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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 志保は、あかりの家を前にして、少しどうしようか迷っていた。

 もちろん何度か訪ねたことはあるが、やはり少ししきいの高いところがある。それに、本当は ただ浩之をお見舞いにいかそうと思っただけなので、何も買ってきていなかった。

 まあ高校生が友達を見舞うのに別に何か買ってくる必要なんてないと思うけど……

 ただ、もしあかりの病気がひどいものなら、浩之が行くならまだしも、自分ではただ邪魔を しに行くだけのように志保には思えたのだ。

 ……でも、後からヒロが来たときに何か言われるもの嫌だし……

 お見舞いに行かない浩之を、薄情者呼ばわりしていたのだ。ここで自分が行かないのもおかしいと 思わないでもなかったので、志保はまた少し迷ってから、チャイムを押した。

 ぴんぽ〜ん

 どうしてこう呼び鈴はどこも同じ音なのか、少し不思議にも思いながら、志保は返事を待った。

 しかし、予想に反して、インターホンからは返事がなく、かわりに、門の前から見える玄関が、 ガチャリと開いた。

 出てきたのは、よくあかりに似ている女性だった。と言うよりも、本当にそっくりだ。母親と 言うよりは、姉に見える。

 もちろん、あかりの母親のひかりだ。志保も何度か面識がある。

「あら、確か、長岡さんでしたっけ?」

「あ、はい」

 いつもはくだけている志保も、友達の親という人種にはさすがになれなれしくはできない。

「あかりのお見舞いに来てくれたの?」

「はい」

 それを聞いて、ひかりは笑顔で門を開ける。

「ありがとうね、長岡さん。あかりも喜ぶわ」

「あ、はい。それで、あか……神岸さんの調子は?」

「とりあえず、熱はあるけど、お医者さんに見せたらただの風邪ですって。明日はまだ分からない けど、明後日には学校に行けると思うわ」

 まあ、そこまでひどい病気でもないと思っていたので、あまり大きく心配もしていなかったの だが、とりあえず少し安心したのは確かだ。

「今も、一応ベットには寝てるけど、暇になってきたぐらいじゃないかしら。あの子も身体だけ は丈夫にできてるから」

 ひかりはそう言いながら、志保を家の中に案内する。

 それにしても……何度見てもよく似てるわね。

 自分の目の前で階段を上がっていくひかりは、やはり何度見てもあかりにそっくりだ。この人を 見ていると、きっとあかりも、年を取っても全然変わらないのだろうなあと思ってしまう。

「コーヒーがいい、それとも紅茶がいいかしら?」

「あ、いえ、すぐ帰りますから」

 志保は反射的に断った。こういう人の親に何かを勧められることはやはりどこか居心地が悪い。 特にこういうことには慣れていない志保としてはなおさらだ。

「あえて言うなら?」

「え、あえて言うなら……コーヒーですけど……」

「そう、じゃあコーヒー入れてくるわね」

「は、はあ……」

 ひかりは、意地悪く笑うと、あかりの部屋の前まで志保をつれてきてくれた。志保は当然 あかりの部屋の位置を知ってはいるが、勝手に上がるわけにもいかないので、やはり居心地の悪い 感じを受けなくてはいけなかった。

 この親ありて、この子ありなのだろうか?

 あかりも目立たないというだけで、どこか普通の人と違う反応をすることがある。やっぱり そういう部分は親に似たのだろうか。

 志保は自分のことを棚にあげて、そんなことを考えていた。

「じゃあ、ごゆっくりね」

 ひかりはそう言うと、一階に下りていった。

 志保は、一度深呼吸してから、扉を叩いた。

「……は〜い」

 部屋の中から、あかりのあまり元気そうではない返事が返ってくる。

「私よ、志保」

「入ってきて〜」

 少し間延びしたような声で、あかりは言った。志保は、その聞きなれた声を聞いて、躊躇して いた扉を開いた。

 志保の部屋とは全然違う、片付けられた、本当に、ちょっと精神年齢が低いような気もしない でもなかったが、女の子の部屋だ。部屋には沢山のぬいぐるみが置いてあるし、部屋の色も、少し ピンクがかっているような気もする。

「……相変わらず少女趣味ね、あかり」

「私は別にそんなつもりはないんだけど……」

 あかりは、その部屋の少し大きめのベットに寝ていた。顔はちょっと赤いようだが、表情は そんなに苦しそうでもない。

「で、どうなの、病気の方は?」

 志保は、イスに座りながらあかりに訊ねた。

「うん……朝はちょっと倒れるぐらいだったけど、もう大丈夫だよ」

「って、倒れたの?」

「うん、シャワー浴びてたらばっちりと」

 何がばっちりなのかはいまいち分からなかったが、あかりは自信満々だった。

「もうお母さんなんかびっくりして、すごく慌てるし」

「あかりのお母さんがねえ」

 志保の想像力が豊富でないのか、あかりの母親が慌てる姿がどうにも想像できない。

「多分、明後日には学校に行けると思うけど明日はどうなるかわかんないよ」

「つらくないの?」

「お医者さんによると風邪みたいだから、もちろんつらくないことはないけど、なるべくなら 学校は休みたくないな。浩之ちゃんにも迷惑かける……」

 あかりは、そこで言葉を止めた。

 今浩之の家には、セリオがいるのだ。確かに最初は起こせなかったようだが、少なくとも、 学校に間に合うほどには起こしているはずだ。

 こうなると、浩之に迷惑をかけなかったことはよかったが、自分の存在意義をなくしたようで、 あかりは押し黙るしかなかった。

 そんなあかりの気持ちを、志保は敏感に受けとっていた。あかりが浩之の役にたつことをどれだけ 生きがいにしているか、あかりの次に知っているつもりなのだ。

 だからこそ、志保は迷った。浩之が、あかりではなく、今あのメイドロボを優先させていることを 言うべきかどうか。

 そして、あかりにがんばるように言うべきなのか。

 そのときコンコン、と扉が叩かれた。

「あかり、入るわよ」

 それはあかりの母親の声だ。どうも、コーヒーを持ってきたらしい。あかりの返事を聞くことも なく、扉が開いて、コーヒーのいい匂いがただよってきた。

「あかりにもホットミルク作ってきたから、食欲ないだろうけど、これだけ飲みなさい」

 ひかりはそう言って、コーヒーとホットミルクをテーブルの上に置いた。

 その間、志保は、がらにもなく頭の中で延々と浩之とセリオについて考えていた。

 やはり、すぐには結論が出せそうになかった。

 

続く

 

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