銀色の処女(シルバーメイデン)
浩之が検査を全て終え、研究所に帰ってきたときには、セリオの修理はすでに終っていた。
「おかえりないさませ、浩之さん」
セリオは、研究室に浩之が入ってくると、丁重に頭を下げた。まあ、これに関してはセリオらしい ので、浩之はどうこう言うつもりはなかった。
「どうだ、セリオ。ちゃんと治ったか?」
セリオはそう言われると、綺麗に直った左手を浩之の前に差し出した。
「はい、完全に直りました。研究所のスタッフの方は優秀ですので」
「いや、優秀なことはよく知ってるよ。セリオやマルチを作ったんだからな。みなさん、ありがとう ございました」
浩之は、周りにいる研究所のスタッフ達に頭を下げた。
「いや、これも仕事だしね」
「セリオをちゃんと大事にしなさいよ」
まわりから、浩之は色々と声をかけられた。今になって初めて気がついたのだが、この研究所 には、女性のスタッフもいるのだ。
「あら、女性がこんなところにいるのはおかしい?」
どうも視線が物を言っていたようで、その中の1人の中年女性がからかうように言ってくる。
「いえ、セリオやマルチもそうなんですけど、来栖川のメイドロボは全部女性型だから、きっと 研究所も男の巣窟かと……」
それを聞いて女性スタッフは苦笑し、何故か男性スタッフは目をそらした。
「女性型にするのはちゃんと意味があるのよ。女性型の方が肌をさわられるのを嫌がる人 が少なくなるし、精神的抵抗も少ないわ」
「はあ、意味があったんですか。俺はてっきり……」
「ただし」
その中年女性のスタッフは皮肉めいた声で言った。
「うちの研究所が女性型メイドロボしか作らないのは、多くの男性スタッフの趣味みたいだけどね。 主任とかはその筆頭よ」
そう言われて、他の男性スタッフが目をそらした意味がわかった。身に覚えがあったのだ。
ふいに、浩之の後ろから声がした。
「もちろん女性団体とか、色々文句は来ているんだけどね。それを言ってしまうと、人間に似せて 作った時点で、何かしらの差別意識が出るのは仕方のないことだと言えると私は思うのだがね」
「……よお、おっさん。いつの間に後ろにいたんだ?」
「君より先に研究室に戻ってきただけだよ。セリオの調子も見たかったしね」
「まかせてくださいよ、主任。主任にクレームつけられるような仕事はしてませんよ」
研究所のスタッフの1人がそう言ったが、長瀬は首をふった。
「君達をもちろん信用していないわけではないのだけどね。何についても、自分で確認してみないと 安心できないのが職人ってものでね」
そう言うと、長瀬はセリオの左手を取った。
「セリオ、指を動かしたときに違和感はないかい?」
「今はまだつけたばかりなので、関節部がなじんでいませんが、問題が起こるとしても、もう少し 使ってみないことには何とも言えません」
そう言って、セリオは細い指を動かす。
浩之は、そこで何故か初めて感心した。
「セリオって、本当に人間のように動くんだなあ」
浩之は、セリオが人間と同じ、またはそれ以上の心を持っていると思ってはいるが、人間のような 動きとか、人間のような仕草とか、そういうところにはあまり目を向けていなかった。それはマルチ の方を先に見ていたからなのもあるのだが、今改めて見ると、このメイドロボの滑らかな動きは、驚嘆 に値するものだった。
「それはそうだよ。私達スタッフは、より人間に近い、いや、それ以上の動きを求めたからね。 身体の稼動部の動きから、指一本、まぶたの動き一つ、どこを取っても手を抜いた場所はない。それも これも……全ては人間と一緒にいても、相手に違和感を覚えさせない。その一点を目指してね」
スピードもパワーもちゃんと制御できているのだ。人間の脳の働きを真似るには膨大な情報と、 多くの機材が必要だ、と浩之は聞いたことがある。それを、この小さな身体で満たしているのだ。
「さすがは最新機種ってところか?」
「まあ、セリオは、標準機だからね。現段階では、彼女にかなう動きをできるのは、マルチぐらい なものだ。もっとも、マルチは情報が多すぎて、よくこけてしまうのだがね」
長瀬も、他のスタッフも自慢げな顔をしていた。自分達の作ったメイドロボに自信を持って いるのだろう。
浩之は、少し首をかしげながら、セリオに言った。
「セリオ、もう一回左手を動かしてくれないか?」
「はい、了解しました」
そう言うと、セリオは左手を動かす。指は非常になめらかに動き、これが機械の動きとは信じ られないぐらいの動きだ。
「セリオって本当にすごいな」
「ありがとうございます、浩之さん」
セリオは、素直に頭を下げた。セリオはいつも素直なのだから、当然と言えないでもなかったが。
「で、おっさんに質問なんだが、何でここまでよく動くように作ったのに、セリオには表情を つけなかったんだ?」
「いや、『シルバー』のときに見たように、一応表情をつけれるように顔が稼動することはできる。 ただ、丁度セリオは性能の研究のためであったので、表情には多くをデータとして入れなかった んだよ。それで、今さらつけるのも……何というか、技術職が何を言うのかと思われるかもしれんが、 違和感があってね。今のように、セリオはそのまま表情のないまま来たというわけだ」
そう言って、長瀬は少し顔を曇らせた。
「君は、セリオに表情があった方がいいと思うのかい?」
浩之は、ほんの少しだけ、考えてから自分自身に苦笑しながら言った。
「いや、別に必要ないんじゃないのか? 俺は、このままのセリオがかわいいと思うしな」
スタッフの面々から、ヒューヒューと冷やかしの声があがる。長瀬も、苦笑しながら言った。
「まったく、仕事場でいちゃつかれてはたまらんよ。さて、来たついでだ、マルチにも会ってやって くれ。あの子も、君に会いたがっているしね」
「つっても、学校じゃあよく会うんだけどな。まあいいや、セリオ、一緒に行こうぜ」
セリオは、何故か少しだけ言いよどんだ。
「……はい」
しかし、結局は、浩之の後について別室に行く。
浩之とセリオが部屋を出ていった後、スタッフの1人が長瀬に近づいてきた。
「ねえ、主任。さっきの子が、藤田とか言う子なんですか?」
「ああ、彼が藤田君だ。これから、彼には色々私達と関わり合いになってもらうから、よく覚えて おくといい」
「それで……あの、私の見間違いかもしれないんですけど……」
そのスタッフは、少し声のトーンを落として長瀬に言った。
「あの子に何か言われるたび、セリオが、ほんの少し微笑んだように見えたんですけど」
「ほう……?」
「あ、いや、私の見間違いかもしれないんですけどね」
長瀬は、少し考えてから、そのスタッフにこう言った。
「まあ、そういうこともあるかもねえ」
続く