作品選択に戻る

銀色の処女(シルバーメイデン)

64

 

「で、何でお前が俺の後ついてきてんだ。また丸分かりの尾行か?」

 浩之は自分の後ろをついて来る志保をじと目で睨んだ。

「何よ、私がこっちに歩いてあったら悪いの?」

「悪い」

 浩之は即答した。もちろん、普通でも志保が自分の後ろをついて回るときは何かあるだろうし、 今はそれ以上にセリオのこともある。なるべく問題は避けたかった。

 そして、志保といるとバカらしい問題にまきこまれる可能性は異常にあがる。これは浩之の 持論だ。いつもならそれでも面白いのでいいのだが、今は時期が悪い。

 しかし、いくら追い払おうとしても、志保は浩之の後をついてきた。しばらく放っておけば 帰るだろうとたかをくくっていたのだが、そろそろ浩之の家についてしまいそうだったので、もう 浩之もこらえきれなくなったのだ。

 このまま志保に家にこられでもしたら、また話がややこしくなるのは目に見えている ことだった。

「おい、志保」

「何よ」

 2人の間に、とげとげしい雰囲気がただよう。

「どこまでついて来る気だ?」

「そうね……暇だからあんたんちにでも押しかけてやろうかしら」

 そう言ってから、ニヤニヤしながら志保は浩之の表情をうかがった。

「来ても入れねえからな。言ったように、今日は用事があるんだよ」

 浩之はいつにもまして不機嫌そうにそう言ったが、浩之は気がついてなかった。志保の声も、 いつもよりも口調に棘があることを。

 志保は、一瞬浩之を睨んでから、ふんっと鼻で笑った。

「冗談よ、あんたの家なんか行ってる暇はないわよ。私はあかりの見舞いに行くのよ。いつも 世話になってる幼馴染みが風邪ひいたってのにお見舞いにも行かない薄情者のかわりにね!」

 いつもならわざと悪く言うこともある志保だったが、今言ったことは心の底から本心だった。

 あかりと志保は、確かに親友の間柄だが、たかが1日風邪で休んだからと行ってお見舞いに行く ほどの改まった仲でもない。今志保があかりの家に行こうとしているのは浩之に対するあてつけだ。

 このあてつけで、浩之が心変わりをして、あかりの見舞いに行ってくれるのではないか、と 考えていたことは、単なる願望でしかなかったことは志保も十分理解はしていた。しかし……

 こんなヒロ、おかしい。

 志保の中では、浩之は志保や雅史よりも、あかりを優先することになっているのだ。

 自分は、ヒロに優先させてもらえるような立場でもなければ、そういう付き合いもしてない からいい。でも、あかりは違う。ヒロとあかりの関係は特別なのだ。

 志保が初めて浩之と出会ったときも、その後も、そしておそらく出会う前から、ずっとあかりと 浩之の関係は特別なものだったのだ。

 否、特別なものでなくてはいけない。

 そうでなければ、志保はあきらめがつかない。あかりと浩之が特別な関係であることが唯一、 自分を浩之に走らせない歯止めなのだ。

 今、ヒロがあかりを優先させていないことは、私にとって非常に危ないこと。

 それができるのなら、ヒロの中の優先度を自分に向けることができるのではないかと、誤解して しまいそうになるから。

 そして、それは絶対にあかりとの破局を意味するから。

「へっ、お前もしかして俺のあてつけのためにこんなところまで来たのか?」

「言ってるでしょ、私はあかりが心配なの。身体だけは頑丈なんだから、学校休んだら普通 心配になるでしょ」

「まあ……確かにあんなんでも身体は丈夫だからなあ。風邪とか全然ひかないもんな」

 ひどい言われようではあるが、確かにあかりはぱっとしないおとなしい性格ながら、身体の 方は人1倍頑丈なのか、風邪というものをほとんどひいたことがないのだ。学校を休んだとなると、 何年ぶりか浩之も志保も考えてしまうほどだ。

「バカは風邪ひかないって言うから、その関係だと思ってたがなあ」

「それを言うならあんただっけ全然風邪ひかないでしょ」

「お前もな」

「……」

「……」

 高校に入ってから、学校を休んだ覚えのない2人は、しばらくにらみ合った。

「へっ、バカの代名詞はさすが元気そうだな」

「おかげさまでね。健康には人1倍気を使ってるのよ」

 また言い合いを始めようとしたそのとき、浩之は何故かすっと志保から目をそらしてさっさと 歩きはじめた。

「ちょ、ちょっと、どういうつもりよ?」

 志保はあわててその後を追う。いつもなら絶対にのってくる口ゲンカでも、この淡白さだ。 そんなに、あのメイドロボのことが気ががりなのだろうか?

「俺は忙しいんだよ、お前のバカ話につきあってる暇はないんだ」

「バカとは何よ、バカとは!」

 志保は一生懸命浩之につっかかっていったが、今の浩之は一つも相手にするつもりはないよう だった。こうなると、いくら志保が騒いだところで、無意味なのは分かっていた。

「いいから、お前に付き合ってられないんだよ。セリオのこともすませないといけないし、そうなる とあかりの見舞いもけっこうギリギリだろ」

「へ?」

「まったく、何がしたいんだか知らないが、見舞いぐらい行ってやるよ。だから今日はかなり ギリギリのスケジュールになりそうだからな。お前にかまってる暇はなくなったんだよ」

 志保は、少しだけ考えた。浩之の話を聞くかぎり、志保には浩之があかりの見舞いに行くとしか 理解できない内容だった。

「……そっか。んじゃ、私は帰るわ」

「おい、お前あかりの見舞い行くんじゃなかったのか?」

「え? う、うん、そうだったわね」

 志保の努力のせいか、浩之の気まぐれかは分からなかったが、浩之があかりのお見舞いに行く ことを決めてしまえば、もう志保がここにいる必要はないのだ。

 というか、あかりのお見舞いさえ必要ない。志保はあくまで浩之がお見舞いに行かなかったとき の代わりにすぎなかったのだ。

「もしかしたら今日は忙しくて行けなくなるかもしれないから、一応あかりにはそう言っといて くれ。無理そうだったら明日行くってな。面倒だから明日には風邪治して学校来いってな」

「あんた自分で言いなさいよ」

「保険だよ、保険。あんまり夜遅くあかりんちを訪ねるわけにもいかんだろ?」

 そうこうしてるうちに、浩之の家の前までついた。

「そういうことで、頼んだぞ、志保」

「ちゃんとお見舞い行くのよ!」

 浩之は、志保の言葉に肩をすくめて、そして家の中に消えていった。

 ……さて、ほんとにどうしよう?

 ここで帰るのもバカらしいが、もうあかりを見舞いに行く必要もない。

 ……ま、ここまで来たんだからついでね。

 志保はそう思って、あかりの家に向かった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む