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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 ピンポ〜ン

 変わりばえのしないチャイムの音がした。

 ひかりとしては、チャイムは教会の鐘の音にしたかったのだが、何故か夫と娘、両方から反対 されて、断念するしかなかった。

 まるで結婚式みたいでいいと思うのに。

 ひかりはそう思いながらも、インターホンに出る。

「はい、どちら様でしょうか?」

『あ、おばさん。どうも』

 その声は、よく聞き慣れた声でもあり、最近はよく考えるとあまり聞いていなかった声かも しれない声だった。

 夫の次に魅力的だと思える男性で、いや、男の子という限定をつければ、ひかりの知っている 限り、一番魅力的な男の子が画面に写されていた。

「浩之ちゃんじゃないの、おひさしぶりね」

『ごぶさたしてます、おばさん』

 浩之は画面の向こうでペコリと頭を下げた。いつもはあまり礼儀正しいという感じの子では ないが、それはひかりとは付き合いも長く、それなりに世話にもなっているし、弱みも沢山にぎられ ているので、一応礼儀正しくなるのは当然だった。

「どうしたの、今日は」

 何もないときに浩之がここを訪れるのは、珍しいことだ。別にひかりが苦手だとか、そんなこと ではなく、ただ面倒なだけなのだろうが。

『はい、ええと、あかりの見舞いに……』

「あ、そうね。そういえばそんなことがあったわよね」

『そんなことって……』

 ひかりの言葉に、浩之はちょっとこまった顔で苦笑した。もちろんひかりに悪気がないことを 知ってだ。

「あ、ごめんなさい。すぐに開けるから」

 そういうと、ひかりはあわてて玄関に向かった。まあ、キッチンにいただけなので、部屋を出れば すぐに目の前は玄関なのだが。

 ひかりは、すぐに扉を開けて浩之を向かえる。

「いらっしゃい、浩之ちゃん」

「おじゃまします」

 ひかりよりは背丈はあるが、あまりがっしりとしていない、どちらかと言うと細面の浩之が、 いつも通りやる気のなさそうな表情で入ってくる。

 思わず顔がにこにこと笑顔になるのをひかりは止めれなかった。

「浩之ちゃんがうちに来てくれると、おばさんうれしいわ」

 もちろん、ひかり自身も浩之に会いたかったこともあるが、何よりあかりの見舞いに浩之が わざわざ来てくれたことが、母親としてうれしかった。

「長岡さんがさっきまで来てくれてたけれど、まさか浩之ちゃんまであかりの見舞いに来てくれる とは思わなかったわ。おばさん、あかりに焼いちゃうわね」

 浩之は愛想笑いのままこまった顔をしている。浩之とて、苦手な相手はいる。そしてひかりは ひかりで、浩之をからかうのは非常に楽しかった。

「それに、きっとあかりもすごく喜んでくれると思うわ。あかりったら、いつも浩之ちゃん浩之 ちゃんばかりだし」

 これもからかう内容としてはいい話題だ。あかりが恋愛感情はともかく、毎日浩之ちゃん浩之 ちゃんと、浩之のことばかり気にしているのは、浩之にだって否定できない。これがあかり本人なら チョップでつっこみを入れればいいのだが、相手がひかりともなればそういうわけにもいかず、浩之 はこまった顔をするしかないのだ。

 しかし、ひかりももっと浩之のことをからかいたが、ここは娘をたててこれぐらいで解放する つもりだった。浩之を相手にからかうのは、また後でもできる。今は、あかりに会わせて、あかりを 喜ばせてやりたかった。

「じゃあ、あかりの部屋に行ってあげて。冗談じゃなくて、本当にあかりも喜んでくれると思う わ。風邪をひいてるときって、人恋しいものだし」

 浩之も、自分が風邪をひくと人恋しくなるものだ。いつもはいないことさえまったく気にしない 親でも、病気のときはいてくれると非常に心強い。

「じゃあ、勝手にあがりますね」

「そうしてくれると助かるわ」

 あかりの家も、あまり来ないとは言え、勝手知ったるものだ。いきなりあかりの部屋が前と変わ っているなどというおかしなことでもされない限り、間違ったりはしない。

 浩之は、階段をあがってすぐのところのあかりの扉の前にたった。

 痛みは……まだ少しあるか。

 浩之は、ひかりが下から見ていないことを確認してから、胸を押さえた。

 胸を突き刺されるような正体不明の痛みを、今一度確認する。もうその場で動けなくなるような 痛みはないが、まだ痛みのしこりは残っている。

 しかし、これぐらいならまだまだ余裕で我慢のできる痛みだ。セリオの前で痛みを隠すだけで なく、まわりにいる者全てから痛みを隠しておかなければならないだろうことを、浩之は覚悟しなく てはいけなかったのだ。

 確かに、長瀬や事情を知っている綾香などならいいかも知れないが、それがあかりや志保に なると、ばれたときにいい訳ができない。

 それに、事情を知られたときに、あかりはまだしも、その話を聞いて、他の友人がセリオに 文句を言うことはあるとも考えられる。そうなれば、当然セリオの苦痛は、浩之の流す血を越える。

 友人達を信用しないわけではなかったが、ここはかなり神経を使わないと危ない場所だ。浩之 としては細心の注意をはらうのは当然。そうしなければ、浩之の覚悟は無駄に終ってしまう可能性 が高いのだから、仕方のないことだ。

 よし、大丈夫だ。これなら、あかりにも気付かれることはないはずだ。やはり、一番警戒が必要 なのはあかりだ。あかりなら、俺の異変にすぐ気付いてしまうかもしれないからな。

 コンコン

「はい、どうぞ」

 扉の向こうから、少し嬉しそうなあかりの声がした。おそらく、ひかりの話す声が部屋にまで 響いていたのだろう。ここにいるのが浩之と知っているから、うれしそうな声を出したのだ。

 その声に、何故か浩之は少しほっとした。胸の痛みが、かなりまぎれた気がした。これならば、 あかりに表情を読まれることもないだろうと思えた。

「俺だ」

 浩之は、一応名乗った。いくら相手があかりとは言え、女の子に部屋に入るのだ。少しは遠慮 もする。

「『俺』って人は知らないよ、浩之ちゃん」

 その嬉しい声を、どこか照れて隠すように、あかりは答えた。

「ぬかせ、あかり。入るぜ」

 あかりのさして気のきかせてもない冗談に、浩之は苦笑しながら扉を開けた。

 

続く

 

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