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銀色の処女(シルバーメイデン)

88

 

「あかりのかわりって、何、あかり風邪でもひいたの?」

 それならわざわざ来なくても、セリオがいるのだから問題ないだろうと綾香は思った。

 まあ、浩之の寝起きが悪いのは有名なので、セリオ一人ではまだ起こせないのかも知れないが……

「……一応、あかりは風邪ひいてたけど……」

 しかし、それを言われて、志保の方は戸惑ってしまった。確かにあかりは風邪をひいていたし、 もしかしたら今日も学校を休むかも知れないが、志保がここに来たのはそれが理由ではない。

 だが、それを言うのは躊躇われたし、理由らしきものをつけられると、それで相手を納得させ てもいいかという気になる。

「昨日からあかりが風邪で休んでてね……」

「へえ、浩之の知り合いはみんな身体が丈夫だと思ってたけど、そうでもないんだ」

 綾香は軽口をたたいた。実際、綾香が知り合ってから、病気で学校を休んだということは聞いた ことがない。

「でも、そんなに浩之って寝起き悪いの?」

「知らないわよ、そんなこと」

「知らないって、起きないからあかりに頼まれたんじゃないの?」

 志保は、自分が口を滑らせたことに気づいてはっとした。

「う、うん、そう、あかりに頼まれたのよ」

 ここであかりが来れば、言い訳などできないことを分かっていても、志保としてはそう言うしか なかった。

「……何か変ね、志保」

「別に私はいつも通りよ」

「……」

「……」

 そしてあかりが来なくても、志保の目の前にいるのは綾香だ。志保が何か隠しているのに気が つかないわけがない。

 ただ、綾香の場合には、何かに気づいても、普通ならそれを無視する。そこまで言う義理も権利も ないと思っているからだ。

 しかし、今回は違った。今回は、綾香も関わっている可能性が高いのだから。志保が、こんな朝 早くから浩之の家に来る。これで浩之のことが何も関係ないことはないはずだ。

 そして浩之が関係あれば、セリオが関係あるということだ。セリオが関係あるということは、 当然私に関係あることでも……

 ……素直じゃないな、私も。

 朝からせっぱつまった表情をしている志保が浩之の家の前にいるのだ。それは、絶対に浩之に 対する何かを思って来たに違いない。

 あきらめたとは言え……ううん、セリオに譲ったとは言え、私だって……

 自分のことでもあり、セリオのことでもあるだろう志保の行動の理由を見逃してやるわけには いかない。

「……何かあったの、志保」

「……何もないわよ。さあ、ヒロを起こしましょ」

 志保はそれだけ言って綾香に背を向けた。

「待ってよ、志保が何でここに来たか知らないけど、私も部外者じゃないのよ」

「部外者じゃ……ない?」

 志保は、その言葉で驚いて振りかえった。

 綾香も、自分が志保と同じように口を滑らせたことに気づいたが、半分わざとだったので驚く ことはなかった。

「まさか、綾香も……」

「『も』って何よ。どうせ浩之に用事があるんでしょ。今浩之とセリオは一緒に住んでるんだから、 セリオの親友の私にも関係のある話よ」

 本当は、直接関係あると思ってはいるが、そこは言わないでおくことにした。その思いを志保に 知られるのはかまわないが、それがまわりまわってセリオに聞かれる可能性もある。そうすれば、 セリオは自分から身を引くことだって考えられるのだ。よしんば、身を引かないまでも、悩むのは 目に見えている。

 一番あきらめのいい自分がそのしわ寄せを受ければ問題ないことだ。

 綾香の思いは自己犠牲と言うよりは、自分の役割をちゃんと理解しているだけなのだ。もし、 浩之に好きな女の子がおらず、そしてセリオが浩之のことを好きでなければ、今度は当然自分の役割、 積極的な女の子の役をやるだけだ。

 まっ、私みたいに割り切れる子もあんまりいないとは思うけどね。

 志保の表情は、完全に割り切っている顔とは正反対だ。もっとも、そう割り切る理由が志保には ないのだろうが……

 綾香の予想とは違い、志保には割り切らなければならない理由はあった。そして、今までは下手を すれば綾香よりも割り切っていた。

 そう、あかりがあんなことを言うまでは……

「……あかりが、浩之をあきらめるって言うのよ」

「……そう」

 別に驚く内容ではなかった。セリオと浩之がこのままうまく行けば、しわ寄せは当然他の浩之の ことを好きな女の子に集中する。

 だが、まだ言葉だけでもあきらめれると言えるのだからいいではないか。心から納得できるわけ がないとは言え、そうしなければならないという自覚はあるのだから。

「ほんとに、あきらめるつもりよ、あかりは」

「まあ……仕方ないんじゃない? 浩之はセリオとうまく行きそうだし」

「っあんな……!」

 志保はぎゅっと手をにぎりしめた。さして力のない志保では、どんなに力をこめてもたかが知れて いるが、その手には、志保の全力が注がれた。

「あんな、単なる作り物に、何であかりがあきらめなきゃならないのよっ!」

 パシンッ

 綾香は、自分でも冷静だと思った。頭はいつに無くさえているし、頭に血ものぼっていない。 だから一応手加減はできた。あまり痛くはないはずだ。

「セリオは、確かに人間に作られたものだけど、れっきとした私の親友よ」

 ぶたれたほほを押さえて、しかし、志保はまったく繊維喪失などしていなかった。

「あんたにはそうかもね。でも、私には違う。私には許せない。私には、あんなわけもわからない もののために、あきらめるあかりなんか見たくない。ヒロもそうよ。あんなお人形に夢中になって、 何考えてるのよ」

「それ以上言うと、もっと痛いわよ」

 綾香も本気だった。セリオがメイドロボであれ何であれ、綾香には本当の親友なのだ。親友を バカにされて、黙っているほど綾香は腐ってもいないし、温厚でもない。

「真実じゃない。だから、私はここに来た。浩之の目を覚まさせるために。あんな、男が勝手に 望むようなバカな理想の女を見て、それに惑わされてるヒロの目を覚ましにね」

 志保は、自分で言ったことに、少なからず驚いていた。自分は、ヒロを手に入れるためにここに 来たのではないのか。まだ、あかりにあきらめて欲しくないのか。

「……志保」

 静かに、綾香が警告の声を出す。これ以上言えば、容赦はしないという意思表示だ。

 しかし、もう志保にも止まれなかった。止まれない理由が志保にはあるのだ。

「メイドロボなんてどうでもいいのよ。ヒロは、あかりと一緒にならなくちゃいけない。 だって……」

 綾香はセリオをバカにされて怒っているのだ。だが、志保の問題にしている場所はそこではない。 志保が問題にしている場所は……

「だって、そうしないと、私もあきらめがつかないじゃない!」

「……」

 綾香は、半分以上予測していた言葉に、しかし何もできなくなった。薄々は気づいていたのだ。 志保は良い性格とは言えないが、それでもただ誹謗中傷をする子ではない。セリオをそこまで言うには、 それなりの理由があるからなのだ。

「……だから、私は負けないわよ。あんな……」

 志保は気づいていない。綾香も、さっきの志保の言葉で一瞬気づくのが遅れた。

 扉が、開いていた。

「あんな、作り物には負けない。絶対、私がヒロを手にいれてやる。あかりに、後悔させて……」

 

続く

 

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