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銀色の処女(シルバーメイデン)

68

 

「……なあ、おっさん、これは何かの冗談か?」

 浩之は半裸の自分で小さなベットに寝かされた身体に、たまにテレビで見る脳波や筋肉の動きを 読むようなパッチをいくつもつけられていた。

 浩之のいる部屋は、目の前に大きな装置が置いてある、目を悪くしそうな白い壁の部屋だった。 部屋には浩之の寝ているベットに、大きな装置、入ってきた扉が一つに、少し大きめのガラスの向こうに、 長瀬と数人の白衣姿の人間がいるだけであった。

 まわりには、セリオの姿はない。

 生活するには不自由な部屋だな。

 浩之はそんなバカなことを考えながら、ガラスを隔てた部屋にいる長瀬を半眼で睨んでいた。

『もちろん冗談でこんな大きな装置なんて用意するわけがないだろう』

「……んなこたぁ分かってるよ」

 スピーカーから聞こえる長瀬の声は、少しくぐもって聞こえた。しかし、どこからあちらの部屋 に浩之の声が届いているのか、残念ながら浩之には分からなかった。

『不満そうだね、藤田君』

「当然だろ。セリオはどっかにつれてっちまうし、俺は俺でこんな病人か犯罪者が入りそうな 部屋に入れられて、まるで実験体だぜ」

『まあ、当たらずも遠からずだね』

「おいおい」

 長瀬は、やはりスピーカーから流れるくぐもった声で、はははと笑った。

『もちろん冗談だよ。それに、セリオは研究室の方で傷の手当てをしている。いくら君達が恋人 でも、あの姿は父親として見せられんな』

 長瀬としては、気のきいた冗談だったのかもしれないが、浩之はただ嫌な気持ちになるだけ のセリフだ。だから浩之は吐き捨てるように言った。

「冗談でも気持ちのいいもんじゃねえな」

『まあまあ、そう言うのはやめてほしいなあ。これも君のことを思ってやっているだよ』

「俺のためぇ?」

 浩之は思いきり胡散臭げな声で言った。ほとんどベットにくくりつけられるような格好の、ただ コードが邪魔で引きぬかないかぎり抜け出せないだけなのだが、浩之からしてみれば、この状況こそ が冗談じゃないことであり、こんなものが自分のためになるとは心の端にも思っていないというのが 正直な話だ。

「俺のためと思うんならこのコード類全部取れよ」

『そんなことをしたら実験結果が取れないじゃないか』

「実験結果だぁ?」

 話がますます胡散臭げになっているので、浩之は本気でここから抜け出そうとも考えた。

『君の心身の検査とも言うね。何せ君はセリオの恋人だからね』

「俺は実験体ってわけか?」

 それを聞いて、長瀬は少し声のトーンを落した。

『不満かい?』

「……いや、不満なんてあるわけないだろ。俺が、どれだけメイドロボにとって、セリオにとって 重要な実験体か、俺自身はよく納得してるつもりだぜ」

 そう、こんな胡散臭げなことに付き合っているのは、ただひとえにセリオのためだ。でなければ 何の説明も受けずにこんなことを手伝ったりしない。

「……てか説明ぐらいはしてくれてもいいんじゃないのか?」

『ああ、そう言えば説明がまだだったね』

「まだだったね……って、ちゃんと最初から説明しやがれ」

『いや、すまない。私自身もてっきりもう説明したものとばかり思っていたよ』

「……」

 絶対嘘だとは思ったが、とりあえず浩之は黙って聞くことにした。

『簡単に説明すると、今やるのは君の身体の健康チェックだ』

「俺はいたって健康だせ」

『外見上、はね。『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』は、精神病だ。変な 話に聞こえるかもしれないが、自覚症状がない場合、症状の変化は少ない。普通の精神病であれば、 それは病気とは言わない。精神異常ならまだしも、それが肉体に影響を及ぼすものであれば、自覚 症状がないのは、病気を持っていないと同じだ』

「……しかし、今回のは、違うんだな?」

 浩之は、これと言って思いつめた様子もなく、平然として、むしろどこか冷めた口調で言った。

『ああ、違う。『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』、鋼鉄病は、精神病と 分類はされてはいるが、その精神的重過が与えるものは、肉体にも影響を与えることが少なくない。 しかもその場合、自覚症状はほとんどない。』

「やっかいな相手だな」

 そのやっかいな相手と取っ組み合いをしなくてはならないはずの浩之は、まるで他人事のよう に言った。

 その反応に満足したのか、長瀬は口調を戻した。

『まあ、事例としては数パーセント程度だから、君にそんな症状が出ている可能性は低いだろう がね。君は精神的にも肉体的にもタフそうだ』

「それはほめられてるのか?」

『一応はね。もっとも、そういうこともふまえた上で、セリオを君にまかせたんだがね』

「条件があったのかよ」

『当然だろう? 自分の娘を、すぐに物事を投げ出すような、ひ弱な少年にまかせるわけがない。 君の強さは、綾香お嬢様の折り紙つきだ。マルチも言い方は変わるが、君を一番押した。セリオも それは同じだったし、来栖川重工の情報網を持ってしても、君は合格点だ』

「その合格点って何だよ」

『言うなれば……君の、人間より優れた部分を見つけたということになるのかな』

 人間より優れた、それは、浩之がメイドロボに対して与えた言葉。

 期せずして、それは重なったのだ。人間よりも優れた心を持つメイドロボと、違う意味では あろうが、他の何人もが、人間よりも優れていると判断された青年。

『私も、君を見ていたら思うようになったよ。君以外には、この厚い壁を通り越せる人はいない だろうし、君ならば、その壁を越えることができるかもしれない、と本気で期待してしまうよ』

「ほめても何も出ねえぜ」

 浩之はほとんど無反応だった。ほめられるのに興味がないというか、慣れているというか、 少なくとも長瀬の言葉は少しも浩之の共感を得れなかったようだ。

「それよりおっさん、一つだけ聞かせてくれないか?」

『何だね?』

 浩之は、ガラスごしの長瀬の目を、まるでメイドロボのそれのように、まっすぐに見ながら 言った。

「おっさん、あんた、俺が『鉄色の処女症候群(アイアンメイデンシンドローム)』になることを 知ってた上で、俺の家にセリオを送ってきたのか?」

 

続く

 

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