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銀色の処女(シルバーメイデン)

73

 

「ヒロは、あのメイドロボのことが好きなのかもしれない」

 とうとう、志保はそれを口にしてしまった。そして、口にしたことにより、それが志保の中で 急激に現実的になり始めた。

 どこか非現実的な悩みが、ここに来て今それが起こっていて、さしせまった状態なんだということ を、志保は自分の言葉で理解したのだ。

「……浩之ちゃんは、女の子はみんな好きだよ」

 あかりは苦笑にも似た表情で言った。志保にはあまり信じられないことだが、その切迫した状況 をあかりがまだ理解していないのかと思った。

 いや、実際に浩之の行動を見て、自分でそう感じ、あかりに忠告した志保自身でさえ、容易に 信じれる内容ではなかったのだ。あかりがすぐに志保の言うことの重大さに気付かない、または、それを 信じないことぐらい、何もおかしくはない。

「いい、あかり?」

 志保は、まるで言い含めるようにあかりの目を見て言った。

「今日、ヒロは、あかりが学校を休んでるのに、あかりの見まいに来もせずに、先にあのセリオとか 言うメイドロボットの用事の方を優先させたのよ」

 嫉妬ならば、あかりにもあるだろう。そういう部分で訴えれば、志保はすぐに信じてもらえる ものと思っていた。

 しかし、あかりの表情はいつもと一緒だった。どこにもあせった様子はなく、まるで単なる 日常会話の延長だとでも思っているようだ。

「セリオさんの方が何かせっぱつまった事情があったんじゃないかな?」

「でも……それにしたって、他ならないあかりのことでしょ? メイドロボよりも優先するのが普通 じゃない?」

 志保の浩之を責めるような口調に、あかりはまた苦笑を返した。

「ほら、浩之ちゃん、優しいから」

「だからってねえ……」

 志保は、このあかりの「浩之ちゃん、優しいから」という言葉が、実は嫌いだった。その言葉 で浩之のわがままを全て許してしまうそのあかりの態度にむしょうに腹がたつのだ。いや、それが あかりが本当に浩之を理解していることだと感じ、嫉妬を覚えているだけなのかもしれない。だが、 どちらにしろ、今の志保の精神状態ならば、あかりのその言葉は神経を逆撫でする行為以外の何物で もなかった。

「あかり、いっつも何かと言えばあんた、『浩之ちゃん、優しいから』ですましてるけど、そんなん じゃあ、いつまでたったってヒロ独占できないよ。浮気許してるようなもんじゃない」

 怒鳴りこそしなかったが、志保はつい声をあらげて言ってしまった。

「志保……」

「……何よ」

 志保は、しかし、自分の言った言葉によって、あかりから目をそらすしかなかった。

 2人は親友である。ほとんどのことは包み隠さず話している。浩之に言えないことも、女性で ある限りあるのだ。そういうことも含んで、2人は一番お互いを理解していたのかもしれない。

 しかし、それでも親友の2人が絶対に口にしないことがあった。それは、浩之のこと。

 いや、冗談ではもちろんよく志保などはあかりに言っているし、ただ浩之を話題に出すだけなら それこそ一番多い話題と言ってもいいぐらいだ。

 2人の話題に絶対に出なかったこと。それは、あかりが浩之のことを好きなこと、そして、同じく 志保も浩之のことが好きなこと。

 志保が浩之のことを好きなのをあかりが知っているかどうかは分からなかったが、あかりが浩之 のことを好きなのは、公然の秘密、いや、秘密でさえなかったのかもしれない。

 しかし、志保は口を滑らせてしまった。いつでも本気では言ったことのなかったことを、どう いいわけしても、本気の口調で言ってしまったのだ。

 それでも、あかりは少し表情を硬くしたものの、口調はいつもと変わりなかった。

「浮気も何も、浩之ちゃんは私のものじゃないよ」

「分かってるわよ、それぐらい」

 志保は、ぶっきらぼうに答えた。

「でも、あかりは……」

 それが間違いないことだと分かっていても、それがいくら志保でも、聞きづらいこともある。 今がその瞬間だった。

 聞いてしまえば、自分の行動をはっきり決めなくてはいけないのだ。今はまだ中途半端な状況 だからあかりの援護に回ろうとしているが、最後の最後で、本当にあかりを応援できるのか、浩之を あきらめることができるのか、自信がなかった。

 このままうやむやにしてしまった方が、どちらも傷つくことなく済むのではないかと思えた。 浩之のことも、自分の思い違いだと志保は思いたかった。

 だが、現に浩之はあかりより他のものを優先させているし、ならばなおのこと、浩之がもし志保 に何かあったとしても、志保を優先しないことは明白だった。

 聞かなければ、決心がつかないし、状況も動かない。しかし、聞いてしまえば後戻りはできない。 親友を失うことだってありえる。

 志保は、自分のことを甘いとは思っていない。恋愛事で親友を失うことだって考えていない わけではない。むしろ、そういう話はよく聞く。

 ヒロか、あかりか。

 志保も、選べない選択を前にしているのだ。

「……あかりは……ヒロのこと……」

 愛の告白だってこんなに言いにくいことはないわね。と志保は心の中で思った。それほどに、 分かっていても聞きにくいことだ。

 志保は、決断をせまられていた。そしてその決断をしなくてはいけなくなったのは、 自分の行動のせいであり、自分のためでもあるのだ。

 メイドロボなんかに、ヒロは渡さない。ヒロは、私のもの、じゃなかったら、あかりのものに ならないと、私は納得できない。

 だから私は、私のために聞くんだ。私が、逃げ出せないように。そしてあかりが、私のわがまま だけど、戦って、ヒロを、あかりのものにするために。

「あかりは、ヒロのこと、好きなんでしょ?」

 私は、おそらく自分ができる一番真面目な顔をしていたはずだ。こんなせっぱつまった自分、 あかりにだって初めて見せるのかもしれない。

 それに、あかりは少し目を下げてから、表情を引き締めた。今までだってふざけていたわけでは ない。それが、あかりなりの本気だっただけだ。

 そして、あかりは、志保が聞き違えもできないように、はっきりと言った。

「うん、私は、浩之ちゃんが好き」

 

続く

 

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