銀色の処女(シルバーメイデン)
あかりの部屋の内装は、浩之が想像するいかにも女の子の部屋、という感じの部屋だった。 特徴がないと言えばそれまでだが、よく見るとクマグッズが沢山置いてあり、浩之は改めてあかりの クマ好きを確認した。
「いらっしゃい、浩之ちゃん」
あかりは、ベットから身体を起こしていた。顔は少し赤いし、汗で髪がおでこにひっついては いるが、そんなに調子は悪そうには見えなかった。
むしろ、浩之が来たことがそんなに嬉しいのか、顔をほころばせて、まったく病人の表情には 見えない。いつもよりも健康的に見えるぐらいだ。
「いらっしゃい、じゃねえだろが」
浩之は、少しぶっきらぼうに言いながらベットの横まで来ると、あかりを寝かせた。
「ほら、病人は寝とけ」
「う、うん」
あかりは、素直にベットに横たわる。
浩之は、まるで母親がするかのように、あかりの上にやさしくかけ布団を深めにかけた。
「浩之ちゃん……」
「な、何だよ」
そこまでしたのはいいが、浩之はその後はもう恥ずかしさを隠すようにそっぽを向く。
「ううん、何でもない。ありがとう、浩之ちゃん」
「はん、せっかく俺が見舞いに来てやったんだ。俺のせいで具合悪くなったなんて言わせたくねえ からな。というか、ありがたい俺の見舞いだ、もう治っていても病気のふりをするぐらい当然だろ」
「無理言うね、浩之ちゃん」
あかりは、クスクスと笑った。それが、浩之の照れ隠しなことぐらい、この幼馴染みにはお見通し だった。あまり見れる姿ではないが、だからと言って今まで見たことのない反応ではない。
それに、浩之ちゃんのことだったら、見たことないことだって、ほとんど理解できる。
あかりには、それだけの自信があった。浩之との長い付き合いによって、浩之のどんな反応も ちゃんと理解できる。おそらく、その一点なら浩之自身よりも。
自分のことは何でも知っている幼馴染みを相手にしても、浩之はいつも通りやる気なさげに、 平気な顔でいた。2人は、お互いほとんど空気みたいなものだ。中学のときにはまわりの言葉で少し 意識したが、それも過ぎてしまえば、また2人でいることが自然になる。
「で、調子はどうなんだ?」
「うん、明日には学校に行けると思うよ」
「そうか。まあ、これも俺の見舞いのおかげだな。礼はヤック一回分でいいぞ」
「うん、じゃあ、明日行こう」
あかりは、まったくこまった顔もせずに、即答した。
「おいおい、否定しろよ。これじゃ俺が病人にたかってるように見えるだろ」
「そんなことないよ」
あかりは、深めにかけられた布団のせいで身体は動かないが、首を横にふった。
「浩之ちゃんがお見舞いに来てくれて、すごくうれしかったから」
これもいつものこと。あかりは、浩之のこととなると、とたんに幸福そうな顔をするのだ。それが 冗談などではないことぐらい、浩之も当然分かっているが、この場合、その方がやっかいである。
「まあな、何か知らんが、志保にもくぎを刺されたしな」
「あ、志保ならさっきまでいたよ」
「おお、ちゃんとあいつも人に言っただけじゃなく、自分も見舞いに来たみたいだな。けっこう けっこう」
別に志保があかりの見舞いに来ようが来まいが浩之には全然関係はないが、とりあえず後のことを 考えると、来て正解だったろう。
後から志保がうるさいのもそうだが、志保から浩之が見舞いに来ると聞いておいて、もし浩之が 見舞いに来なかったら、あかりは気になって仕方なかっただろう。
それに、丁度よかった感もあるのだ。あの胸の痛みが、あのままセリオの前にいて我慢できたか どうかは判断に苦しむところだ。いくら意識したところで、生理現象を完全に表に出さないように するのは至難の技だ。それが強烈な痛みとなればなおさらのこと。
「で、志保はあかりの病気を悪化させるために来たんだろ?」
「そんなことないよ。志保がお見舞いに来てくれたのは驚きだったから」
それを聞いて、浩之はにやっと笑った。
「その言葉から察するに、あかりも志保が見舞いに来るとは思っていなかったわけだ」
「それは……ほら、志保ってそういうことはあんまりしそうにないから……」
あかりと浩之は、志保ともそれなりに長い付き合いであるから、その性格はだいたい把握できて いると言ってもいい。というか、行動や事項回路はどちらかと言うと単純な相手なので、読みやすい と言えば読みやすい。
しかし、志保の性格を読むと、志保は見舞いに来るような性格ではないのだ。別に薄情とか そういうのではないのだろうが、行動基準に、そういう選択が入っているとは思えない。
だから今回志保があかりの見舞いにこだわっていたのは、何かあるのでは、だいたいがろくでも ないことなのは確かなのだが、と浩之は予測していたのだ。
あかりの言葉では志保はもう帰ったようなので、拍子抜けとしか言い様がない。さっきまで胸の 痛みにそんなことを考える暇はなかったのだが、今余裕ができてみると、志保が何もせずに帰って しまったことは驚き以外の何物でもなかった。
「なあ、志保のやつ、本当に帰ったのか?」
「うん、そうだけど?」
あかりの表情は普通だ。あかりが志保と組んで浩之を驚かそうというならそれでもおかしくは ないが、志保には残念なことに、どちらかと言うとあかりは浩之よりだし、何より悪戯に付き合うような 性格ではない。
てことはだ、志保は帰ったと見せかけて、あかりの気付かないうちにどこかに隠れて俺を狙って いるのか?
とりあえず、確認のためにクローゼットの中を覗こうと手をかけてみる。
「ちょ、ちょっと浩之ちゃん。何してるの?」
さっきまで静かに寝ていたあかりが、がばっと起き上がる。
「いや、志保がここらにひそんでないかなと」
「そんな、非常識だよ」
「いや、志保ならやりかねんぞ。あの非常識の塊は、友人の病気ぐらいのことじゃあ……」
「そうじゃなくて、女の子の部屋のクローゼットを勝手に開けるのは……」
「……あっ」
浩之は、そこで自分が何をしようとしていたのか気付いた。いくら相手があかりとは言え、 女の子の部屋で、勝手にクローゼットを開けるのはさすがに問題があることに。
「……まあ、あかりだからいいか」
「よくないよ、浩之ちゃん」
あかりは、ため息をつき、頭を押さえながら横たわった。
浩之は、苦笑しながらもう一度布団をかけてやる。
「すまん、せっかくなおりかけだったんだろ、俺が悪化させたみたいだな」
「ううん、そんなことないけど、女の子の部屋のクローゼットは勝手に開けないでね」
「分かった、今度からは気をつけることにするぜ。まあ、あかりの部屋以外にそうそう入ることは ないとは思うけどな」
それは謙遜などではない。浩之は、自覚としては自分が複数の女の子に人気があることを理解 していない。だからこそ、こういうことをあかりに言えるのだ。
「もちろん私の部屋のクローゼットは開けちゃだめだよ」
「分かってるって、俺でも変態呼ばわりは嫌だからな」
ここにもし志保がいたなら、そのそぶりだけでも十分変態呼ばわりされていたのは明白だろう。
「それで、浩之ちゃん……まだ少し、いてくれるよね」
「ああ、セリオを待たせてるんで、あんまり遅くまではいられないがな。見舞いに来て顔を見せた だけで帰るほど俺も薄情じゃないからな」
「ありがと、浩之ちゃん」
あかりは、少し赤い顔で笑った。
続く