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銀色の処女(シルバーメイデン)

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 それから、浩之とあかりはしばらく話を続けていた。

 話す内容はいつもと変わらない、どうでもいいことばかりだ。話題をふる方もほとんど浩之で、 それにあかりが言葉を返すのがほとんどだ。

 あかりも、浩之と話をしているせいか、段々と調子が良くなってきていた。まだ顔は赤く、熱も 無くなってはいないが、少なくとも精神的には浩之と話をすることはプラスに動いているようだ。

 しかし、来た時間も早くなかった上に、そういうどうでもいい話をしているときは、時間がたつ のが早い。気がつくともう8時をまわっていた。

「お、もうこんな時間か。んじゃそろそろ帰るわ」

 浩之は時計に目を向けて立ちあがった。

「まだ大丈夫だけど。私も調子いいし」

「アホ、こんな時間まで友人の部屋にいるやつがどこにいうんだよ。それに、風邪は治りかけが 肝心だろが」

「うん……」

 治りかけが肝心と言うわりには、もう1時間近くも話をしているので、浩之の言う事に説得力 もなかったが、あかりも浩之を引き止めるのはどうかと思い、言葉を濁した。

 確かに、普通の高校生が友人の部屋にいる時間ではない。少なくとも、あかりはこんな時間まで 外に出ていることはほとんどない。今は家に帰らなかったりする子もいるらしいが、あかりにとって は対岸の話だ。

「それにセリオを家に残してるんでな」

 その少し照れたような言葉に、あかりは特別何の反応もしめさなかった。いつものように、ただ 普通に返事をしただけだった。

「うん、だったらしょうがないね。でも、お母さん食べていけって言うんじゃないかな?」

「ああ、そうだな。まあ、それは断るさ。セリオには飯作って待っとけって言ったからな、食べて 返るわけにもいかないだろ」

「仕方ないけど、お母さん多分しつこいよ。浩之ちゃんのこと気にいってるから」

 あかりの母、ひかりが浩之を気にいっているのはよく知っている。でなければ、いくら付き合い のある家の子供とは言え、何度も何かあるたびに家に呼んだりしないであろう。

「まあ、だからこそこんな時間までいても文句言われないんだけどな。普通の母親なら、娘の部屋 にこんな時間まで男友達を入れたりしないぜ」

「それを言うと、お母さん普通の母親じゃないから」

 二人はそろって笑った。それもこれも、ひかり自身は非常に物分りのいい、いい母親だからこそ、 そうやって笑いのタネにできるのだ。

「おっと、笑ってる場合じゃないな。じゃあ、また明日な」

「うん、また明日。おやすみ、浩之ちゃん」

 浩之は、あかりの部屋を出ようとしてふと気づいて振り返った。

「……あかり、もし明日になって風邪が完治してないのに学校とか来るなよ。苦労するのは俺なん だからな。ちゃんと治ってから来いよ」

「残念、途中で倒れておぶってもらうって手もあったのに」

 実は明日は多少無理でも学校に行こうと思っていたあかりは、その言葉に内心どきっとしながら も話をちゃかした。ただし、それが浩之にばれていないわけがないのだが。

 浩之は、あかりのその様子をみて、小さくため息をついた。

「そんときゃ、そこらへんに放り投げといてやるよ。じゃあな」

「うん、ありがとうね、浩之ちゃん」

 浩之は手を上げると、そのままあかりの部屋から出た。

 バタンッ

 あかりには、扉のしまる音が妙に大きく聞こえた。それは、別に離別を意味するようなものでは ないのに、あかりの心にひどく悲しく思えた。

 やっぱり、風邪のせいかな……

 一人部屋に残されると、あかりはどうしようもない寂しさを感じてしまうのだ。しかも、その 前にはそこに自分の世界で一番愛する人がいただけに。

 風邪をひいて心が弱っていることもそうだが、あかりには不安になることが沢山あった。という よりも、不安だらけだった。

 浩之の、セリオの名前を呼ぶときの少し照れたような顔。それは、もう完全に浩之の心がセリオに 向かってしまっている結果なのだろう。

 あかりも志保を前にしてああは言ってみたが、当然浩之が自分と一緒になることが一番いい。それ がなくなったかもしれないと思えば、不安にもなる。

 いや、それは覚悟していたこと。浩之ちゃんを好きになってから、ずっと覚悟してたこと。

 浩之ちゃんを、私はちゃんと理解しておかなくちゃいけない。例え、自分の望みがかなわなくても 、浩之ちゃんが魅力を無くさずに、ずっと浩之ちゃんのままでいてぅれることこそが、私の本当の 望み。

 それでも、不安は尽きない。

 例えば、浩之ちゃんの、どこか安心しきった表情。いつもの表情とはどこか微妙に違う。それも セリオさんのせいなのだろうか?

 いつもの浩之ちゃん、いつもの、やさしい浩之ちゃん。でも、それにしては、今日の浩之ちゃん は表面的にもやさしすぎないだろうか?

 浩之ちゃんが態度に出るほどやさしいことは、そんなにない。恥ずかしがり屋の浩之ちゃんは、 やさしさを気取られるのを嫌がる。

 いくら志保がこだわったと言っても、急に浩之ちゃんがお見舞いに来てくれるとは思えない。 何か他に理由があったんだろうか?

 あかりは、そんなことを考えながら、あることに気づいて、自分ながら苦笑した。

 私の不安は、全部浩之ちゃんのこと。

 だったら浩之が悪いのかというとそうでもなく、むしろ、あかりはうれしくて苦笑したのだ。

 浩之ちゃんの心を私が独占できなくても、私の心は浩之ちゃんが独占している。

 あかりは主体性のない性格というわけではない。何かあれば、それなりに自分で考えて行動できる 方だ。だからこそまわりでは受けに回ることができる。

 しかし、あかりの精神の方は少し違う。あかりは、非常に誰かに「つくす」ことに喜びを感じる 性格なのだ。だからいつもやさしく、まわりにも気を使える。

 原因は浩之にあり、もし浩之がいなければ、ここまでにはなっていなかっただろう。しかし、 きっかけは浩之ではあるが、あかりには心の根にそういう献身願望というものがあるのだ。

 それが悪いことなのかどうかは分からないし、あかり本人も知りたいとも思わないだろうが、 それはある意味メイドロボに酷似しているようで、まったくの別物の感情だった。

 もしそれをあかりが知っていたら、セリオに浩之がひかれたのは、自分のせいなのかも知れない と自意識過剰なことを考えていたかもしれない。

 セリオとあかり。

 人のためのメイドロボと、人につくしたい人間。

 似通っているようで、まったく別の意思をもつ二人。

 あかりは、また思いをはせる。自分が本当につくしたい人を思い。

 彼女には不安はあっても、どこか迷いがない。ただ思うことに関しては。

 でも、浩之ちゃん大丈夫かな?

 そしてこのときでもなお、あかりは浩之の心配をするのだった。

 あかりは、浩之のことに思いをはせながら、その閉じられた扉を、じっと見つめていた。

 

続く

 

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