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銀色の処女(シルバーメイデン)

63

 

「はぁ〜い、ヒロ〜」

 浮かれたような声をあげながら教室に入ってきた志保を見て、浩之は警戒体勢に入った。

「何だ、志保。バカ面下げて」

「なっ、このかわいい志保ちゃんを捕まえて何てこと言う……」

 志保は、教室の中をきょろきょろと見まわした。

「あれ、ヒロ。あかりは?」

 見るかぎりでは、どこにもあかりの姿がどこにもなかったので、志保は浩之に訊ねてきた。

「ん、今日は休みらしい」

「らしい……って、何よ、冷たいわね。だいたい、いつもの時間になってもあかりが来なかったん なら、普通迎えに行かない?」

 志保の非難の目にも、浩之は動じた風もなかった。

「俺が先に家を出たら迎えに行かないことになってるんだよ」

「ちょっと、それっていっつもあかりに迷惑かけてるのに、薄情じゃない?」

 志保はあまりそういうことに関しては気をきかせない方ではあるが、学校を休んだのがあかり だとなると話は違った。

 本人がどこまで自覚して、どこまで意識しているのかは分からなかったが、志保にとってあかり は親友であり、他の友達とは一線引いている部分もあるのだ。

「んなこと言ったって、俺だって……」

「俺だって何よ」

「……いや、いい。気にするな」

 浩之は一度口の中で何かもごもごと言ってから、話を濁した。

 浩之も、もちろんあかりが休んだことは気にならないわけではなかったが、それどころでは ないと言うのも本音だった。

 先生から聞いた話によると、単なる風邪と言うことだったので、そのうち治るだろうし、長引く ようならお見舞いでも何でもすればいいと思っている。

 しかし、今はセリオのことで手が一杯なのだ。今日も帰ったらすぐにセリオと研究所に向かう かもしれない。残念ながら、時間は取れそうになかった。

「まったく、こんな無神経の薄情者のどこがいいんだか……」

「何か言ったか?」

「何も言ってないわよ、この薄情者!」

 志保は半分怒った口調で、浩之に言葉をぶつけた。

 そう、こんな男のどこがいいと言うのだ。あかりも、そして自分も……

 ……そういう意味では、今日のヒロ変ね。

 あかりが病気になったと言うなら、朝に迎えに行くかどうかは別にして、一番心配するのは、 表面では志保や雅史だろうが、何と言ったところで、浩之が一番心配するはずであった。

 いや、もし休んだのが志保であっても、浩之なら心配するだろう。話題や、表情に出すか どうかは別にしても。浩之がそういうやつだと言うことを、志保は痛いほど知っている。

 しかし、今日は何故か心ここにあらずという感じだ。いつもの、どこか集中力に欠ける表情も 冴えない。

 何が目的かは別にして、志保には目的を履き違えているようにしか見えなかった。丁度、あの メイドロボのように……

「そうよ、それよ」

「どうした、いきなりわけのわからんこと言い出して。気でも狂ったか志保」

「いいから聞きなさいよ。昨日のメイドロボの話よ」

「セリオのことか?」

 今のヒロ反応は明らかにあかりのときよりあった。だったら、今ヒロの心の中を何かしら うめているのは、あのメイドロボってことになるわね。

 これが、人間らしい反応だ。

「あの『シルバー』だっけ? あれって、おかしかったわよね」

「ん……何だ、その話か。もうその話は終ったぜ」

「終ったって、決着ついたの?」

「ああ」

 志保は、ちょっと拍子抜けして、しかしもう一つの疑問にあたった。

 昨日のことは、志保にはあまり理解できてはいないが、何か浩之や綾香にとっては大事だった ようだ。それが、今日来たらもう解決したと言う。

 しかし、浩之の心はまだあのメイドロボに縛られている。

 普通なら、志保はそんなに鋭い方ではないが、昨日のこともあり、それにすぐ気がついた。

 これは……何があったのか、聞いた方がいいわよね。

 あかりの病気を何でもないと思わせるような大事だ。志保としては、好奇心ではなく、浩之や あかりの親友として、はっきりさせておかなければと思えたのだ。

 けど、この様子じゃあ何があったのかなんてヒロが素直に話してくれるわけなさそうだし……

 志保は、ほとんど策略など練らない頭で、必死に考えた。どうやれば浩之から話を聞き出せるか と。

 ……とりあえず、その話題を出してみて、それからね。

 志保の経験上では、秘密は普通に話をしていると無意識にぽろっとこぼすものだ。それが例え 浩之だろうと、例外ではないと思えた。

「解決したんならいいけど、あのメイドロボのおかしな部分分かったわよ」

「何だよ」

 よし、とりあえずあまり興味はなさそうだが乗ってきた。後は、話を続けるだけ。

「ま、この志保ちゃんにかかればすぐね」

「何言ってやがる。この鈍感娘が」

「む、その言葉、私への挑戦状と見てもいいわけね」

「ふん、そう言われたくないんなら、何が変だったのか言ってみろよ」

「いいわよ、聞いて驚かないでよ」

 志保はちょっと胸をはって言った。

「あのメイドロボのおかしなところは、意識と行動の不一致よ」

 浩之はそれを聞いて、少しだけ考えてから、答えた。

「よく不一致なんて言葉知ってたな」

「き〜っ、あんた、人をバカにしてるでしょ!」

「当然だろ。で、何でそう思うんだ?」

「ふん、簡単な話じゃない。綾香って、あのメイドロボにとって友人みたいなものなんでしょ。 それなのに、ちょっと止められただけで追うのやめるの変じゃない?」

 志保は、メイドロボとは聞いていても、まわりの反応や、セリオの態度を見て、最初からセリオ を人間として理解しようとしていたのだ。

「変じゃない。私なら、友達にあんなこと言われたら、後追うわよ。それに、その後の話だけど、 私があのメイドロボに『何か違和感あるわね』とか言ったら、それについて熱心に私に訊ねて来た のよ。普通、友達が自分のことひどく言って走り去った後に、他のことに気が回る?」

 あかりが学校休んでるって言うのに、他のことに気をまわしてる今のヒロも、私には理解できない けどね。

 喉まで出かかった言葉を、志保は少し苦労して飲みこんだ。

「なるほど……」

 浩之は、何故か志保の話を真面目に聞いていた。それにつられるように、志保も自分の考えを 口にする。

「気にしてること以外のことで行動するなんて、変だと思わない」

「まあ、あのプログラムは失敗作だって言うのは昨日もう分かったんだが……」

「失敗作って……実験中じゃなかったの?」

「実験はもう終った……らしい。まあ、あんまり詳しいことは聞かれてもわからんぞ」

 嘘だ。顔に聞かれても答えないと書いてある。

「ふーん、ま、いいわ。それより、今日はあかりのお見舞い行ってあげなさいよ」

「ん……今日は用事が入ってるから、多分無理だな」

「何よ、その用事って」

 もちろん志保には分かっていた。きっとそのメイドロボのことだ。でなければ、浩之はあの メイドロボと一緒で失敗していると言うことになる。

 しかし……あかりよりも大切なそのメイドロボとは……

 志保も薄々は気付いていた。浩之がそこまでこだわる理由は一つしかない。

 あかりよりも大切な……それは、何のいいわけもなく、あのメイドロボが、浩之にとって一番 大切な人ということになるのだ。

 ……ヒロは、あのメイドロボを選んだの?

 それは、志保にとって絶対に許せない選択だった。

 

続く

 

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