだろうか?

 元来、あかりは悪夢など見るたちではない。むしろ、夢自体をそんなに見ない。もしかしたら 見ているのかもしれないが、あかりの記憶にはほとんどない。

 今日見た夢は、悪夢だったのだろうか?

 実は、それすらよく分からないのだ。分かっているのは、極端に寝覚めが悪かったということ だけだ。

 汗をかいたと言っても、別に暑いような時期でもない。汗をかくとしたら、悪夢にうなされた と考えるのが妥当だ。

 でなかったら、このシャワーを浴びて流してしまいたい気持ち悪さは何だ。ただ体が汗を かいているから気持ち悪いとか、そういうレベルではない気持ち悪さだ。

 まるで、体の芯から吹き出してくるような気持ち悪さ。

 頭がズキズキしてくるような感覚だ。これは、ただ暑かった程度でなるようなものではない。

 やっぱり、悪夢を見たのかな?

 あかりには、悪夢を見るあてがあるのだ。

 変な話に聞こえるが、寝る前に気になることがあれば、悪夢を見ても不思議ではない。 そして、その可能性は非常に高いような気がした。

 気になること、それは浩之のことに他ならなかったからだ。

 昨日、あかりは浩之の言葉に従って家に帰った。もちろん何があったとしても、浩之にそう 言われた以上は帰らなくてはいけないが、あのとき、あかりは少なくともセリオは自分の障害には ならないと判断したのだ。

 あの『シルバー』のようなどう見てもまがいものに、浩之は心動かされることはないことぐらい、 あかりにも十分分かってはいた。

 しかし、それでも昨日の夜はなかなか寝つけなかったのだ。それはセリオがどうとか、 『シルバー』がどうとか言う問題ではなかった。

 女のカンとでも言おうか、あかりはどうしても落ちつかなかったのだ。

 あかりは嫉妬というものにはあまり縁がないが、浩之が他の女の子と付き合いだしたときに、 それを嫉妬しない自信はなかった。それが証拠に、セリオが浩之にお弁当を作っただけで、あんなに 心を乱された。

 今日早く起きてしまったのも、なるべく早く浩之に会って、この不安を打ち消したいからかも しれない。

 その胸のもやもやを、あかりは信じていなかった。女のカンなどという不確かなものに振りまわ されるようなあかりではないのだ。

 そういう意味では、あかりは現実主義者だ。自分が見たものしか、自分の体験したことしか、 そして自分の信じるものしか信じない。

 生暖かいシャワーのお湯が、ザーザーと音を流しながら、あかりの頭にあたっていた。汗を 流してくれるはずのその流れさえ、今のあかりには心地よくは感じれなかった。

 痛い、痛い、痛い。

 キーンと耳鳴りが聞こえ、シャワーの音も頭の中に入ってこない。

 何でこんなに気持ち悪いんだろう?

 一抹どころではない、不安は束になってあかりの体を徘徊している。

 悪夢を見たの?

 断片的な場面でいいから思い出そうとするが、忘れた夢のことなど覚えているわけもなかった。 思い出されるのは、昨日最後に見た浩之の表情ぐらいだ。

 すごくいい顔してたよね、浩之ちゃん。

 のろけのようになことを考えながら、あかりは髪に指を通す。それだけでも頭の奥がが痛い。

 顔がいい、というのはあかりの主観からだがいつものこと。いい顔というのは、その決意だ。

 浩之ちゃんの決意した表情というのは、何であんなに凛としているのかな?

 そこでふと、あかりは思い出したのだ。浩之は、何かをあのとき決心していた。何かをしようと していた。微妙な表情だったが、今思うとそれはあかりにとってみれば一目瞭然だった。

 何故今まで気がつかなかったのだろうか?

 『シルバー』など、問題ではないのだ。ただあかりには、浩之が何かを決心し、何か行動に うつそうとしていたことが気がかりなだけなのだ。

 セリオさんを助けたい。あのとき浩之ちゃんはそう言っていた。なら……

 なら、それは浩之ちゃんにとって、私にとって、正しい行動。

 私の全部をかけても、それは正しい行動。

 浩之ちゃんが『助ける』という行動を取ったことは、絶対に正しい行動。

 だって、それが浩之ちゃんの魅力だから。

 だから、それについて私が心を乱す必要なんてどこにもない。

 そう思っても、やはり頭痛は消えない。

 大丈夫、浩之ちゃんに会えば、この頭痛も、この気持ち悪さも消える。

 そう思いながら、あかりは髪を洗おうとシャンプーに手を伸ばした。

 その瞬間、かくっとあかりの膝から力が抜けた。

 あれ?

 あかりは、まるで他人事のようにゆっくりと視界の中で動くタイルを見ていた。いや、それは タイルが動いていたわけではないのだ。あかりが動いているのだ。

 あかりは、その場に倒れた。

 

続く

 

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