銀色の処女(シルバーメイデン)
「浩之ちゃんの一番いいところは、その優しさだから、それだけは、私は邪魔できないよ」
あかりも、無情かも知れないが、志保にわかってもらおうとしてその言葉を言ったわけでは なかった。言わずにおれなかったというのが、正直なところだ。
「それって……それっておかしいよ、やっぱり!」
案の定、志保は納得などできなかった。志保にとっては、手を伸ばせないものである浩之を、 あかりはあきらめようとしている、その理由をもし理解したとしても許せるわけはなかったし、 理解もできないならなおさらだ。
「何、ヒロが優しいから、あかりは手を出さないって言うの!?」
「……そうなるね」
志保は、顔を押さえて頭をふった。日頃からそんなに頭を使う方ではない志保だが、そんなこと は関係なく知恵熱が出そうだった。
あかりの考えることが理解できない。違う人間でも、ある程度は意思の疎通はできるはずである し、あかりは無二の親友だ。それなのに、あかりの考えていることがまったくわからない。
志保から見ると、あかり自身が矛盾だらけなのだ。まるであのできそこないのメイドロボを 見ているようで、不快感だけがつのる。
しかし、この不快感は、あのときとはまったく違う理由で感じているのだろうことは、志保にも 十分わかっていた。
この不快感は、あかりがあきらめるぐらいなら、自分が浩之に手を出してもいいのではないかと 考えている自分自身に対してだ。
自分は、ある意味潔癖なのだろうか?
志保自身、そんなことは今まで思ったこともなかったが、今のこのあかりに対する失望感と、 自分に対する不快感を感じて、そう思った。
むしろ、あかりがあきらめるなら、私がヒロを独占するべきだ。だって、私は、あかりがいる からヒロに手を出さないのだから。
志保は、震える口を開いた。
「だったら……」
だったら、私がヒロに手を出してもいいわよね。
志保は、その言葉を、すぐに飲みこんだ。それをもらしてしまうには、志保は臆病すぎたのかも しれないし、純真すぎたのかもしれない。
どちらにしろ、その心をあかりに教えない自分にもあまりいい気持ちはしないのだ。自虐的に なる志保など、志保から見ても笑い話にもならない。
だからそこかも知れないが、そのあかりのまっすぐな目が、志保には痛かった。自分が責められ ている気持ちさえわくのだ。
「……でも、じゃああかりはヒロがメイドロボに愛情をそそいで、自分を見なくなってもいいの?」
確かに、浩之の魅力に関しては、あかりの言うことには異存はない。しかし、それに相手がいる となると、そんなに冷静でいられるものなのかが、志保にはわからない。
それは、あかりと浩之が一緒になるとこさえ心の中でわだかまりのある自分と比べて、あかりに 自分が劣っているような気持ちを抱いたからというものあった。
「平気じゃないよ、もちろん」
あかりは、しかしまったくそんな表情はしていなかった。笑顔で、それに答えている。
「浩之ちゃんが他の女の子といることは嫌だし、私のものにならないもの、本当に言うと嫌。 でも、世の中には仕方ないってことがあるの」
志保は、その言葉にすぐに切って返す。
「だったら、何で努力しないのよ」
「努力してるよ、私は。浩之ちゃんの目の前で、いつも笑っていられるように。浩之ちゃんが私を 見てなくても、私は浩之ちゃんの全てを見ていられるように」
あかりは、本当にそれをうれしそうに言うのだ。志保には狂っているようにしか見えなくても、 あかりはそれで幸せなのだろうか。
いや、そんなことはないはずなのだ。あかり自身が言っているではないか。嫌、だと。
あかりは、ちょっと苦笑しながら言った。
「それに、もしセリオさんのことを浩之ちゃんが好きになれば、結婚はできないから、私が妻と なるとこだってできるかもしれないしね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あかり。それって、ヒロがあかりのことを一番に好きでなくても いいって言ってるの?」
その言葉を認めれば、あかりは浩之の浮気を公然と認めると言っているのだ。同じ女の子として、 その気持ちは、本当に理解不能なものになる。
そして、あかりは志保の問いに答えた。
「うん、そうだね」
「……そうだねって……あかり、あんた、男の都合のいい女になるつもりなの!?」
別に志保が女性主権にうるさいわけではなかったが、男と女の関係として、男の都合のいい女が 問題があることぐらいは知っていた。
しかも、それが今自分の目の前の親友が言っていることとなれば、見過ごすわけにはいかな かった。それは、あかりを幸せになどしない考え方なのだから。
「ヒロの浮気を公認して、しかも、それで自分は満足できるなんて、あかり、あんた変だよ。私には おかしくなったようにしか見えないわよ!」
「……そうかも知れないね」
しかし、あかりは慌てもしなかったし、否定さえしなかった。
「私だって、それがおかしなことぐらい、十分に分かってるつもりだよ?」
「分かってるなら、直せばいいじゃない!」
「それは、だめ」
「何でよ!」
志保は叫ばずにはおれなかった。それが駄目なことを分かっていて、それでもその道を進もうと しているあかりを、無理にでも止めないわけにはいかなかったのだ。
しかし、あかりの中では、それは少しも間違ってはいなかった。
「普通なら、そんなことしない。そんなことしても意味がないことなんて、バカな私でも分かってる。 でも、浩之ちゃんのことだったら別。浩之ちゃんのためなら、私は……何だってするし、何にだって なるつもり」
確かな決心の色が、あかりの瞳にやどる。それは、いつもは弱気な親友からは少しも感じれない 強い意思。それがあるから、よけいに親友は彼女との距離を感じるのだ。
「私は、浩之ちゃんが好きなの。昔、一番最初に浩之ちゃんに優しくされてから、ずっと。今まで 何度も優しくされて、その気持ちは大きくなる一方で、私にだって制御なんてできない。浩之ちゃん が私の全て。浩之ちゃんのいない世界なんて、私、生きていようとも思わない」
それは、あかりから、あの年中どこかはっきりしないもやもやした物を持った少女が、本当に 決心した姿。
「だから、志保。私のことなんて二の次、浩之ちゃんが幸せでないと、私は嫌なの。浩之ちゃんの 魅力を消してまで浩之ちゃんに私を好きになってもらいたくないの。浩之ちゃんは、そこで生きている べきなの。他の人に理解できないでも、私はかまわない。だって、浩之ちゃんの魅力を消してしまう ことを、本当に好きな私にはできないもん」
志保には、どうしても納得のいかない理論ではあった。だが、どうやってもあかりを説得でき ないことも分かった。
だから、志保もその決心につられるように、決心した。
「だったら……だったら、私はヒロを……」
続く