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銀色の処女(シルバーメイデン)

76

 

「ふう、やれやれ、かったるかったぜ」

 浩之は、家につくなりソファーに身体を預けた。検査というのは、別に何をするわけでもないの に、精神的にも肉体的にも疲労がたまるものなのだ。

 だが、その何気ない言葉を言ってから、浩之はこういう言葉を口にしていけないいことに 気付いた。ほんとうに何気ないつもりでも、横ではセリオが聞いているのだ。

「申し訳ありません、私のためにお手数をおかけして」

 セリオは、酷く無表情にそう言ったが、それは浩之にはとても自虐的に見えた。

 そう、まるで出そうになる感情を消すかのようなその無表情さに、やはり少しずつ変わっていく セリオを見たのかもしれない。

「いや、そういう意味じゃないんだけどな。ほら、ああいうのって、何か親御さんに紹介されて いるみたいでな」

 浩之の言った言葉を、セリオはうまく理解できずに、首をかしげた。

「私にとってもちろん研究室の方達は生みの親ですが」

「だから……さ」

 浩之は、少し照れながら言った。

「恋人の親に会ったみたいで、ちょっと何とも言えない部分があるんだよな。いや、何度か顔を 出してるし、別に赤の他人ってわけでもないんだけどさ、娘の恋人ですって改めて紹介されてる みたいで、少し恥ずかしかったのも真実だな」

「そういう……ものですか?」

「ああ、もっとも、それって考えてみたらいいことなんだけどな」

「いいことなんですか?」

 セリオは、よけいに混乱してしまっているようだ。

 まだセリオがいまいち意味を把握していないのを見て、浩之は苦笑した。

 セリオは優秀なメイドロボットであるが、自分がどう思われているのか、自分がどのように まわりに影響を与えているのか、という部分にはあまり聡くないのかもしれない。

 しかし、それは悪意からではない。相手のことを思うあまりに、自分がどう思われるかを おろそかにしてしまうのだ。結果はどうにしろ、それは人を思う気持ちの表れなのだ。

「ああ、あの研究室の人達は、全員、セリオを娘のように見てるな。少なくとも、一般人が 『メイドロボ』を見る感覚じゃない」

「もちろん、研究室の方々には非常にお世話になっています」

「いや、俺がそういうのは、世話になってるとか、それだけじゃないさ」

 浩之は、あの長瀬からかわれた言葉を思い出していた。

「長瀬のおっさんが、あまりいちゃつくなとかオヤジギャグを飛ばしたときに、研究室の人達は、 俺達をからかってた」

「はい、あんなのは初めてです。浩之さんには悪いですが、少しも悪い気はしませんでしたが」

「イヤ、俺だって悪い気はしない。それよりも、ここではからかうってことが重要なんだ」

 少なくとも、そこで悪い気がしないと考えている時点で、セリオも少しずつ変わってきている のかもしれない、浩之はそう思った。

「普通、メイドロボをからかうか?」

「はい、綾香お嬢様には特によくからかわれます」

「……ま、綾香は特別だ。綾香は、セリオの親友だからな」

 浩之はまったく知らないが、もしかしたら浩之のことで、2人の友情にひびが入っているかも しれなかったが、少なくとも浩之の知っている綾香は、セリオの親友だった。

「俺は、俺達人間が、セリオの、メイドロボのことを見下してる、って言ったが……セリオのまわり のやつは、少なくともそう自覚してるやつはいないな。いや、それは悪いとかじゃなく、本当に セリオのことが大事だから、本当にセリオのことを思ってるから……」

 浩之は、ここで言葉を止めて、何かにひっかかったように顔をしかめて頭を押さえた。

「大丈夫ですか、浩之さん」

 浩之が頭痛でも起こしたと思ったのか、セリオは飛ぶように浩之に駆けよっていた。まあ、急 に顔をしかめたのだから、浩之の行動が紛らわしかったと言える。

「ああ、何ともない。何ともないんだが……おかしなことだらけだなって思ってな」

 浩之は、今でも、人間がメイドロボを愛したときに起こる精神病、『鉄色の処女症候群 (アイアンメイデンシンドローム)』を、人間のメイドロボに対する劣等感から来るものだと思って いる。素人考えだと言われればそれまでだが、これについては真理をついていると思っていた。

 だから、セリオは一度は浩之を拒んだし、浩之自身も、そのセリオの気持ちを考えると手を 差し伸べることをためらったのだ。

 だが、結局浩之はセリオと自分を傷つけても一緒にいることを選んだ。必ず発病すると言う、 精神病を覚悟してだ。いつか、メイドロボを自分と同等か、それ以上に思えるようになるまで、いや、 結果そうなれなくても、戦っていくつもりだったのだ。

 確かに、鋼鉄病の予兆は出ていた。今つかれたという話をごまかすためにこんな話をしている のは、その予兆があったことをセリオに悟られないためだ。

 しかし、その自分の言っている言葉で浩之は気付いてしまったのだ。

 セリオをとりまく人達の中で、誰がセリオを見下しているのだろう。

 綾香は、ああいう竹を割ったような性格なので、自分の思っていることはズケズケと言うタイプ だ。研究所の人達は、セリオは娘も同じであり、からかうなどという、普通メイドロボにはやらない ようなことを自然にする。

 そして浩之自身、見下しているような相手を、好きになったりするだろうか?

 自分の考えが間違っていると思ってはいない。しかし、セリオのまわりの環境は、普通のメイド ロボとは違うのだ。

 しかも、セリオは学習型。マルチと比べると優れた学習能力は持っていないらしいが、それでも 成長できるはずなのだ。

 まわりの環境がそろえば、セリオは変わる。では、人間は?

 矛盾しているのだ、セリオのまわりの人間達と、浩之が考える人間とが。

 人間は、変わろうと思って変われるように、器用にはできていない。それが深層心理など、 そういう部分にかかってくるならなおさらだ。

 しかし、メイドロボを見下しているなんていう深層心理は、セリオのまわりの人間達にはどれ ぐらい働いているというのだ。

 みんな、セリオが好きで、みんな、セリオのことを見下しているようには少しも思えない。

 ……いや、俺だけ、その兆候が出ているのか。

 本当にセリオを対等に扱っていないクズは、本当は俺だけなのかもしれないな。

「本当に大丈夫ですか、浩之さん」

 ずっとだまって何かを考える浩之を、セリオは無表情ながらも本当に心配していた。セリオに とって、表情というものは所詮プログラム次第でどうにもなるのは『シルバー』のときに経験済み だった。

「ああ、大丈夫だ。ちょっとめぐりの悪い頭を使ったんでな、あかりと一緒で知恵熱でも起きる かもしれないが……」

 浩之は、そこで、セリオとはまったく関係ないことを思い出した。

「……あかりの見舞い、行ってないな」

 

続く

 

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